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東京戦争 ~the end of world~  作者: 紅月雪夜
2/13

~日常と非日常と~ phase2

「敵部隊の降下開始を確認」



オペレーターからの報告を聞く。出来れば避けたかった事態。水面下で続けてきたことがこれで全て水の泡だ。総理はいまだに何とかしようとしているようだが、相手にそんな気はない。一気に動かなければこの日本に未来は無かろう。



「M.S.S.Uは展開済みだな?」



「展開は終えています。いつでも迎撃態勢に移行出来ます」



オペレーターからの明確な返答。高々度高速度輸送機のグアム基地発進から展開を始めているのだ。総理には日本領に侵入してきた時点で東京都の意思は伝えてある。



「領空侵犯、領土侵攻はあちらが先だからな。警告は散々したのだから仕方あるまい」



彼は東京都知事。東京都民及び国家の中枢である東京都を守らねばならない。その為のM.S.S.Uだ。



M.S.S.U。Metropolitan special strategy unit、首都特殊戦略部隊と言う。非公開であり、存在しない組織である。その任務は首都、東京都の守備。責任者は東京都知事。自衛隊と違い、専守防衛ではない。完全な攻性組織で、首都の治安の為には他国への侵攻すら是とする、本来なら有ってはいけない組織。



「迎撃及び国内の米軍部隊への強襲、制圧命令を都知事権限で発令。自衛隊への要請は総理に出させろ。M.S.S.Uの全装備の解放を許可。東京都及び日本の守備を最優先にさせろ。通信は常にオンラインに。M.S.S.U常駐部隊の現時点での総司令官は石浪恭也参謀長とする。非常事態宣言。これより日本は」



目を瞑り、一呼吸。躊躇っている余裕はない。彼は目を開いて言い放つ。



「戦争に突入する」








やれやれ、、、そう思いながら総司令官に任命された石浪恭也は車を降りた。ここは東京の外れ、町田駅前の繁華街。キャバクラ等がテナントとして入っている雑居ビルの前だ。周りは客引きや若者達で騒然としている。それはそうだろうな。見たこともない軍用車輌から、見たこともない制服を着た人間が完全武装の護衛を伴って降りてくれば騒然とするに決まっている。



「都知事の大狸め」



奥のエレベーターへと向かう。車の中で状況は把握していた。都知事の考えも。だからこそ悪態を呟く。



都知事が 『常駐部隊の現時点での総司令官』と言ったのには訳がある。実はM.S.S.U本隊は別にある。ある人物が呼び掛けて初めて集結するのだ。



ほどなくエレベーターの扉が開いて乗り込んだ。



「車輌前で待機していてくれ」



何か言いたそうな護衛を制し、2階のボタンを押して扉を閉める。



「ふう…」



目を閉じて溜め息をつく。彼に会うのは何年ぶりだろう。自衛隊特殊作戦群から引き抜かれてからだからもう6年は会っていないはずだ。



あの頃は新兵も同然だった。自分より年下の上官達から罵詈雑言の嵐。特殊作戦群が天国と思うほどの訓練内容。実際に廃人や死人が出るなど当たり前なのだ。脱走率も除隊率も恐ろしく高かった。それでもやってこれたのは彼のお陰だろう。



任務中や訓練中は鬼も生ぬるいほど厳しかったのだが、休暇中はいろいろなことを教えてくれたものだ。旨い酒も旨い煙草も彼から教えてもらった。おかげで苦労していることもあるが。



エレベーターの扉が開く。目を開ける。出て右側に店の扉。いつになく緊張している。引き抜かれて以来の緊張感じゃないか?まるで新兵の気分だ。さあ、彼と再会しよう。緊張感を楽しむように扉を開ける。





「いらっしゃい…ま…」



バーテンの女の子が固まった。



カウンターメインのショットbar、sweet season。バーテンは全員女の子というコンセプトの、しかし正統派のショットbarだ。木曜の深夜なのだがそこそこに客は入っている。もっとも自分が入ってきて静まり返っているが。目的の彼はここの常連客だ。



店内を見回す。さほど広くはない店内に、全身黒い服装。すぐに彼は見付かった。しかし妙な違和感を感じる。何故だろう?そう思いながらゆっくりと歩み寄る。



「お久し振りです」



帽子を取り、胸の前に。深々と頭を下げる。



「恭也か」



こちらを見ることもせずグラスを傾ける。



「本当に久しぶりだな。もう6年は経つのか?」



「はい」



「とりあえず座ったらどうだ?」



隣は空いていた。だが自分は任務中だ。



「自分は」



「店に迷惑だろう?」



まったく、そんな言い方をされれば断れないじゃないか。そしてこのあとの展開も予想が付く。長居している場合ではないのだが、仕方ない。溜め息をついて隣に座る。



「失礼します」



帽子を脇に置く。と同時に彼はグラスを空けた。



「えっと、どうしますか?」



戸惑いながらバーテンの女の子が聞きに来る。まさにおっかなびっくりという感じだ。



「ターキー・ライをロックで。彼にも同じものを出してあげてくれる?」



こちらの都合を考えもせず勝手に注文している。



「それと彼にも灰皿を」



はい、と返事をして灰皿を置く。そしてオーダーを作りに行った。



「私が任務中だというのは分かっていますよね?」



無駄だと思いつつ抵抗してみる。



「5杯6杯飲んだところで酔えるような可愛げなんかないだろ?」



なんてこと言うかなこの人は。おかげさまで飲み方を覚えて旨い煙草も覚えて好みの酒も好みの煙草もなかなか置いてなくて苦労しておりますよ!



「お待たせしました」



バーテンの女の子(名札には鳥居と書いてある)がロックグラスに入ったウイスキーを目の前に置いた。



ワイルドターキー・ライ。バーボンの中でわりと有名なウイスキー、ワイルドターキーの中でライ麦を使ったものだ。度数は50.5度と高めな上にクセがあるのではっきり言って不人気。8年や12年は置いていてもライは扱っていない、なんてbarは結構ある。



「ここは置いているんですね」



珍しいな、そう思いながらグラスを手にする。あの頃に教えてもらった、自分にとっては特別な一杯。



「お陰でここには5年も通ってるよ」



苦笑しながら彼もグラスを手にする。彼も好みの酒には苦労しているらしい。



「再会と別離に」



彼が言った。私は何も言わず、彼のグラスと合わせる。



カチン



二人同時にグラスを煽る。そしてまた、同時にグラスを置いた。ああ、やっぱり旨い。ストレートより冷えていて、ほんの少しだけ薄くなったウイスキーを飲んだ口当たり。そして喉を焼くような独特のクセ。アイラ系の代表格、ラフロイグ10年も正露丸なんて言われるほどクセが強いが、こうはいかない。こんなものは結局のところ、好みでしかないのだが。



ジャケットの内ポケットから煙草とZIPPOを出す。独特な箱の形をした蒼く、フランスの貴婦人の描かれたジャケット。



ジタン・カポラル。正確にはフィルトルだったか?フランスの黒煙草で、これも彼から教えてもらった。黒煙草の入門とも言える銘柄らしいが、そもそも黄煙草に慣れている日本人にはクセが強すぎて合わない。不人気の銘柄を在庫として持っているわけがなく、こちらも探すのに苦労している。



内箱をスライドさせて一本取り出す。それをくわえてZIPPOに火を灯し、煙草に火をつける。



すっと煙草を吸い、ふうっと吐く。クセが強いもの同士だが、ジタンとターキー・ライは本当に良く合う。



隣を見れば、彼も同じことをしていた。彼の煙草もジタンだ。ZIPPOはあの頃使っていたものではなかったが。



「教えてやった酒も煙草もあの頃のままか。成長してないんじゃねえのか?」



酷い言い草だ。



「いろいろと試してはみたのですけどね。これ以上のものにはまだ出会えてないんですよ」



いろいろな酒、煙草を試しては戻るの繰り返しだった。酒は合わないものだと一杯で悪酔いして酷い目にあったこともある。値段が高いから旨いという訳ではないという教訓は得られたが。煙草も同様だった。



「まあ、少しはいい顔になったか」



驚いた!珍しいこともあるものだ。彼がこんなことを言うとは。彼はそんなこともお構いなしで村上と書かれたプレートを付けたバーテンにオーダーを済ませたようだ。私は同じものを、と注文した。



「お待たせしました。ターキー・ライのロックとボウモア12年のロックです」



ボウモア12年。アイラ系のウイスキーで、彼にとって特別な一杯。それをオーダーする意味は…そしてまた、彼はグラスを掲げる。



「非日常から日常への帰還に」



哀しくなってしまった。彼の準備は出来ている。



平穏だった非日常から殺伐として不条理な日常への帰還。壊れた獣達の、親としての役割。そして違和感の正体。すでに彼は…



「本当なら、貴方にはこのままここで飲み続けていて欲しかった」



私の本音だった。この6年、常駐部隊だけで対処してきた。平穏にいる彼は優しかった。優し過ぎた。地獄の日常には有り得ない優しさを持って、変わることなく職務を遂行してきた。彼の副官として彼を見てきた中で、彼が部隊を離隊するときにほっとしたのだ。彼が平穏の中に居る、その整合性に。



今回は相手が相手だ。自衛隊だろうが海上保安庁だろうが警視庁S.I.TだろうがS.A.Tだろうがお巡りさんだろうが総動員する必要があるだろう。そして間違いなく人を殺すことになる。



こんな状況で、彼を復帰させない選択肢は無かった。優し過ぎる彼には、私の側には居て欲しくはなかったのだが、戦争に突入してしまえば同じことだ。



「俺の日常はな、ここじゃないんだ。恭也、ここに居ると孤独を感じるよ。今までやってきたことを思い出すことがあるからな」



グラスを傾けた。



「一般社会に紛れた道化。それが俺なんだ。寄り添うことは出来ても連れ添うことは出来ない。演じきることは、最後まで出来なかったな」



グラスを空けた。煙草に火をつけてゆっくりと煙を吸う。私も一気に空けて、ここでの最後の煙草に火をつける。



「覚悟も準備も出来ていないのは、私の方でしたか」



「まだまだだな。ただ山田と遠山のダイキリが飲めなかったのが心残りかな。前田のショートも飲んで見たかったんだが」



チェックを、と頼んで小型端末を操作する。



「8260円になります」



財布を出そうとして彼に制された。



「最後くらい奢らせろよ。格好つかないだろ」



「そもそも出させてくれたことがないじゃないですか」



会計が済んだと同時に誰かが店に入ってきて、彼の側に控えた。そちらを見て気付いたのは持ってきた荷物だった。それは闇色のような漆黒のジャケット。何も言わず、袖を通し、前を留める。M.S.S.Uの指揮官の制服であり、この色は彼の専用色だった。



「ここに来るのも今日で最後ですね」



彼が感慨深げにそう言った瞬間、空気が変わった。ゆっくりと眼鏡を外す。



「皆様、お元気で」



指揮官帽を被り、深く礼をする。誰もが無言の中、ゆっくりと扉をくぐる。



それが、矢崎光輝のという存在の、日常への帰還だった。


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