~決意と絆と~ phase7
アメリカは退かない。分かりきっていたこと。無血開城はその場しのぎで、その後は国民が食い物にされて終わりだ。
なら、汚名を着ようとも抗戦するしかない。自分は最高責任位にいるのだから。
彼から貰った守り刀を胸に抱く。
自分だけが後方で安穏としている訳にはいかない。
全ての衣服を脱ぐ。麻紐で髪を結わえる。
守り刀を抜いて髪にあてがい。
思い切り引いた。セミロングの髪がショートカットになる。刀では上手くいかないけど仕方ない。ある程度整える。
クローゼットの奥から桐箱を引っ張り出して、開ける。中に入っていた物に着替えて侍女と中里准将を呼び出した。
数分で来るはずだ。守り刀を懐に仕舞い、部屋の中央で正座をする。目を閉じて、心を落ち着かせる。感じるのは、心地いい春風。そして、彼から貰った守り刀。
自分でも驚くほど落ち着いていた。彼と共に居る、そのせいだろうか?
「国家皇族警務隊中里、参りました」
来たようだ。入室を促す。侍女も一緒に入ってくる。
「失礼致します。御用で…陛下、それは…!」
驚いた顔を見ていたら、何だか可笑しくなってしまった。別に変な格好をしているわけではないのに。それとも髪型がおかしいのかな?それなりに整えたつもりなんだけど。
「陛下、まさか先陣を切るおつもりですか?」
ああ、驚いていたのは服のことか。
「そんなことはしません。私がいても足手まといになるだけですから」
20半ばの小娘が戦場に出てもただのお荷物。訓練等はやってはいるけれど、実戦は無理だ。
「では、何故戦衣を?」
戦衣。歴代の天皇が戦いの場において着るものだ。正確には装備の下に着る。お飾り的な物ではなくて、実用性重視。最前線でも充分に耐えられる。
ただし、これを着て戦場に立った天皇は今までいない。
「私には前線で戦うだけの力はありません。だからといって、ここで安穏としている訳にはいきません」
中里准将は少しほっとした顔をした。
「お気持ちだけでも前線に、という訳ですか。ご立派です」
にっこりと微笑むと侍女は諦めたみたいだ。さすが、私のことはよく分かっている。
「中里准将、皇族を全て集めてください。皇族会を開きます」
少し驚いた顔をした。この人はからかうと面白そうだ。
「皇族会を?分かりました。すぐに手配致しますが、2時間ほどはかかるかと」
「よろしくお願いします」
それでは失礼致します。そう言って中里准将は出ていった。
「髪型を整えましょう」
「お願いね」
侍女が私の後ろにまわって、髪を整え始めた。
「中里准将が可哀想ですよ?陛下がどうなされるつもりなのか、分かっていませんから」
私はクスッと笑って、
「あら?読みきれない彼も悪いんじゃない?」
まるでいたずらっ子の気分だ。
「はい、終わりましたよ」
道具を片付けながら、
「本当にあの方にそっくりなんですから。もっとも、あの方の前では陛下も形無しみたいですけど」
わざと溜め息をつきながら言う。
「ちょっと、あんなに性格悪くないわよ」
そして、2人で笑った。
侍女からの話だと、全皇族65人が一同に集まったという。こんな小娘の為に、よくもまあ素直に来てくれたものだ。
皇宮、皇族室。皇族関係者以外は立ち入ることが許されない、特別室。その部屋の扉を開ける。ざわついていた室内が静かになり、各々が席に着き始める。
全員が席に着いてから私も席に着く。これからは私の戦いだ。
「各々方、急な呼集に応じていただきありがとうございます」
「陛下、状況をまず教えていただきたい。戦衣をお召しということは、芳しくないのですか?」
叔父が聞いてくる。
「状況としては、防衛に徹しています。日本領には被害はありません」
「貴女は聡明なお方だ。意味もなく戦衣をお召しになったりはしない。何かお考えがあってのことですね?」
叔父は鋭い人だ。私の考えをある程度理解して、その上で周りを抑え込んでいる。ありがたい。
「私が聡明かどうかは分かりません。しかし、考えはあります」
全員を見回して、はっきりと宣言する。
「現時点で、一時的にではありますが国家皇族警務隊を解散、再編成して防衛対象を皇族から国民へシフト、私が総指揮を執ります。補佐には中里准将と白海大佐に入っていただきます」
室内は静まり返ったままだった。そんな中、叔父が口を開く。
「それは決定、でよろしいですね?」
「ええ。皆さんには申し訳ありませんけど、私と命を共にしていただきます。国民を守るために」
ふっと笑い声がした。叔母だった。
「貴女は本当に先代、父親に似てるわ。私達の協議が無駄になった上に予想の上をいくとはね」
親戚達の協議?私は何も聞いていない。何か策略でもしていたのだろうか?
「我々は陛下を守るために協議をしていたのですよ」
叔父が言う。
「ですが、陛下が国民を守るために戦場に立つのならば、従うが道理」
全員が席を立ち、最敬礼する。
「国とは民が居て初めて成り立つもの。陛下は本質を理解しておられる」
「我らが力、国民の為に存分にお使いいただきたい」
「我らが滅んでも国民が残れば国は滅びぬ」
皆が口々に言う。正直、こんな展開は予想していなかった。中里准将と白海大佐が横に来て、言った。
「矢崎特佐からは陛下を頼むと言われていたのですが、まさかこんなお考えだったとは…」
にっこりと微笑む。
「あら?私は最初から考えていましたよ?矢崎特佐も分かっていたんじゃないかしら。もっとも、止めても無駄だと分かっていたんでしょうけど」
「あの男も陛下も、素直になるのはお互いにだけですか。他にも選択肢はあったでしょうに、後悔しますよ?性格の悪さは折り紙つきだ」
白海大佐が言う。この言い回しは知ってるんだろうなぁ。
「自分で選んだのだから後悔なんてしないわ。お互い一途だしね。さて、そんな訳で白海大佐にお願いがあるんだけどな?」
白海大佐の笑顔がひきつる。
「お願い、ですか。何でしょう?」
にっこりと微笑む。封筒を取り出して、
「そんなに難しくないわ。この封筒を矢崎特佐に直接渡してほしいの。白海大佐から直接、ね」
「直接、ですか?別にあの男に取りに来させれば…」
「あら、命令の方がよかったかしら?」
あ、諦めたみたいだ。しぶしぶ受け取る。
「ああ、それと伝言」
「国内は気にしなくて良いから、思い切りやりなさいと。それと」
にっこり微笑む。
「私の腕の中以外の死に場所は許さない。そう言っておいてね」