ミリーナ8 激しい雨
翌日、ラオルは現れなかった。
当然だ。
さよならと、あたしから告げてしまったのだから。
ぽつんと、広い屋敷のテラスに立って、あたしは庭を眺める。
なにもする気が起こらなかった。
薬を調合する必要はない。
領主はもちろん、ラオルのための薬も、もういらないのだから。
その次の日も、あたしはひとりぼっちだった。
屋敷を囲む柵の外をうろつく狼を数匹見かけたけれど、中に入ってくることはなかった。
怪我をしているわけではなさそうだったので、あたしも自ら近づいたりはしなかった。
森の中も屋敷も、とても静かだった。
領主の手の者がやってくる気配もなかった。
この屋敷を――あたしを見張っていた者たちの姿は、目覚めた時既になかった。
あたしが死んだと思って、引き上げたきりに違いない。
今のあたしはどこへだって逃げられた。
けれどどこへ行っても、魔女であることから逃れられないのはわかっていた。
空を仰ぐ。
そこに広がるのは曇天。
庭を、生ぬるい風が吹き抜けてゆく。
雨のにおいが鼻先に届いた。もうすぐこの辺でも降り始める。
ラオルは無事でいるかしら?
会いに来てくれなくても構わない。
無事でいてくれれば、それでいい。
傷口は開いていないだろうか。
もしかしてどこかで重傷を負って動けなくなっていたら、どうしよう。
一度気になり始めると、悪いことばかりが浮かんでくる。
テラスを意味もなくうろうろと歩く。
遠くに稲妻が見えた。
ぽつり、と頬に雨粒が落ちてきた。
その一滴が引き金になったように、すさまじい勢いで雨が降り始める。
あたしは激しい雨に追い立てられるように踵を返し、屋敷の中に入ろうとした。
その時、視界の隅に何か動くものが見えた。
はっとそちらに目を向ける。
ハーブの陰から現れた人影が、わき腹を押さえながらよろよろとこちらに向かってくる。
「ラオル‼」
あたしはテラスを飛び出した。
「ミリーナさん……。これ、少しボロボロになったけど……」
顔をゆがめながらも差し出されたラオルの手には、一本の白い野花が握られている。
「馬鹿っ! そんなのいいのに!」
「ごめんなさい……」
「早く中に!」
怪我の具合が心配だった。
ラオルのわき腹から流れ出した血で、服が汚れている。
あたしはラオルに肩を貸して、なんとか家の中に運び込む。
二人とも全身びしょぬれだった。
「なんでこんなことに……」
室内の長椅子に横たわらせ、乾いた布で体を拭いてから傷を診る。
ラオルの傷は思った以上に深かった。
消毒、止血。
手当てを終えてから、ブランケットをかける。
「すぐに薬を作るから待っていて。大丈夫よ。あたしは魔女だもの。あなたのそんな怪我くらい、簡単に治せるんだから」
ラオルが不安にならないようにと努めて明るく言って、あたしは腰を上げた。
――と、その手を強くつかまれる。
あたしは驚いてラオルを見た。
「どうしたの? なにかほしいものがある?」
「僕のことはいいから、逃げる支度を……」
「え?」
「領主の手の者が、あなたの死を確認するためにやって来ます。見つかったら捕らわれ、殺されてしまう。だから逃げないと……」
――いよいよだ、と思った。
恐れていたことが、現実になる。
あたしは、絶望に目を閉じた。




