夜明け
薬の調合を終えてふと顔を上げると、夜の闇が薄れてきていた。
窓辺に近づく。
いつの間にか雨音が聞こえなくなっている。
窓を押し開けると、冷たい空気が流れ込んできた。
ぶるりと体を震わせ、両腕で体を抱きながら外の様子を窺う。
雨が、上がっていた。
まだ日は昇っていないけれど、たちこめる靄の向こうに森の木々の影が薄っすらと見える。
急がないと。
あたしは荷物をまとめて、調合のための部屋を飛び出し、ラオルの元へと向かう。
「ラオル!」
ラオルは、まだ人間の姿でそこにいた。
既に身を起こしている。
「おはようございます、ミリーナさん」
微笑むラオルの顔に、思わず魅入る。
優しいまなざしと、あたたかい表情。
ラオルの、高すぎず低すぎない心地よい声も、自分は意外と好きだったのだと今更ながら気づく。
「きっ、傷の具合は、どう?」
どくどくと鼓動が速まるのを感じながら、一瞬見惚れてしまったのを誤魔化すように、慌てて訊ねる。
「おかげさまで、動けそうです」
「よかった……」
顔色が、昨夜よりも幾分よくなっている。
「もう、準備はできたんですか?」
「ええ、大丈夫よ」
荷物は持てるだけの薬と清潔な布、食料と水。
それに、ラオルがくれた花。
「じゃあ、行きましょうか」
すらりと立ち上がるラオルの動きに、違和感はなかった。
痛み止めが全ての痛みを消し去ってくれているのなら、嬉しい。もちろん無理は禁物だけれど。
手をつないで、部屋を出る。
庭へと踏み出すと、朝靄の向こう、遠くに見える山の稜線から太陽がゆっくりとその姿を現そうとしていた。
庭であたしたちを待っていた狼の中の一匹が、こちらを見てひとつ吠える。
すぐ隣で、それに応える狼の声を、あたしは聞いた。
いつの間にか、あたしの手は空を掴んでいた。
新月が、昇った――。
あたしは目を閉じ、ひとつ深呼吸してから顔を上げる。
「一緒に生きましょう、ラオル。ずっと、ずっと一緒に」
決意と覚悟、それに僅かな希望。
それらを胸に、あたしたちは一歩を踏み出した。
*********
朝靄煙る深い森の奥に、ひとりの少女が消えてゆく。
赤い瞳のその少女が従えるのは、複数の狼。
中でも、しなやかな体に美しい灰茶色の毛並みをした一匹の狼が、少女の傍らにぴたりと寄り添っていた。
その後、魔女捕縛の命を受けた者たちが森の中で必死の捜索を行ったが、とうとう魔女を見つけ出すことはできなかったという。
(了)




