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【現代】ショートショート

君と見た、朝焼けの空~垢バレして逃げた私。見つけてくれた君。~

作者: 夏芽みかん

 住宅街を見下ろす高台の神社。

 真っ暗な境内の石段に腰掛けて、制服姿のまま、私は夜空の星空を見つめていた。

 

 しばらくそうしてから、スマホの真っ暗な画面に視線を落とす。

 腕時計なんか持ってないし、時間が分からなかった。

 家からの連続着信から逃げるように電源を切ってしまったのだ。

 スマホの電源を切ったのは、いつぐらいぶりだろう。

 それだけ私は、この小さな画面にしがみついていた。


『見て、このクソダサいポエム。「今日の空は、ひとりぼっちみたいな色だった」だって。ぼっちが考えそうな文章!』


 嘲笑するようなクラスメイトの視線を思い出す。

 今日の昼休み。


 クラスの目立つ女の子たちのグループが、1人でお弁当を食べていた私に視線を向けているのに気付いた。「何かな?」と顔を上げたら、その中の1人、マユに言われたのだ。


 マユはスマホの画面を、グループの他の女の子たちに見せていた。――そこに映っていたのは、確かに、私の『フォトスタ』のアカウント画面だった。


 私はSNSサイト『フォトスタ』に空の写真とポエムを毎日、投稿していた。

 その日見つけた空の写真と、短い言葉を添えて。


 ――どうして私のアカウントだとバレたの?


 恥ずかしさで、頭に血が昇って、何も考えられなくなった。


 マユの言葉は続いた。


『「女子高生」ってわかるように投稿して、いいね稼ぐのって、気持ち悪いよね』


 息が吸えなくなった。教室にいられなくなって、私はお弁当を放置したまま、教室を飛び出した。

 

 ――バレたのは、私が悪かった。

 フォロワー、300人。だんだん増える数字に、調子に乗ってしまったのだ。

 ……私のアカウントだよって、誰かに言いたい。

 そう思った私は、制服が少しだけ映った写真を、つい投稿してしまったのだ。

 それから、自分のバッグに付けているストラップもちらりと映して。


 ――それで特定されるなんて、思ってもみなかった。


「もう、消えたい……」


 そう呟いた時だった。後ろから、暗闇を切り裂くような明るい声が響いたのは。


「いたぁ~!」


 驚いて振り返ると、想像していなかった人物がそこにいた。

 葛城(かつらぎ)リサ……、マユたちのグループの、マユが私の投稿を見せていた女子。


「葛城さん……!?」


 びっくりしすぎて、私は後ろにのけぞった。

 リサは、制服姿のままだった。セーラー服にリュックを背負って、はぁはぁと肩で息をしていた。


「ナツ! 探したよお。無事で良かったあ」


 リサは私に抱き着いてきた。

 淡い石鹸のような、いい匂いに包まれて、私はわけがわからず目を白黒させた。


「ど、どういうことですか……?」


「いや、教室飛び出して行ったじゃん。お弁当机の上に出しっぱなしじゃん。心配するじゃん。……で、家帰ったら、クラスの連絡網で行方不明だって連絡来たじゃん。心配するじゃん……!?」


 リサは瞳を潤ませて私を見つめた。


「……心配してくれて、ありがとうございます……」


 リサは「良かったよぉ」と呟いてから、首を傾げた。


「クラスメイトなのに、なぜ敬語?」


「いえ、あんまり、話したことない、ですよね……?」


 リサとは、クラスで一言二言会話をしたことがある程度の関係のはずだった。

 彼女のいきなりの登場と抱擁に、私はびっくりしていた。


「……そうだね。そうだった。毎日、投稿見てたから、そんな気がしてなかったけど。――ごめん。そりゃビビるよね」


「毎日、投稿見てた???」


 リサは胸の前で手を合わせると、深く頭を下げた。


「本当にごめんね! クラス飛び出したのって、マユのせいでしょ? ――ナツの垢バレしたのって、たぶんアタシが原因なの」


 リサは私に自分のスマホを見せた。

 『フォトスタ』のアカウント画面。リサのアカウント名は『lisa_lily』


「ああああ!」


 私は思わず声を上げて、リサの顔を見つめた。

 このアカウントは、私が投稿を始めた最初の頃から、毎日『いいね』をくれていたアカウントだ。


「これ、アタシ」


 リサは照れたように髪をかきあげた。


「アタシが毎日『いいね』してたから、マユのタイムラインに流れちゃったんじゃないかなって」


「このアカウント、葛城さん!? だったの?」


 リサはうなずくと、「リサでいーよ」と私を見つめた。


「私もナツが投稿してるなんて、気づかなかったけど。マユの特定能力ヤバいよね。あいつ、ストーカーか探偵の才能あるよ……」


 リサは眉間に皺を寄せた。


「あの場で、声かけられなくて、本当にごめんね。あんなこと、言わせるべきじゃなかったのに。マユ、嫉妬してたんだよ。あの子、最近『フォトスタ』投稿してるのに、フォロワーがぜんぜん増えないって愚痴ってたから」


 リサは私を見つめた。


「私、ナツの写真とポエム、好きだったよ。落ち込んでた時に、流れてきて、それで元気出て……、それから毎日、見てたんだよ」


 私はリサの言葉に、思わず涙がにじんだ。

 私の写真を見て、そんなことを思っててくれた人がいるなんて。


「私……でも、わざと制服映したりしたから……、自分が悪いだけだから……」


 私は目元を手でぬぐった。


「制服映すのは、確かにあれだけど。そこから個人特定するマユが相当ヤバいから」


 リサは苦笑して言った。


「私が投稿してたって、みんな知ってるよね……?」


「アタシたちのグループは知ってるけど。他の子たちは知らないと思うよ。ナツが飛び出してっちゃって、そのあと戻ってこないから、マユもさすがに顔青くしてたし」


 リサは私の肩をたたいた。


「家に帰ろうよ。――警察に捜索願出てるってさ。こんな時間だし」


 リサに見せられたスマホの時刻は朝の5時。

 私はその時間と『警察』の言葉に、ひゅっと喉から変な声が出た。


「――うわぁぁ、どうしよう」


「――こんな時間まで、一人でここにいたの?」


 リサの言葉に、私はうなずいて、空を見上げた。


「ずっとここで、空見てた……」


 リサが吹き出した。


「ナツは本当に空が好きなんだね。それ、才能だと思うよ」


 私はくすくすと笑うリサを見つめる。

 制服姿。教室で見たままの、薄くメイクしたかわいい顔のまま。だけど、アイラインが汗でにじんでいた。


「――私をこんな時間まで、探してくれてたの?」


 リサは笑った。


「だって、私たちが原因だと思ったし……、何かあったら大変だと思って。ナツが写真を撮ったっぽい場所、回ってたんだよ。……たぶん、どこかで空でも見てそうだなって思って」


 私の目から、だらだらと涙が出てきた。

 リサは、私のことを、見つけてくれた。

 スマホの中じゃなくて、現実で。


「私、アカウントは消すよ……」


 立ち上がってそう言うと、リサは残念そうに「そっか」とつぶやいた。

 それから、私の手を引いて、空を見上げた。


「ねえ、見て、見て! 朝焼けが、めっちゃ綺麗だよ」


 空を見ると、さっきまで真っ暗だった空に、夏の早い太陽が少し昇りかけている。

 

「朝と夜の混じった空のキャンバスに、星が瞬いて……宇宙の始まりみたい」


 そう呟くと、リサが吹き出した。


「さすが、詩人」


 私は真っ赤になる顔を押さえた。

 リサが空に向かってパシャっと写真を撮った。

 それを、SNSのグループメッセージに投稿した。

 詩をつけて。


『朝と夜の混じった空のキャンバスの下に、友達みっけ』


 グループメンバーは、マユたち……。


「さっきのポエム、借りちゃった」


 そう笑うリサを、私は口を開けて見つめた。


「――リサまで、変な風に言われるよ」


「いいよ。別に恥ずかしくないもん。粘着特定ストーカーのが恥ずかしいじゃん?」


 それから、リサはそのグループを退出した。


「さっぱり、さっぱり」


 そう言ってから、朝焼けの空に向かって手でフレームを作って笑った。


「本当に綺麗だね」


 私も横に並んで、同じようにフレームを作ってみた。

 画面越しじゃない空は、いつもよりきれいに見えた。

 そうだ、最初の頃は、ただ、こんな綺麗な空を誰かに伝えたかっただけなんだ。

 ――それが、フォロワーが増えて、いいねがつくたびに、私は“もっと見てほしい”って思うようになってた。


 私は、スマホの電源を入れ、『フォトスタ』を開くと、『アカウントを消去』をタップした。


「本当に消しちゃうんだね」


 残念そうなリサに頷く。


「しばらく、デトックスする」


 『アカウントを消去しました』の文字を見て、笑った。


「さっぱり、さっぱり」


「さっきのアタシと一緒じゃん」


 笑うリサを、私は見つめた。


「でも、落ち着いたら、また、空を撮ってみる」


 誰かに綺麗な空を伝えたいって気持ちを、今度は大切にしていきたい。

 私の空に気付いてくれたリサの存在が嬉しかったから。


「楽しみにしてる。……たぶん、また見つけると思うけど」


「バレないように頑張る」


 私たちは目を合わせると、笑いあった。

 ――この日見たきれいな朝焼けを、私は……ずっと忘れないだろう。

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― 新着の感想 ―
ナツとリサの友情に感動しました! ずっとSNSでは繋がっていたけれど、心が繋がったのは現実の空の下。 実際に顔を見て話す機会が減っている今、必要な物語だと思います。 人間の温かさに触れられるようなお話…
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