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森深く

 鳥肉はあっと言う間になくなった。満腹には程遠いが、少なくとも空腹で倒れることはないと思われた。マールの花の蜜のおかげで喉も少しは潤い、一行は元気よく立ち上がった。

「ねえ、私、考えたんだけどさ。また山に登るより、ここを歩いて行った方がいいんじゃないかな」

「なぜだ」

 勇也の問いにカザミはてきぱきと答える。

「テグ帝国の国境は必ず超えなければならないわけよね。でも、山の上で待ち構えてる国境警備兵と真正面からやり合う必要はないじゃない。森ぎりぎりを通っていって、兵士に見つかったら森の中に逃げ込む。兵士は絶対に深追いしてこないでしょ、命は惜しいもの。そこからしばらく森の中を抜けて、またこっちに出てくる。そうやって繰り返したら、戦闘回数は減らせるんじゃない?」

 マールが不安げに尋ねる。

「森には魔物が出るのに、どうするんですか?」

 カザミが不思議そうに首をかしげる。

「フキル教の司祭が、なんで魔物の心配をするの?」

「なんでって、魔物は狂暴ですから」

「光の魔法で結界とか張って、ダーって走って行けばいいんじゃない?」

 マールが眉を顰める。

「先ほどもお話ししましたが、お祈りで光を与えられるのは神のご加護であって、魔法ではありません」

 ペティナイフの手入れを終えた秋良がマールの隣に立つ。

「しかし、その加護をより有効に活用することができていますよね、戦闘の中において」

「それは……。本来は祈りの形と違うことをするなどは許されることとは思えませんが、緊急事態ですから仕方なく」

 勇也が深く頷く。

「そうだ。俺たちは緊急事態の只中にいる。使える智慧はすべて出し、使える力はすべて奮う。そうしなければ救える命を見捨てることになる」

 カザミがマールに尋ねる。

「ねえ、フキル神のご加護って、どんなものがあるの? 強烈に光る眠りの魔法は見てたけど、ほかには?」

「魔法ではありませんけど、治癒を与えたり、痛みを抑えること、生まれたばかりの子どもが病気になりにくくする加護、旅の安全を祈る、月の光を呼ぶ……」

「なにそれ。月の光をどこに呼ぶの?」

「ムッテの祭礼で教会の窓から月の光が入るように呼ぶのですよ。朝のように明るくなってきれいなんです」

「ムッテって?」

 カザミの質問に秋良が答えた。

「この世界には月が三つあるのは知ってる? 一番大きな月がフナテ、次がヘチテ、一番小さいのがムッテ。明るさも大きさに伴って変わるよ」

「えー、ぜんぜん知らなかった。転移してから修行尽くしで、夜はさっさと寝てたもの。じゃあ、今の月は?」

「ムッテだよ。月はそれぞれ二十八日間交代で、暗くなったら空に現れて、明るくなったら消える」

「消える? 沈むんじゃなくて?」

 今度はマールが質問した。

「沈むって、なんですか?」

「俺たちの世界では、月は一定の場所にはなくて、空を東から西に動いて行くんです」

 秋良の言葉をまったく理解できないらしいマールに、地球と太陽と月の運行について秋良は丁寧に解説した。勇也とカザミは手持無沙汰にマールの花を摘み、非常食に出来るよう束にして、枯れたツタを使ってベルトにくくりつけた。

「講義は済んだか?」

 勇也が声をかけると、マールは泣きそうな顔で振り返った。

「本当ですか、転移者のみなさんはボールの上で暮らしていたというのは」

 勇也はなにを言われたか理解できず眉を顰めて秋良を見たが、カザミはすぐにマールに笑顔を見せた。

「そうそう。すっごーく大きな大きなボールみたいな地球に住んでるの。月も大きすぎるボールだし、太陽はさらに大きなボールだし」

「その太陽というものも、本当にあるのですか」

「え? 太陽、もしかしてこの世界にはないの?」

「ありませんよう。そんな怖いもの」

「じゃあ、どうして明るくなるのよ」

 カザミがそう言った瞬間、空が突然明るくなった。月は動かず、光に消されてしまったかのように消えた。

「朝って、こんなことになってたの……」

 呆然とするカザミに、勇也がぽつりと呟く。

「早起きをしたことがないのか」

「低血圧なの。朝は弱いのよ」

「夜も早いのに?」

 突っ込みを入れた勇也と、勇也をぎろりと睨むカザミを放っておいて、秋良はマール相手に講義を続ける。

「天文学の古書では、この世界にも太陽のようなものがあったと書いてあります。何千年も昔のことだそうだけど」

「そんな話は聞いたことがありません。フキル経典では朝はフキル神がお目ざめになり、そのお顔の輝きで明るくなると書いてあります。それ以外の輝きなどありえません」

「言い方はいろいろあると思います。ですが、今の空の明け方はまるで蛍光灯のようです」

「ケイコートー?」

「俺たちの世界で使われている……」

「話はあとだ」

 勇也が両手で鍬をかまえる。

「帝国兵だ」

 カザミが腰を落とし剣を抜く。

「ススラエ導師を攫う役目のヤツらと、それを待つヤツらがいたってわけね」

 山の頂上付近に、数人の人影が見える。それだけではなく、どこに潜んでいたのか、荒れ地に十数人の帝国兵がいて、駆け寄って来る。

「秋良、マールを守って森へ入れ」

 勇也の言葉にマールが反論する。

「森には魔物が出ます!」

「秋良が退ける。手が足りないときはマール、あなたが助けるんだ」

「私? 私はなにもできません」

「光を呼ぶんだ。魔物は光を忌避する。行け!」

 秋良はマールを横抱きにして森に飛び込んだ。真っ暗な森の中、白日に照らされた礫砂漠から剣戟の音が聞こえる。

「秋良! 無理です、戻りましょう」

 秋良はぎゅっとマールを抱きしめた。

「マール、無理じゃない。俺だってあなたを守ってみせる」

 マールを抱いたまま、秋良は森を駆け出した。

 すぐに行く手に魔物が現れた。

 どろりとした真っ黒な粥が蠢いているような粘性のものだ。前方、一メートル四方を阻まれた。

 左右に避けようにも、そちらにはウサギのような魔物、岩のような魔物が待ち構えている。

 一体なら武器を得た秋良だけで倒せる程度の小物だ。だが、その数が尋常ではない。見える範囲にびっしりと居座っている。一斉に襲い掛かってくればひとたまりもないだろう。

 それなのに、魔物たちはじっと身を伏せて、まるで臨戦の命令を待つ兵士のようだ。

 ごぼりと泡立つ、粘る魔物を飛び越えるしかない。

「マール、跳ぶよ」

 言うと同時に秋良は地を蹴った。左手でマールを肩にかつぎ、右手でナイフをかまえ、粘性のものを跳び越えようとした。

 しかし、黒いものは一気に宙に浮かび、秋良の体を呑み込まんとする。秋良がナイフを横に薙ぎ、黒いものを切り裂いた。

「ゴッガアアアア!」

 重機が横倒しになったような重い音が響く。

 粘る魔物は波打ち、薄く広がり、その揺らぎが津波のように押し戻って来た。

 着地した秋良を頭から飲み込もうとする。

「マール、逃げろ!」

 秋良はマールを突き飛ばそうとしたが、マールは秋良の首にぎゅっと抱き着いた。

「フキル神よ、我らの旅路に光を!」

 天から一条の光が差した。それは地に穴をあけるかと思うほど鋭く、刃のように輝いた。

「ギイアアア!」

 魔物の断末魔が森に響く。圧倒的な光のもと、辺りから魔物の気配が消えた。

 秋良はぜえぜえと荒い息を吐く。

「秋良、無事ですか?」

 マールの問いに、秋良は自嘲気味な笑顔を見せた。

「俺が守るなんて、おこがましかったですね。俺が司祭に守られてる」

「そんなことを言っている余裕は……ありませんよ、秋良」

 また魔物が現れたかと周囲を見回すが、森はただ暗い影を落としているだけだ。

「どうしたんですか、司祭」

「ごめんなさい、私……もう……起きていられない……」

「マール!? しっかりして!」

 秋良の言葉に返って来たのは、安らかな寝息だった。まだ幼い司祭には、徹夜の行軍は厳しすぎたのだ。秋良はぎゅっと唇を噛む。

「守るよ」

 マールを担ぎ直し、秋良は駆け出した。


 荒れ地にはごろごろと兵士が転がっていた。

「首を落とさずに済んだだけマシかな」

 カザミの言葉に、勇也が不可解だと言わんばかりの表情を浮かべる。

「なんの話だ?」

「得物の話に決まってるでしょ。棍があれば、もっと手加減できたんだけど。あんた、その鍬で何本の首を落としたの」

「すべて峰打ちだ」

「は? 鍬に峰はないわよ」

「あなたはその剣で人命を汚したのか」

「はあ? 全員、峰打ちに決まっているでしょ」

「両刃の剣に峰はない」

 ふっとカザミが笑う。

「ちゃんと言い返せるのね。勇也、だっけ。頭まで筋肉がつまってるわけじゃないんだ、ちょっと見直した。よく見るとかわいいし」

 勇也は身震いする。

「よく見るな! 見ないでくれ! それより、追うぞ。二人とは、まだそれほど離れていないはずだ」

「了解。走りましょう!」


 

 秋良は森と礫砂漠の間、ぎりぎりのところを渡る。秋良の足は、もう走ることも出来ない。肩に担いだマールを引きずるようにして、よろばっているようなものだった。

 木々は長く枝を伸ばして複雑に絡み合い、森の中心には暗い影が蹲るように有り続けた。だが秋良が通っている辺りは木漏れ日が差すほどで、魔物はまったく出てこない。礫砂漠に人影はなく、テグ帝国兵とも出会わない。

 このまま無事に進んでいけると思った矢先、森の中から悲鳴が聞こえた。

「人の声?」

 目を凝らして森の中を透かし見ようとしても、明るいところからは黒い森の奥は見通せない。だが、悲鳴は断続的に聞こえてくる。

 秋良は森に踏み込むかどうか悩んだ。マールを連れて行くのは危険だ。だが、ここに置いて行くのはもっと危険だ。

 木の枝に絡まっている蔓植物を剥ぎとり、マールを背中にくくりつけた。足音を忍ばせて、しかしできるだけ速く森を進んでいく。

 太い木の幹に遮られて先を見通すことはできない。悲鳴は途切れることがない。声がするため、方向だけはしっかりわかった。

「きゃああおおおおお!」

 まだ遠いと思っていた叫び声が、突然、頭上から聞こえた。

「うわ!」

 秋良が飛び退ると、今まさに立っていた場所に人が降って来た。

 ドガっと物凄い音とともに地面に落ち、バウンドして動かなくなった。

「だ、大丈夫ですか……?」

 声をかけてみたが、その人物はぴくりとも動かない。

 どこから落ちて来たのかと見上げると、木の枝が切り払われてぽっかりと空が見えていた。

「あいたたたた」

 落ちて来た人がぼそぼそ言いながら膝に手をついて立ち上がった。

「あー。失敗」

「あの……、大丈夫ですか?」

 再び問うと、その人物が振り返った。紺色の髪と顎髭、茶色の袖なしのシャツには、もともとはあったであろう袖端がぶら下がっている。

 背は低いが、がっしりとした体格で、ファンタジーの創作物に出てくるドワーフを彷彿とさせた。

「あんたら、なんで森の中なんかにいるんか?」

「えっと、あの」

 ドワーフ的なその人は、自らと一緒に落ちて来た木の枝を拾い上げ、背中の背負子に積み上げた。

「その女の子は怪我しとるんか」

「いえ、眠っているだけです」

「そんなら下ろしてやればいい。枝を払ったから魔物は出んから」

「あ、はい。ありがとうございます」

 蔓の結び目を解き、静かにマールを地面に横たえる。変わらぬ安らかな寝息を確認して、秋良はほっと微笑を浮かべた。

「わしは樵じゃけどね。あんたは名前はあるんかい」

「秋良と言います。こちらはフキル教の司祭でマールさんと……」

「あんたの服は流行っとるんかい」

「はい?」

 樵はマイペースに、話したいように話す。

「よく見るな、最近」

「え、見るって、どこで」

「黒いのは転移者だな。うん。そう言っとった」

「言ってたと言うのは、だれが」

「腹が減ったな」

 樵はどっかと座り込むと、腰にロープで吊るしているバレーボール大ほどの袋を開けて、中を覗いた。

「ひの、ふの、み。みんなの分があるぞ。ほれ」

 袋から取り出したものを二つ、秋良に放ってよこす。

「な、なんですか、これ」

「実だよ」

 薄緑色の実は、楕円形で柔らかく、洋ナシを思わせる香りがした。

「がぶっと食べる」

 樵は大口を開けて実にかぶりついた。髭に果汁を滴らせて美味そうに咀嚼しているのを見ると、秋良の腹が大きく鳴った。

「よく熟れとる」

 うんうんと何度も頷きながら樵はあっという間に実を完食した。物足りなかった様子で、秋良が手にした実をじいっと見つめる。

「食わんかね」

「いただきます」

 取り戻されないうちにと、秋良は慌てて、どんな植物かもわからない実に食らいついた。歯が当たったと思う間もなく、柔らかな実は口の中でとろけた。皮も違和感なく、融けるようになくなる。

 果肉は明るい黄色で、皮に近い部分にゴマをまぶしたかのように散らばっている小さな黒い点がタネだろう。

 香りは洋ナシに似ているが、舌触りはブドウのようにとろりツルリとしている。

「甘いですね」

 ぽつりと言うと、それ以上は言葉にならない美味さで、あっという間に食べきった。手に付いた果汁ももったいなくて舐めとっていると、樵が最後の一つの実をじっと見つめていることに気付き、自分の背後にそっと移動させた。

「ごちそうさまでした。ろくに食べていなかったから、生き返ったみたいです」

「ああ。実は体に良い。だけどもう食べられんな」

 樵は肩を落として悲し気だ。

「どうしてですか?」

「テグに帰れんからなあ」

 帝国の名を聞いて、秋良は心中密かに緊張した。

「テグ帝国の方なんですか?」

「いや、ただの樵だ。森ならどこにでも住む。ただ、この実はな、テグにしか生えんのよう」

 今にも泣きそうな樵に申しわけなさを感じたが、マールのための一つは死守せねばと、秋良は樵の表情は無視することにした。

「帝国に住んでいるわけじゃないんですね」

「あそこは魔物が多いからな。だから良い値段で木が売れるのよ。樵は木の上で働くからな。魔物は怖くないけど、人は違うからなあ」

「んん……、秋良?」

 マールの声に、秋良は勢いよく振り向く。

「マール、起きた? どこか痛いところはない?」

「痛いところ……、はい、ないです」

 寝ぼけているのか、ぽーっと宙を見つめるマールが、すんすんと鼻を動かして匂いを嗅ぐ。

「お腹が空きました」

「果物をいただいたんだよ。食べられる?」

 実を手渡すと、マールは寝ぼけた表情のまま、かぷりと噛みついた。途端に目が真ん丸に開く。

「美味しい! なんですか、これ」

 聞かれても名前も知らない秋良は樵に視線を向けた。

「実だがね」

 樵は寂しそうに言って、マールの手許をじっと見つめた。そんな視線に気づくことなく、マールは夢中で実を飲み込んだ。

 マールが食べ終わった頃には未練が吹っ切れたようで、樵は袋の中からボロ布を出してマールに手渡した。

「口を拭いたらええけども。もう実はないから、この布はやる」

 マールはボロ布を見てしばらく逡巡していたが、樵が嬉しそうに笑うと、素直に受け取った。

「ごちそうさまでした。あの、私はフキル教の司祭でマールと申します。ご迷惑でなければ、フキル神のご加護を祈らせてください」

「おー。なんか知らんが、あんたのしてくれることなら、良いことだろう」

「では、健康をお祈りいたします。フキル神よ、この者に日々安らかに過ごせる力をお与えください」

 マールが組んだ手からきらめきが湧き、樵の身を包む。樵はニコニコとその光を受け入れた。

「きれいだなや。良いものだなや」

「はい。とても良いものです。どうぞ、身すこやかにお過ごしください」

 樵は楽しそうに立ち上がる。

「ほんなら、行くけどよ。あんたたちは、どこに行くの」

「テグ帝国です」

 樵は眉を顰めて口をへの字に曲げた。

「そりゃダメだ。行けば殺される」

 物騒な言葉に、秋良とマールは顔を見合わせた。

「テグ帝国でなにが起きているんですか」

「起きているんじゃないな。もう終わったのに、テグは知らんのだ」

「知らんって、なにを……」

 秋良が言葉を切る。

「どうしたのですか、秋良」

「黙って」

 マールが耳を澄ますと、森の奥から、物音が響いてくる。なにかが近づいているのだ。秋良が緊張して辺りの様子をうかがう。マールも意識を集中しようとするが、樵が満面に笑みを浮かべていることに気付いた。

「どうしたんですか」

 小声で樵に尋ねると、樵は大声で呼ばわった。

「おーい! ここだ、ここだ」

 秋良とマールがぎょっとして目を丸くするが、樵は気にするそぶりもなく、立ち上がって、音がした方に両手を振っている。

「おーい、おーい」

 森の奥から、声が返って来た。

「おーい、樵ー」

 声が聞こえたと思った時には、目の前に勇也が飛び込んできた。

「勇也!?」

 驚く秋良とマールをよそに、勇也は樵と抱き合う。

「元気だったか、樵」

「元気、元気。勇也、食べてないだろう。細いな」

「旅の途中では、なかなか、まともな食事は難しいな。今も空きっ腹だよ」

 樵はちらりと秋良に視線を移した。それが黙っていろと言う合図なのか、罪悪感を共有しようという訴えなのかは髭に隠れて判別できない。

「ちょっと、勇也。なんなの突然サルみたいに跳んで行って」

 カザミが抜き身の剣をかついだまま木の間から姿を見せた。秋良とマールを見留めて明るい笑顔を浮かべる。

「二人とも無事だったのね! 良かったあ」

 マールが嬉しそうに応える。

「カザミも、勇也も。怪我はありませんか」

「大丈夫、大丈夫。帝国兵なんて軽いもの……」

 言葉を切ったカザミの眉間に皺が寄る。

「なにか甘い匂いがするわね」

 秋良がそっとマールの前に立ちふさがったが、マールは慌てた様子を隠しもせず、カザミに言い訳をする。

「えっと、甘い匂いのなにかがいて、えっと、もう、いないんです」

「甘い匂いのなにかって、魔物とか?」

 マールが困って秋良を見上げる。秋良はため息交じりにポケットからイモを取り出して、カザミに差しだした。

「あ! イモちゃん! くれるの?」

「どうぞ」

 カザミは疾風の勢いでイモを奪い取り、袋を開け、口に放り込んだ。

「美味しい~。生き返る~」

 樵と語り合っていた勇也が三人に向き合った。

「休憩は終わりだ。テグ帝国に急ぐ」

 イモを口の中でころころしながらカザミが尋ねる。

「え、なに? なにがどうだって?」

「テグ帝国に複数の転移があったそうだ。帝国は転移者だけでなく、流浪の者も捕らえて処刑しているらしい」

「流浪の者って、なに?」

 樵が自分の鼻を指差す。

「樵な」

「そうだな。他には遊牧民や行商人、とにかくテグ帝国に属していない者という意味だ」

 マールが厳しい顔で両手をぎゅっと握り締める。

「ユム教を信奉する国に正義はありません。まいりましょう、皆さんを助けなければ」

 ずんずんと歩き出したマールを勇也がひょいと抱える。

「待て。樵が案内してくれる。樵さえいれば、魔物に出くわすことはない」

「そうなんですか!」

 マールが背中越しに樵に声をかける。

「本当にありがとうございます。フキル神のご加護がありますことを」

 樵は嬉しそうに、にこにこ笑う。

 その笑顔のまま、樵は木に登り、枝を払いながら叫ぶ。

「きゃおーう、ひゃあ」

 木から木へ飛び移りながら大声を上げる樵を、秋良はハラハラしながら見上げた。

「勇也、樵は黙っていることは出来ないの?」

「なぜだ」

 樵のスピードに合わせてのんびりと、落ちてくる枝を拾いながら勇也が聞き返した。

「あの音量で声が聞こえたら、帝国兵が聞きつけてやってくるかも……」

「ああ、秋良は知らないのか」

「知らないって、なにを?」

 勇也は拾った枝を秋良にも持たせながら樵を指差す。

「あの声は魔物の真似なんだ。人そっくりの悲鳴を上げて人を呼び寄せようとするやつがいるからな。この世界の人は森から悲鳴が聞こえたら近づかない。それは魔物か樵か判別がつかないからだ。魔物でなくとも、枝を落とすときに下に人がいたら危ないだろう。樵が叫ぶのには警告の意味がある」

 勇也の肩から下りているマールが枝を拾って、勇也が背負った背負子に積みながら尋ねる。

「勇也はどうして、そんなことを知っているのですか」

「この世界に転移してすぐに樵に拾われたんだ。しばらくは樵の仕事を手伝った。魔物との戦い方も、この世界のことも、色々と教わった」

 カザミが得心したといった表情で頷く。

「あの樵が師なら、勇也の変人っぷりも納得がいくわ」

「カザミ、じつは……」

 秋良が声を潜めてカザミの耳に口を近づける。

「勇也は、地球にいた時から変人なんだ」

「……秋良、苦労してきたのね」

「まあ、少しね」

 四人は着々とテグ帝国に近づいて行く。


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