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ミリーナ4 少しだけの生きる理由

 あたしは死んでもいいと思ってた。


 でも痛いのは嫌。苦しいのも嫌。

 だから自分で薬をのんだ。  


 あたしが生きていることを知ったら、領主は今度こそあたしを捕らえ、魔女裁判にかけるだろう。


 領主だけじゃない。

 あたしが魔女だと知れたら――魔女として扱われていたというその事実を知られたら、全ての人があたしの敵になる。


 もし知られなくても、この瞳の色では、気味悪がられ、疑われ、結局魔女扱いされるに決まっている。


 更に忌々しいことに、あたしには正真正銘の魔女にかけられた呪いまである。


 あたしは、生きている限りずっと、他人に怯え続けなければならない。

 それでも、生きているほうがいい?


「ミリーナさん?」


 いつの間にか手が止まってしまっていたらしい。


 名前を呼ばれて我に返ると、すぐそこにラオルの黒い瞳があって、どきりとする。


 そういえば、こんな風に、誰かに真っ直ぐに見つめられるのはすごく久しぶりだった。


 ラオルが瞳に湛えているのは恐怖ではなく、あたしを案ずる色。


「どうして……」

「え?」


「どうして、あなたはあたしを恐れないの?」

「どうして、って。どうしてですか? ミリーナさんは僕が怖がるようなこと、なにもしてないんですから、僕が恐れる理由なんてないです。むしろ、手当てまでしてもらって、感謝してます」


「でも魔女よ」

「さっき、魔女じゃないって自分で言ったじゃないですか」


「そうだけど……」


 口先だけじゃなく、ラオルが心から言ってくれているのが伝わってくる。

 胸の奥が、熱くなる。


「さあ、治療はこれでおしまい。さっさと帰りなさい」


 ふいに涙が出そうになって、あたしはそれを誤魔化すように包帯を巻いたばかりのラオルの手を軽くぺしりと叩いた。


 ラオルが「痛っ」と目に涙を浮かべて声をあげる。


「これで大丈夫。もし痛むようだったら、明日またいらっしゃい」

「また来ても、いいんですかっ!?」


「傷が痛むようだったらね。あと数日くらいなら、たぶんまだ生きてると思うわ」


 自分が生きたいのかそうでないのか、あたしは未だに判別しかねている。


「そんな不吉なこと言わないでくださいよ。きっと来ますからね。生きていてくださいよ! また自殺したりしないでくださいね!」


 ラオルは念を押して、それから心配そうにこちらをちらちらと振り返りながら去って行く。


 その背中が見えなくなるのと、こらえていた涙が目から零れ落ちるのはほぼ同時だった。


 薬の入った小瓶を握っておいたのは、賭けだった。


 ――物語のように、素敵な王子さまに助けてほしい。


 そんなことを本気で願っていたわけじゃない。

 あたしだってもう十七歳だ。

 そんな子どもっぽいこと、真剣に考えたりしない。


 でも、どこかで生きることに未練があったのも事実だ。

 そしてもし、誰かがわたしを生き返らせてくれるような、そんな素敵な奇跡が起こるのなら、その時はもう少し生きてみてもいいかもしれないと思った。


 そして奇跡は起こった。


 実際に現れたのは、王子さまとは程遠い、ぼろぼろのひ弱そうな男の子だったけれど、あたしのことを気にかけてくれる、優しい少年だった。


 それだけで、あたしは期待してしまいそうになる。


 ラオルという少年に。

 生きるということに。


 そこまで考えて、あたしはぶんぶんと首を振った。


 期待なんてしちゃいけない。

 ラオルだって、あんな風に言っていたけれど、もう二度と来ないかもしれない。ううん、来ないに決まっている。


 好き好んで魔女に会いに来る人なんて、いるわけがないんだから。


 これまでだって、そんな人はひとりもいなかった。

 期待しても傷つくだけ。


 それでも――。


『一度、自分が診た以上、最後まで責任をもちなさい』


 おばあちゃんによく言い聞かされた言葉がふいに甦る。


 もし万が一ラオルの怪我が悪化したら、誰か診てくれる人がいるのだろうか。

 もしいなかったらと考えると、見捨てるわけにもいかない。


 死ぬのはいつでもできる。


 でも、どうやらもう少しだけ生きる理由ができてしまったみたいだ。

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