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市役所の窓口嬢が実はダンジョン最強でしたが、残業したくないので無能を演じています

作者: ロッコー
掲載日:2026/04/11

 その日、市役所地下一階の第三会議室には、やる気のない空気が満ちていた。


「えー、というわけで、明日から駅前に新規発生した“駅前ダンジョン”の臨時窓口を開設します」


 生活安全課ダンジョン対策係、係長の田丸が棒読みで言った。


 会議室にいた職員たちの顔は一斉に曇る。


 そりゃそうだ。


 ダンジョンが発生すると、最初に揉めるのはいつだって現場ではなく窓口だからである。


「魔物が出る前に固定資産税の扱いはどうなるんですか?」

「探索者登録の申請用紙が分かりにくい!」

「ダンジョン内で拾ったキノコは燃えるゴミですか!」


 だいたいこういう問い合わせが来る。


 魔王より面倒なのは住民対応だ、と田丸は昔から言っていた。ひどい言い草だが、たぶん正しい。


 会議室の隅で、花村すみれは無表情のままメモを取っていた。


 二十六歳。契約職員。生活安全課ダンジョン対策係所属。黒髪ボブ。目立たない。愛想もそこそこ。仕事は早いが、早すぎると面倒を押しつけられるため、普段は“そこそこできる人”を演じている。


 花村すみれには、誰にも知られていない秘密があった。


 彼女は、たぶんこの市で一番強い。


 いや、たぶん県内でもかなり強い。


 なんなら、国内でも上位かもしれない。


 でも、そんなことがバレると大変なので、ずっと黙っている。


 理由は単純だ。


 強いと残業が増えるからである。


「花村さん」


 田丸係長が言った。


「はい」

「臨時窓口、君がメインで」

「……承知しました」


 すみれは頷いた。


 断ると面倒だし、目立たない範囲で働けばいい。


 そう思っていたのに、だいたい人生はそうならない。


 翌日、駅前はひどいことになっていた。


 ロータリーの真ん中に、ぽっかりと黒い穴が開いている。直径十五メートルほど。周囲には黄色い規制テープ。警備員。野次馬。動画配信者。屋台まで出ていた。


「祭りじゃないんですよ!」


 新人職員の三崎が叫ぶ。


「でも、たこ焼きは出てます」

「何でですか!?」

「駅前なので……」


 日本は順応が早い。


 臨時窓口のテントには、朝から行列ができていた。


「探索者登録したいんですが、今日からでも稼げますか?」

「未成年なんですけど、スライム一匹でどれくらいになります?」

「ダンジョン前で唐揚げ屋やりたいんですが、道路使用許可はどこですか?」

「ダンジョンの中って電波入ります?」


 すみれは淡々とさばいていく。


「探索者登録はあちらです」

「未成年の単独潜入は禁止です」

「道路使用許可は警察署です」

「通信状況はキャリアによります」


 速い。正確。無駄がない。


 三崎が小声で感動した。


「花村さん、すごいですね……」

「窓口は慣れです」

「いや、今ので二十人くらい一気に整理しましたよ」

「整理しないと増えるので」


 ゴミと問い合わせは、放置すると増える。


 役所の真理だった。


 午前十一時三十分。


 事件は起きた。


 ダンジョン入口から、探索者たちが転がるように飛び出してきたのだ。


「おい、閉鎖しろ!」

「中層にいるはずの“鉄壁ゴーレム”が地上近くまで来てる!」

「しかも二体だ!」

「自衛隊呼べ!」

「県の対策本部!」

「動画回せ動画!」


 最後の一言だけは不要だった。


 次の瞬間、ダンジョン入口の闇が揺れ、巨大な腕が突き出した。


 石でできた腕だ。


 軽自動車くらい太い。


 続いて全身が現れる。


 灰色の巨体。赤い単眼。身長四メートルを超えるゴーレムが、駅前ロータリーを踏み割って地上へ出た。


 悲鳴が上がる。


 警備員が逃げる。


 動画配信者だけが近づく。


 あのメンタルは何なのだろう、とすみれは少し思った。


「花村さん! 逃げましょう!」

「三崎さん、住民を下がらせてください」

「で、でも!」

「大丈夫です。たぶん」


 だいたい大丈夫なときにしか、すみれは“たぶん”と言わない。


 ゴーレムが足を踏み鳴らした。


 アスファルトが砕け、テントが吹き飛ぶ。


 田丸係長が情けない声を出した。


「ひゃあっ!」

「係長、後ろへ」

「花村くん! 危ない!」

「危ないのは勤務評価です」


 すみれはため息をついた。


 本当は、こういうのは嫌なのだ。


 目立つし、報告書が増えるし、最悪、新聞に載る。


 だが、このままだと住民に被害が出る。


 それはもっと面倒だ。


「仕方ないか」


 誰にも聞こえない声でそう言って、すみれは一歩前へ出た。


 右手で、窓口のシャチハタを拾う。


 三崎が叫んだ。


「花村さん何してるんですか!?」

「公務です」

「シャチハタで!?」

「備品の有効活用です」


 ゴーレムの拳が落ちてくる。


 その瞬間、すみれは軽く地面を蹴った。


 消えた、ように見えた。


 次の瞬間には、ゴーレムの懐にいた。


 そしてシャチハタを、巨体の胸に――ぺん、と押した。


 あまりにも気の抜けた音だった。


 だが。


 ゴーレムの胸に、赤い印が灯る。


 受理。


 誰かがそう見えた気がした。


 次の瞬間、ゴーレムの全身に無数のひびが走り、爆ぜるように崩壊した。


 駅前が沈黙する。


 動画配信者のスマホだけが、しっかり撮っていた。


「……え?」

「……は?」

「今、何を」

「受理、した?」


 すみれは崩れた石の山を見て、しまった、と思った。


 ちょっと派手すぎた。


 もう少し苦戦を演出すべきだった。


 しかし後悔は遅い。


 残っていた二体目のゴーレムが咆哮し、突進してくる。


「花村さん後ろー!」


 すみれは振り返りもせず、今度は窓口用の書類ケースを投げた。


 ケースはくるくる回転しながら飛び、ゴーレムの額に当たる。


 ぺちん。


 今度は青白い文字が浮かんだ。


 書類不備につき差し戻し。


 二体目のゴーレムは、その場でダンジョンへ向かって綺麗に吹き飛んでいった。


 百メートルほど。


 野球なら場外ホームランだった。


 完全な沈黙。


 風が吹く。


 たこ焼きの匂いがした。


 三崎が口をぱくぱくさせる。


「花村さん……」

「はい」

「今の、何ですか」

「窓口対応です」

「窓口対応でゴーレムが吹っ飛ぶわけないでしょう!」

「強い苦情対応みたいなものです」

「概念で倒してません!?」

「だいたいそんな感じです」


 田丸係長が震えながら聞いた。


「き、君……探索者だったのか?」

「昔ちょっと」

「ちょっと!?」

「学生時代にSSS級認定を一回だけ」

「ちょっとの範囲を超えてる!」


 ああ、終わった。


 すみれは心の中で目を閉じた。


 これで平穏な契約職員ライフは終わりだ。どうせ特別職だの、緊急対策室だの、県との合同任務だの、ろくでもない仕事が増える。


 帰りにスーパーで半額シールを見るだけが楽しみの人生だったのに。


 だが、そのとき。


 駅前ロータリーに黒塗りの車が何台も滑り込んできた。


 降りてきたのはスーツ姿の男女。国のダンジョン管理庁、その腕章が見える。


 真ん中の女がすみれを見て、にっこり笑った。


「見つけました、花村すみれさん」

「人違いです」

「動画で全国配信されました」

「最悪だ……」


 女は一礼する。


「あなたをダンジョン特別災害対策顧問、兼、現場統括官補佐として迎えに来ました」

「嫌です」

「年収は三倍です」

「残業は」

「増えます」

「嫌です」

「公用住宅つきです」

「通勤は」

「ほぼゼロです」

「……福利厚生は?」

「かなり手厚いです」

「花村さん! 揺れてます揺れてます!」


 すみれは真剣に悩んだ。


 年収三倍は大きい。


 でも残業は嫌だ。


 公用住宅は魅力的だ。


 でも面倒ごとは嫌だ。


 しばらく考えて、彼女は言った。


「週休二日、みなし残業なし、決裁権の一部委任、現場判断の優先、あと窓口様式の簡略化が条件です」

「こんな場で労働条件交渉を!?」

 三崎が叫ぶ。


 だがダンジョン管理庁の女は、むしろ嬉しそうに頷いた。


「結構です」

「えっ」

「むしろそのへんを言ってくれる人を探していました。最近、強い人ほど現場を壊すので」

「分かります」

「分かるんだ……」


 すみれは少しだけ考えたあと、崩れたテントを見て、ため息をついた。


 どうせもう隠せない。


 なら、条件だけはちゃんと取るべきだ。


 社会人とは、そういうものだ。


「では、期間限定で」

「ありがとうございます」

「ただし定時は守ります」

「努力します」

「努力では困ります」

「強い……」

 三崎がまた呟いた。


 その日の夕方。


 駅前ダンジョンは無事に封鎖され、ニュースは一色になった。


 『市役所職員、ゴーレムを受理して撃破』

 『謎の窓口嬢、書類不備で魔物を差し戻す』

 『行政手続きは魔物にも有効か』


 日本の報道はだいたい変な方向へ真面目である。


 そして翌朝。


 市役所には過去最大規模の電話が鳴り響いた。


「花村さんいますか!?」

「うちの町内会のゴミ当番も受理で何とかできますか!?」

「確定申告の書類不備も差し戻せますか!?」

「無理です」


 すみれは受話器を置き、遠い目をした。


 思ったとおりだ。


 強さがバレると、仕事が増える。


 人生の真理である。


 だから彼女は、今日も静かに決意する。


 次こそは目立たないように戦おう、と。


 たぶん無理だろうな、と思いながら。

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