~命と契りと~ phase13
・・・ドシャッ
遥か下からあの子が落ちた音が聞こえた。19階からの落下だ。生きてはいないだろう。同時にヘリの音が大きくなる。ロシアのハインドD型が3機。狙いは国会議事堂か。
「やれやれ」
無線で指示を出す。
バギンッ!
対物ライフルによる狙撃でまずは1機。コクピットに直撃したようだ。制御不能に陥り隅田川へと落ちていく。
慌てて散開したうちの1機がこちらに近づいてきた。位置的には真下を通る軌道だ。手榴弾のピンを抜き、タイミングを見計らって2個落とす。メインローター直撃。2度の爆発のあと、朝日新聞の本社ビルにぶつかって落ちていった。これで2機。
残りの1機が地面すれすれを縫うように飛んでいく。そこへ横から高射機関砲の嵐。なすすべもなく爆散した。今のところはこれで全機落とした。
ふと、落ちていった彼女が気になった。名前も知らない、偶然出会った少女。自ら命を絶つことを選択した、どのみち長くはないであろう少女。
亡骸くらいは見届けなければいけない気がした。自分が最期に会話をした相手だ。それも悪くない。そう思いながらビルを降りていく。珍しく少し感傷的になっているらしい。
少女が落ちたところは、予想外のことが起きていた。
「うおおい、生きてるぜ、この子」
そのようだ。身体は滅茶苦茶で、放っておけば今にも死ぬだろうが、確かに生きている。
「どうするよ?」
それは彼女の選択次第だ。彼女へ手を差し伸べる。
「私と来ますか?今までの全てを捨てて、地獄へ」
・・・ごぼっ
目には輝きがあった。折れた腕で確かに手を取った。
「この子が耐えられるかどうか、見物だな」
まずは生きられるかどうか、そこからだった。
ラボに緊急搬送された彼女は、そのまま緊急手術となった。左半身は使い物にならないので切断し、義体と取替え、彼女を苦しめていた胚細胞腫は肺ごと取り除き、人工肺と交換。一部の臓器と損傷を受けていた左脳の一部を左目と共に機械化した。これらはすべて軍用最高機密で成功率は極めて低く、施された者は1人しかいない物だが、彼女は耐え切った。
そうして彼女は生まれ変わった。
「具合はいかがですか」
目が覚めた彼女に声を掛ける。
「・・・どうなったの?」
「身体の40%ほどを機械化しました。その際胚細胞腫も肺ごと摘出しています。他への転移はなかったそうです。肺も機械化していますが、呼吸は苦しくないですか?」
「・・・大丈夫」
どうやら今のところ拒絶反応はないらしい。
「これ、軍事機密ってやつよね」
自分の左腕を見ながら、確認するように言う。
「最高機密ですが、施された者は2人目です。成功率が恐ろしく低いのでね。人工皮膚を被せますから、見た目は気にならなくなりますよ。それと貴女の全ての記録は抹消済みです」
「2人目?1人目は?」
「私です。75%を機械化していますが、そうは見えないでしょう?」
「じゃあ貴方が先生になるのかしらね」
「生徒を卒業すれば、私の副官ですよ?厳しくいきますから、今のうちにゆっくり休んでくださいね」
そのつもりで彼女に選択をさせたのだ。安らかな死か、地獄の生か。彼女は地獄を選んだ。一度は諦めた生をもう一度掴んだ。すべての記録を抹消され、存在しなかったことにされ、地獄の生へと歩み出した。
「そういえば、名前がまだありませんでしたね」
「名前ねぇ・・・あなたの名前も聞いてないんだけど」
ああ、確かに名乗っていなかったな。
「矢崎光輝といいます。貴女の読み通りM.S.S.U、首都特殊戦略部隊の総隊長をしています。階級は特佐。あなたと同じ全てを抹消された者です」
「ちょ、ちょっと待って。あなたの副官て・・・」
にやりと笑う。総隊長の副官。それはつまり・・・
「卒業後は皆を率いていってもらいますよ?作戦立案から現場指揮まで、やることはたくさんあります。よかったですね」
よくない!全然よくない!!この人はど素人の私を扱き抜く気で、それも楽しんでる。相当なドSだ!
「名前は・・・美しい夜と書いて、『美夜』なんてどうですか?」
自分にはもったいないと思った。言ってはやらなかったけど。
そこから、美夜としての新たな生活が始まった。といってもしばらくは義体の調整とリハビリ、検査の日々だった。そもそも左手の指1本満足に動かせない状態でまずは指を動かすところからだった。右腕は骨折しているので両腕が使えず、足も右が大腿部複雑骨折、左足は機械化でこちらも満足に動かせず。食事もトイレも人任せ。それでも前よりはずっとずっと良かった。
骨折も治り、ある程度手足を動かせるようになったころから病室で座学が始まった。2000年代前半の話から近代までの世界史のようなもの。日本がどう関わり、世界がどう動いていたか。ただし、公にはされていない裏の世界史とでもいうものだ。今の日本の立ち位置。世界情勢。世界はこんなにも危ういのか。
それが終わったころ、外出許可が出るようになった。といってもまだ機械むき出しで美夜自身が機密なのでラボの敷地内だけだったけど。そして座学は本格的に軍事講座に変わった。M.S.S.Uの成り立ち。部隊構成。各支都防衛部隊との関係。国家皇族警務隊や自衛隊との関係。警察、海上保安庁との関係。
そのどれもが初めて聞くものばかりだった。
「実は、M.S.S.Uを再編しようと思っていまして」
彼はそう言った。これから新たに部隊を拡張する。その指揮を美夜が執り、全体指揮を総司令官として自分が執る。参謀はちゃんといるらしい。要は私と参謀で補佐するということらしい。
まさか病気で死に掛け、親や親戚に見捨てられた子供に私と同じ選択をさせるなんて思わなかったけど。そうして集められた5~20歳前後の人間が選択し、私も含めて訓練されていった。その途中で何人もの仲間が寿命を迎えて死んでいったし、親に見捨てられた余命宣告された子供たちが入隊してきた。紛争地帯に派遣され、戦死し、病死していった。
それをすべて総司令として彼が背負っていた。子供たちの訓練や世話は自分たちで考え、彼が全ての責任を負う。私の周りには常に誰かがいたが、彼は孤高で在り続けることで部隊を精鋭化してきた。誰もが彼を畏怖し、さらに孤独になっていく。
作戦終了後、戦死者の報告をしているときだった。彼は泣いていた。抑えきれなかったのだと思う。それが彼の見せた、最初で最後の涙だった。
彼の理解者になれるだろうか?傍に居られるだろうか?彼を孤独にしない方法はないのだろうか?
あとで天皇陛下と恋仲だと知ったときには驚いたし、少し安堵した。そしてもちろん嫉妬した。彼だからここまで来れたし、これからも好きでい続けるだろう。彼の副官で居続けよう。だから彼と天皇陛下に宣戦布告するようにジタンを吸うようになった。大それたことだと思うけど、実際、美味しいんだよね。
そうして感情の殺し方を覚え、訓練をこなして、実戦を生き延びて何度目かの冬を越えた。私は今も彼の副官として隣に立っている。




