【短編】「もう一度婚約してやってもいい」と元婚約者様は仰いました。
「プッ、アハハ何だその顔化け物じゃないか!」
五年前のあの日、私は世界一化粧が嫌いな女になった。
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王立ソフィーナ学園、貴族の令息や子女たちが通う学びの場。
華やかなその場所で今日も私ポーラ・セザンヌは浮いていた。
理由は簡単だ。黒眼鏡に大きなマスクだからである。
どこで売っているのかと偶に聞かれるが特注品である。
何故こんなものをしているかと問われれば目と肌が弱い為と説明している。
嘘ではない。でもそれだけではない。
私は化粧を絶対したくない為にこの格好をし続けているのだ。
五年前、当時十歳の私は婚約者だったカース・フォーア伯爵令息にこう言われた。
「化粧していないのはおかしい、お前は女失格だ」と。
彼は末っ子で大人たちに囲まれ同世代の女児の知り合いが私しかいなかった。
だからそんなことを言ったのかもしれないと今なら思う。
けれど当時の私は女失格という言葉にショックを受けた。
そして婚約者のカースに嫌われることにも。
だけど私はまだ十歳で今よりもずっと肌が弱かった。
だから大人たちに言っても化粧はまだ早いの一点張り。
なのでこっそり母の化粧台から化粧道具を拝借し見様見真似で化粧した。
そしてドキドキしながら遊びに来たカースの前に出た。褒めて貰えると思った。
けれど返って来た言葉は「化け物」だった。
私は大泣きして涙と化粧品で肌はぐちゃぐちゃになり、事態に気付いた大人たちに発見され化粧を落とされた。
だけど肌は腫れて熱も出て、両家の親たちが話し合った結果「相性が悪い」と婚約破棄になった。
母に化粧品を盗んだ上に熱まで出したことを謝ったが「悪いのは貴方じゃないわ」と言われた。
それでも私はその日からずっと化粧が苦手だ。
でも貴族令嬢たちは学園に来るだけでもしっかり化粧をしてくる。
派手過ぎない上品な薄化粧でも化粧は化粧だ。
だけど私は出来ない。したくない。
なのに素顔を晒す勇気も無くてこんな格好で学園生活を送っているのだ。
こんな中途半端な自分が私は大嫌いだった。
学園内で浮いている私は今日も放課後に一人学園にある池に行く。
ここには様々な生き物が暮らしている。
カルガモの親子、亀、魚たち。
皆、化粧なんてしなくても可愛いし魅力的だ。
「化粧なんてもの、無くなればいいのに……」
「それは困るな」
ぽつりと吐き出した言葉に頭上から答えが返って来る。
びっくりしていると一人の男子生徒が木の上から飛び降りて来た。
「貴方は……ロッシュ先輩」
その目立つ容姿は生徒達と関わらない私でも知っている。
ロッシュ・ルシード公爵令息。一学年上の有名人だ。
よく手入れをされた金色の髪と充血など全く無い青い瞳に滑らかな肌。
性別が女性なら女神と間違いそうな美貌の持ち主だ。
ただ女性好きと有名で確かに見かける度に彼は様々な女生徒といる。
女性教師と仲良く話しているところも見かけた。
なので一瞬警戒するが、流石に私は対象外だろうと己惚れを解いた。
「独り言に返事をして申し訳なかったけど、君は本当に化粧がこの世から消えた方がいいと思うかい?」
「それは……そうすれば私が化粧をしなくても浮かなくて済むから」
私の返事にロッシュ先輩は不思議そうな顔をした。
「別に学園内ではノーメイクの女生徒もそれなりにいるよ。運動部の子とか」
「でも、彼女たちは健康的な魅力があって堂々としているから……」
「なら君も堂々とすればいい」
そう簡単に言われてついカッとなる。
「出来ませんよ、私なんて化け物みたいな顔なんだから!」
「なら俺にその顔を見せてくれよ」
「何でですか」
「化け物みたいな顔を見てみたいから、そういうメイクの参考になる」
冷静に考えたら何て失礼なことをと怒るべきだったかもしれない。
けれど彼の整った顔にこちらをからかい馬鹿にするような感情は見受けられなかった。
あの時のカースとは違う。
「俺はメイクをするのも見るのも好きなんだ。演劇部に頼み込んで舞台メイクを任せて貰ったりする」
「そんなご趣味が……」
だから女生徒たちと仲が良かったのか。私は納得した。
そして彼を女好きと決めつけていたことを申し訳なく思った。
「わかりました、でも酷い言葉は思っても口になさらないでくださいね」
「わかった」
承諾されたので私は黒眼鏡とマスクを取る。
彼の目が大きく見開かれた。胸が痛くなる、又暴言を吐かれるのかと。
「……綺麗だ」
「は?」
「肌も綺麗で目鼻立ちも整っている。物凄い化粧映えする顔だよ君!」
「えっ、ちょっと!」
興奮した表情で顔を近づけられてじろじろ見られて焦る。
ロッシュ先輩は私の声で正気に戻ったらしく咳払いをしながら失礼と謝って来た。
「化け物というか、化粧次第では人間とは思えないような美貌になるだろうね、化粧したいな」
「えっ」
「本当に嫌ならしないけど、嫌じゃないなら化粧させて欲しい。絶対に君の化粧嫌いを払拭して見せる!」
そう強い眼差しと言葉で言われ、私は思わずこくりと頷いた。
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「ポーラ・セザンヌ。最近別人のように綺麗になったらしいじゃないか!」
廊下を歩いているとそう声をかけられる。
視線を向けるとでっぷりとした男子生徒が立っていた。
「あの……どなたですか」
「俺だよ、カースだ!」
自信と脂に溢れた笑顔で男子生徒は名乗る。
それでも誰かわからなかった。
「フォーア伯爵令息じゃないかな、君が子供時代に婚約破棄をした」
「ああ……」
隣にいたロッシュ先輩に耳打ちされ思い出す。
しかしあの頃とは別人のようだ。髪や目の色は変わっていないと思うがそれ以外が違い過ぎる。
「婚約破棄したのは俺の意思だ。ブスは嫌いだからな」
「そうですか」
「でも今のお前なら、もう一度婚約してやってもいいぞ」
分厚い胸を張ってカースが言う。私はニッコリと微笑んだ。
今は黒眼鏡も大きなマスクもしていない。代わりにロッシュ先輩に教えて貰って薄化粧をしている。
まだまだ不慣れだが誰も笑ったり馬鹿にしてこない。
そしてロッシェ先輩や仲良くなった女生徒たちに昔のことを話してみた。
皆カースに怒って、自分で化粧して大惨事になるのはあるあるだと言っていた。
そうか、あんなのたいしたことなかったのか。
五年ぶりにその事実に到達した私は泣いてしまった。
ロッシュ先輩の目の前で。
彼が優しい目で「五年前の君だって可愛いし綺麗だった筈だよ」と言ってくれたから。
そんなことを思い出していると焦れたのかカースが私に近づいてくる。
私に触れる前にロッシュ先輩がその腕を掴んだ。
「俺の婚約者に気安く触れようとしないでくれないかな」
「は?婚約者?」
「そうだ、君が婚約していた当時の彼女が綺麗じゃなかったというならそれは男が甲斐性無しだったからだろうね」
女性を幸福で輝かせることが出来ない無能だったってことさ。
そう自身が輝く様な笑みを浮かべてロッシュ先輩は言う。
カースは顔を真っ赤にして震えていた。
「そういう訳なので貴方との婚約なんて二度と御免です」
私はカースにはっきりとその言葉を告げてロッシュ先輩の腕を取る。
そして二人でカースの横をすり抜けて歩く。少ししてからドサっという音と「いてっ」という悲鳴が聞こえた。
振り向くとカースが膝から崩れ落ちたらしい。あの体重でそんなことをしたら痛いに決まっている。
「今日も放課後、メイクさせてもらっていいかな」
「いいですよ、でも私も先輩にメイクさせてくださいね」
「はは、お手柔らかにね」
私にメイクの楽しさを教えてくれた彼もメイクが似合う。
相手を輝かせることが共通の趣味で生き甲斐の私たちはきっと相性がとてもいい。
そう思った。




