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テグ帝国の入り口で

「いるな」

 突然、勇也(ゆうや)が足を止めた。

「兵だなあ」

 木から下りて来た樵には樹上から森の外が見えていたようで相槌を打つ。

 森はもう少しで途切れるようで、向かう先が明るい。そちらから森の中まで、人が大勢いるとわかるざわめきが届く。

「ちょっと、今、悲鳴がしなかった?」

 カザミの言葉通り、目指す先から男性の唸るような叫びが聞こえた。

「行くぞ」

 勇也が静かに言って、駆け出した。カザミが勇也に続き、秋良(あきら)はマールをかばいながら油断なく先へと進む。

 森が切れるとすぐ、真っ黒な城壁が目に飛び込んできた。ヒズムの城門などとは比べ物にならない高さと厚さだ。素材がなにかもわからないツルリとした黒い壁の内部には通路があるようで、小窓がいくつも開けられている。その窓のひとつひとつから弓矢が外に向けられているのが見える。

 森の近くには帝国兵が二十人はいて、隊列を組んで山の方に向かっているところだった。

 列の合間に粗末な服を着た転移者らしい者や、動物の毛で織った分厚い服で一見して放牧を生業にしているのだと見分けられる者もいる。

 聞こえた悲鳴は、帝国兵に打ち据えられている転移者のもののようだ。

 勇也は森の際から一瞬でその者の側まで跳び、帝国兵の側頭部に肘打ちを叩き込んだ。帝国兵は声もなく地に伏す。

「な、なんだ、お前」

 側にいた帝国兵が呟くと、勇也は鍬を天高く差しのべた。

「俺は」

「魔王だ!」

 引き立てられている遊牧民の一人が叫んだ。

「黒衣、黒髪、人とも思えない強さ。こいつが転移者が言っていた魔王なんだ」

 その言葉に皆がざわめく。

「いや、俺は……」

「助けてくれ! 魔王の側には魔物が現れるって話じゃないか! 魔物に食われるのは嫌だ!」

 泣き出した遊牧民を、帝国兵が殴りつける。

「ふざけるな。こいつはただの転移者だ。お前たちと同じ……」

 突然、勇也は隊列に背を向け、森の奥を睨みつける。

「下がれ!」

 叫びに応じられたものはいない。森から飛び出して来た数十の黒い生き物に、あるものは吸い付かれ、あるものは噛み裂かれ、場は瞬時に狂乱に陥った。

「動けるものは逃げろ」

 勇也は冷静に指示を出しながら、手近な帝国兵に噛みついている岩のような魔物を(くわ)で両断する。

「死にたくなければ、走れ」

 穏やかな声は凛と張り、静かながら大勢の耳に届いた。わっと群衆が散開する。

 混乱したらしい数名が森に駆け込もうとしているのを、カザミがラリアットで止めた。

「なにやってんの、あんたたち。魔物が怖くて森に入ってどうするつもり! 山に逃げなさい!」

 カザミの叫びは遠くまで達して、人々は山に向かっていく。

「きゃーーーーーおううううー」

 いつの間に木に登ったのか、頭上から樵の声がする。幾頭かの魔物はその声に引き寄せられたようで、明るい光に晒されているというのに、木の根元に固まって上方を見上げる。

 森から駆け出して来た秋良がマールを光が差す明るい場所に置き、木の下で動かなくなった魔物を切り裂いていく。

 勇也が、カザミが、秋良が魔物を塵にしていく様を、マールは祈りながら見ていた。

「フキル神よ、我らにご加護を」

 祈りは正しく届いたのか三人に敵はないというほど魔物はあっさりと狩られ、見る間に黒は消え去り、柔らかな光が穏やかに辺りに広がる。

 逃げそびれていた虜囚たちが呆然と四人を見つめる。魔王と呼ばれた男が魔物を退治した。そのことに混乱しているようだ。

 逃げずにその場にとどまった十数人の帝国兵たちも、どう対処すればいいのか、迷っているらしい。

 突如、山から爆発音が響いた。

 皆の視線が山に向かう。もうもうと黒煙が上がり、岩が斜面を転がり落ちてくる。山に向かって逃げていた人々に岩が降りかかり、大きな岩に当たった者が倒れ動かなくなる。

「噴火か?」

 勇也がぽつりと呟き、秋良が答える。

「いや、この世界には地核もマグマもないんだ。山はただの岩の塊……のはずなんだけど」

「なんでもいいわ。助けに行きましょう!」

 カザミが先頭を切って駆け出し、三人が後に続いた。すぐに勇也がマールを担ぐ。

「勇也、私も走ります」

「最後尾にマールを置くわけにはいかない。後ろから帝国兵がやって来る」

 マールが首を捻って見ると、帝国兵は確かに動き出していたが、山に向かうものは少数で、それも怖気づいていることがはっきりとわかる鈍足だ。ほとんどのものは任務を放棄したのか、城壁に向かって走っていく。

 城壁に門は一つしか見えない。山に向かって開いていたその大門がゆっくりと閉まっていく。街道から街の中へ駆け込もうとするテグ国民があげた叫び声が聞こえてくる。勇也たちを追いかけていた兵士が、それを聞いて立ち止まる。兵士たちは顔色を失い、城門に向かって駆け出した。

「ここにいたらユム神の怒りに触れるぞ!」

 勇也が声色を変えて叫ぶと、兵士たちの足が速まった。

「よし、行こう」

 完全に追手が去り、勇也が全力で駆け出した。あまりの速さに担がれたままのマールは口も開けない。カザミと秋良はどんどん開く距離を縮めようと、必死について行く。

 岩に当たった怪我人の一人に近づくと、勇也はマールを地面に立たせた。マールは急いで傷の様子を見る。

「大丈夫ですよ、傷は浅いですから。すぐに良くなります」

 そう言って祈りを捧げると、遊牧民らしいその男性はマールの手から溢れだす金色の光を見てぽかんと口を開けた。

「他に怪我をした人は……」

 立ち上がろうとしたマールのローブの裾を男性が引っ張る。マールが不思議そうに男性を見下ろすと、男性は深々と頭を下げた。

「大地の母よ、感謝します」

「え? 母?」

「どうか、同胞を助けてやってください、お願いします」

「任せてください。あなたは安全な場所に移動してください」

 マールは坂を登って怪我人のもとへ近づいていく。秋良とカザミが怪我人を見て周る。動けるものを一か所に集め、マールがフキル神へ祈りを捧げ、動けないもののところへ駆けていく。

 そうしている間に、勇也は山の頂上まで駆け上がった。

「あんた、勇也だろ」

 頂上には地球からの転移者が五人、テグ帝国兵の制服を着て、花火の打ち上げ筒のようなものをそれぞれに抱えていた。

「たしかに、俺が勇也だ。なぜ知っている」

「異様に強い異世界人。そいつがテグ帝国から脱出したって民間人にも有名だ」

 勇也は眉を顰める。

「あなたたちは、なぜ帝国兵の服を着ているのだ」

 五人は薄ら笑いを浮かべながら、大筒に球を込める。

「それは簡単な話だよ。俺たちはテグ帝国兵だからな。今日は処刑の立ち合いに来たんだけど、仕事にならなさそうだな」

 勇也の眉間の皺が深くなる。

「テグ帝国は転移者を処刑する。あなたたちが処刑する側に回るはずがない」

「知らないのか、有能なものは取り立てられるんだ。帝国に恭順を誓えばな。殺されるのは、無能なやつばかりなんだよ!」

 言葉が終わらないうちに、手にした大筒を勇也に向け、筒尻に火をつけた。大筒が火を噴き、重く硬い球が飛び出す。

 勇也が横跳びに球を避けると、次の大筒が火を噴く。避けても避けても球は飛んでくる。一人が撃ち、そのあと四人が撃ち終わるときには、最初の一人がまた球を込めている。勇也は限りなく跳び続ける。

「っ!」

 大筒の猛攻に勇也が足を滑らせた。山の急斜面に手をつく。その一瞬を見逃さず、新しい一砲が放たれた。

 火を帯びた球が勇也の顔面めがけて飛んでくる。足場が危うく、咄嗟に避けられない。勇也は両手で顔を覆った。

 ガスッ!

 妙な音がした。勇也が腕の隙間から覗いてみると、目の前に太い蔓を編んだ網が広がっている。大筒から打ち出された球を包み込んでいた。

「なんだ!?」

 帝国派の転移者がうろたえている。

 網が放たれた方を見ると、遊牧民が十人ほどで帝国兵を睨んで立っていた。帝国兵たちは遊牧民に向けて大筒を構える。

「お前ら、まだいたのか。全員、吹っ飛ばしてやったと思ったのに」

「ツヨエラエの教えに則り、裏切り者を排除する」

 遊牧民のリーダーらしき人物が宣言すると、手に手に網を握っているものたちが、帝国兵に向けて網を打つ。

「逃げろ!」

 踵を返した帝国兵の頭に網が遅いかかる。遊牧民達が網を引くと、帝国兵たちは簡単に地面に引き倒された。

「縛り上げろ」

 リーダーらしき人物に従い、数人が網の上から帝国兵を縛り上げる。勇也は坂を上ってリーダーに向かって手をつきだした。

「助かった。俺は勇也。勇者だ」

 リーダーは面倒くさそうに、だが礼儀正しく勇也の手を握った。

「ツヨエラエの長、カシだ。あんたの噂は聞いている」

「噂とは?」

「自分が勇者だと言い張る転移者に、馬鹿に強い男がいるという噂だ」

 勇也は笑顔で胸を張る。

「今まで勇者を名乗った人たちは勘違いだったんだ。俺が本当の勇者だ」

 カシは大きなため息をつく。

「この世界に魔王はいないぞ」

「あなたも通説派か。大丈夫だ。誰が信じなくても、俺が魔王を倒してこの世界から魔物を一掃する」

「ああ、そうしてくれ。ところで、同志を助けてくれたこと、礼を言う。フキル教の司祭にも礼を……、彼女は大丈夫か?」

 言われて勇也が見下ろすと、マールは膝に手をついて肩で息をしていた。

「失礼、少し見てくる」

 勇也は坂を滑り降りる。

「マール、大丈夫か」

 声をかけるとマールは顔を上げたが、首を横に振った。

「大丈夫じゃないか。少し休んだ方がいいだろう。ツヨエラエ教の長が来ている。保護してもらうのがいいだろう」

 マールはぱくぱくと口を動かすが、声は出ない。秋良がマールの背を撫でながら勇也に説明する。

「祈りの言葉を発しすぎたせいで声が出なくなったんだ。司祭は一日に決まった回数しか祈りを捧げることができないんだよ」

「大変じゃないか。明日になるまでマールは喋れないんだな。そんな状態で知らない人に預けるには不安が残るな」

 マールの口の動きをじっと見ていたカザミが考え考え唇を読む。

「私もみなさんと一緒に行きます? 祈るしか出来ないわけじゃないです?」

 マールがぶんぶんと頷く。秋良がマールの顔を覗きこむ。

「無理することないよ。怪我した人もみんな治療してくれたし、ここからは俺たちだけでも……」

 マールはぶんぶんと首を横に振る。

「秋良、イモちゃんはもうないの? 少しは喉に良いかも」

「喉に良いものならあるが」

 四人が振り返ると、カシが歩み寄って来た。身につけているマントの下から、小さな革袋を取り出し、中身をマールに手渡した。

「イモですか?」

 秋良がしげしげと覗きこんでいる。

「いや、薬石だ。舐めると成分が溶け出して喉を癒す。だが、フキル教の司祭に必要なのは喉の薬じゃないぞ」

 マールが薬石を受けとりつつ、口をぱくぱくと動かす。どうすればいいのかと唇だけで喋る。それを見て、カシが答えた。

「必要なのは魔物だ。闇が増えれば、その分、光も増える。魔物を前にすれば、祈りの力も戻ると聞いたことがある」

 秋良がマールの肩を擦り、落ち着かせてから口を開く。

「闇が増えればいいのなら、テグ帝国に入るだけでもいいのかな? テグ帝国はユム教の聖地でしょう。城下全体に闇の力が蔓延しているってことはないでしょうか」

「ふむ」

 カシは腕組みして、しばし考えた。

「それはあり得る。だが、一端、街に入れば、抜け出すのは難しい。特に今は大筒の乱射のせいで城門が閉まり、警戒が強まってしまった。闇が強まるムッテの期間に自国に損害が及べば、それはユム神の苛立ちとみるだろうからな。城門を閉めたのは、戒律に沿った行動をするためだろう」

 マールがぱくぱくと口を動かすのを見て、カザミが翻訳する。

「戒律に沿った行動とは、なんですか?」

「光を排除し、魔物を敬う」

「魔物を!?」

 カザミが驚きを隠せず叫んだ。秋良がカザミに講義する。

「ユム教は魔物との共存を謳っているんだ。街の人たちには魔物をユム神の使いだと祀るものもいるらしい」

「ケッ。城壁に守られて自分の命が無事なら、なんとでも言えるわよ。食われそうになった経験なんてないんだからね」

 カザミの悪口に、マールがぱくぱくと何事かを抗議する。

「もう、マールったら。そんなに純粋でかわいい!」

 カザミがマールを抱きしめる。マールの背後にいて唇を読めなかった勇也が「では、魔物を集めるか」と言う。

「なに言ってるの、勇也? 集めるって、どうやって? そもそも、魔物を集めてどうするの?」

 秋良の質問に勇也は答えず、鍬を肩に担ぐ。

「答えを知りたければついてこい。勇者がどういう生き方をするか、見せてやろう」

 そう言い、勇也はカシに手を挙げて別れの挨拶をするとマールを背負い、猛然と山を下った。


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