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ススラエ道場へ。

 足音を消すこともしないまま走る勇也たちはすぐにテグ帝国兵と対峙した。兵士たちは暗がりでも目立つ輝きを放つ黄銅色の鎧を身に着けている。

 その帝国兵五人の先頭に立つ隊長らしい男が鼻を鳴らして笑う。

「道場主を見捨てて逃げるようなやつが、今さら太刀向かってくるのか。お前らになにが……。ん? お前、もしかして転移者か」

 帝国兵に剣を突き付けられた勇也は、軽く頷く。

「そうだ」

「こりゃ、まいったな。逃亡者を二人捕まえるだけでも手柄なのに、転移者まで引っ張っていけたら賞金が出るぜ」

 後ろに控えていた男が、槍を片手に持ち、水平にかまえて、勇也の側に歩み寄る。

「大人しくしてろ。手荒なことはしない。帝国まで共に来てもらうだけだ」

 勇也(ゆうや)(くわ)を軽く槍に合わせた。と思うと、槍は帝国兵の手から離れ、はるか遠くに飛んで落ちた。槍を持っていた手を押さえて男がうずくまる。

「な! なにをした!」

 隊長が叫んで剣をかまえた。

「俺は前の三人を。二人は後ろの弓兵を頼む」

 静かに言うと、勇也の姿が消えた。驚いた道場生が動けないでいる間に、視界に入らないほど身を低くして前方に飛び出した勇也が隊長の足に鍬をひっかけて転ばせた。その脇にいる兵士も剣をかまえてはいたが、あまりにも低い位置から垂直に突き上げられた鍬を鼻先ぎりぎりで避けるのが精いっぱいだ。

 道場生二人も動き出し、大きく回り込んで弓兵二人の側面に駆け寄る。思わぬ駿脚で兵が射た矢の先から右へ左へと体をかわしつつ間合いに踏み込み、兵の顎に肘を叩き込んだ。

 タイミングよく弓兵を倒した二人が揃って振り向くと、勇也がぐったりしている三人の帝国兵を縄でぐるぐる巻きにしていた。あまりにも早く勝負がついて、二人の道場生はあっけにとられている。

「その弓兵たちも縄を持っているか?」

 脳震盪を起こして倒れている弓兵の腰に付けられていた縄で兵士たちを縛り上げると、勇也はあたりを見回した。

「手近なところには、もう誰もいないようだな」

「勇也、大丈夫?」

 秋良(あきら)がマールを連れて近づいてくる。警戒を怠ってはいないようで、カバンをしっかりと握っている。

「俺は大丈夫だ。君たちも怪我はないか」

 道場生に声をかけると、二人とも頷く。

「はい。助かりました。ありがとうございます」

「俺たちは道場へ向かうところだったんだが、今、いったいなにが起きているんだ」

「テグ帝国がナニルに侵攻するための斥候兵を送り込んだらしいんです。道場の人間は人質としてテグ帝国に連れていくと言っていました。ススラエ導師を捕らえることができればヒズムにもナニルにも交渉しやすくなるでしょうから」

 話の途中で勇也は歩き出した。帝国兵を置き去りにして、道場生二人も後に続く。秋良がマールに向かって言う。

「マール司祭、歩けますか。俺が背負いましょうか」

「あ、あ、あ、歩けますから!」

 口早に言って、マールは小走りに進みだした。だが、勇也の歩みにはとうていついて行けないほど遅い。秋良はマールの手を握ると、引いて歩き出した。

「あ、秋良! なにをするんですか」

「手を繋いでいます。せめてこうすれば歩きやすいでしょう」

「不純ですー、不純ですー」

 小声で文句を言いながらも手を振りほどくことなく、マールはなんとか列について歩いた。


 世界をぐるりと取り囲む山は完全な円形だが、高低はある。道場がかまえられているところは、かなり低い位置にあり、マールの足でも登りきることができた。

 煌々と明かりがついた道場は、高校の体育館を思わせた。かなりの広さがありそうな真四角の建物は三階建てで、窓の高さを見る限り、一階の天井は随分高いらしい。大きな両開きの扉の前に金属鎧をつけた帝国兵が二人、見張りに立っている。

 窓からの明かりが届かない大岩の陰に身を潜め、五人は地面に膝をついた。

「帝国兵はどれくらいいる」

 勇也の問いかけに、道場生の一人が答える。

「三十人ほどはいましたが、導師と師範を捕らえて先行していった兵が五人ほど。戦闘で負傷したのが十五、六人ほど。残りのうち五人が先ほどの追手で……」

「動けるテグ帝国兵は十人いないくらいか。道場生はどうしてるだろう」

「それが、今はギッサエに遠征中で、残っている弟子は私たちを入れて八人だけだったんです」

「怪我人は?」

「おそらく全員、足を折られています。私たちはその時に逃げ出して来たので。帝国兵は私たちは捕虜ではなく、見せしめに殺すために生かしておくと言っていました」

 マールが真っ青になって震えていることに気付き、秋良がぎゅっと手を握ってやる。

「怪我人を人質とされると厄介だ。すぐに忍び込もう。出入り口はどれだけある?」

「表の大扉、裏口、建物向かって左側面に非常用扉と階段があります。あとは、屋上から降下訓練をするためのロープを建物右から下ろすことができますが……」

「なるほど。手薄なのはロープ、次が非常用階段だろうな。非常用扉は外から開けられるか」

「いえ。外からは鍵がなければ開けられませんが、私たちは持っていませんし、管理者は建物の中です」

「わかった。悪いが鍵は壊す。二人は建物の右側面でロープを下ろすまで待ってくれ。秋良、マール。建物内に一緒に行くぞ」

「わ、私もですかあ」

「怪我人がいる。あなたの魔法で治してやってほしい」

 マールの震えがぴたりと止まった。

「フキル神の民のためですね。まいります」

「行こう」

 五人は立ち上がり、闇の中を左右に分かれた。


 非常階段は人気がなく、真っ暗だった。勇也は警戒することもなくずんずんと上る。マールがその後に続き、秋良が周囲を気にしつつ、しんがりを務めた。

 螺旋形の非常階段は金属製でひやりと手に冷たい。念のために、勇也は各階にひとつずつの非常扉の鍵が開いていないか試してみたが、どれもきっちり施錠されていてドアノブは回らなかった。

 三階まで上ると、勇也は鍬の柄の先を鍵穴に押し当て、ぐっと力を込めた。ゴリッとなにかが割れたような音がする。ドアノブを回すと、扉はすんなりと開いた。ドアノブはへしゃげて、鍬の柄ほどの穴が深く空いていた。

 扉を閉めると、マールと秋良にその場にいるようにと身振りで示し、勇也が廊下を進む。真っ直ぐな廊下には扉がいくつも並んでいる。ビジネスホテルのような雰囲気だ。道場生の私室になっているのかもしれない。

 一つずつの扉に耳を寄せて中の様子を探っているらしい勇也は廊下の奥まで進むと、振り返り、二人を手招いた。

「ここから屋上に上れるようだ」

 見上げた天井には四角く扉が切ってあり、折り畳み式の梯子が壁に留めてある。勇也が梯子をかけながら言う。

「マール、魔法で人を足止めすることはできるか」

「魔法じゃありません。ですが、麻酔として使う祈りなら」

「秋良、階段に注意していてくれ。マールはいつでも魔法が使えるように」

「魔法じゃありませんてば」

 天井の扉を開けると、ゴトンと大きな音がした。勇也は一瞬動きを止めて階下に耳を澄ませたが、異常はない。軽快に梯子を上り、姿を消した。

 階段から見えないようにマールを壁際に立たせて、秋良はカバンをかまえる。さんざん振り回したカバンはショルダーベルトが切れかけてボロボロだ。

「杖を持っておくべきでした」

 秋良のカバンを見つめながらマールが小声で呟く。ちらりと秋良が振り向くと、マールは俯き加減に言葉を継いだ

「司祭なのだから杖を持っているべきでした。そうすれば秋良が武器として使えたのに。杖があると、より身長が低く見えるからと、そんな理由で規律をやぶるから、こんな目にあうんです」

「マール司祭、そんなに気にすることは」

「私は本当は司祭と呼ばれるような立派な人間ではないんです。ただお勉強ができるだけ」

「司祭……」

「やめてくださいー。司祭って言うのはやめてくださいー」

 マールはしくしく泣きだした。そのとき、階下から足音が聞こえた。ハッと秋良が身構える。

 のんびりと上ってきていた足音が、ぴたりと止まった。テグ帝国の鎧を身に着けた兵士が駆け上って来て、天井の開いた扉を見上げる。秋良は後ろから飛び掛かり、ショルダーベルトを兵士の首にかけると、思いきり背負い投げた。廊下に叩きつけられた鎧が物凄い音を立てる。兵士は失神したようで動かないが、階段を駆け上ってくる別の足音が聞こえる。

 秋良がカバンを床に投げ捨てた。マールが小さく叫ぶ。

「あっ」

 カバンは破れ、ショルダーベルトは千切れ、もう武器として使える姿を保ってはいない。

 迫りくる兵士からマールを守ろうと、秋良がマールを背に隠す。

「秋良、無理です。逃げましょう」

「非常階段に向かって他の兵との間で挟み撃ちにされるよりは、ここで迎え撃った方がいい」

「でも、カバンが……」

 秋良の表情は固まり、悲壮感が漂う。

「なんとかします」

「でも」

 階段を上り切った帝国兵が廊下に姿を現した。秋良とマール、床に伸びている兵士を見て、一瞬、動きが止まった。

 その機を見逃さず、秋良が飛び掛かる。両腕を顔の前に交差させて体当たりする。兵士はとっさに足を踏ん張り、秋良を押し返した。受け身を取って反転し、なんとか兵士の方に顔を向けたが、金属の鎧の衝撃からのダメージは大きい。床に片膝をついた姿勢から立ち上がることが出来ない。

 立ち上がろうとする秋良に向かってくる兵士が、無言で剣を引き抜く。

「フキル神よ、夢のない眠りを!」

 マールの声と共に強烈な光が兵士を襲う。秋良の目もくらみ、思わず固く目をつぶる。瞼の裏が真っ白でなにも見えない。

「大丈夫か!」

 勇也の声と、足音が聞こえた。

「どうしたんだ」

「大丈夫、眩しくてやられただけ」

「ごめんなさい、秋良! 巻き込むつもりはなかったんです!」

「マール司祭、気にしないでください」

 そっと目を開いてパチパチと瞬きをすると、光の刺激のために溢れでる涙でかすんだ向こうに、勇也と二人の道場生の姿が見えた。

「見えますか、痛くないですか」

 秋良の制服の袖を引っ張りながら、マールがおろおろと問う。

「はい、痛くないです。大丈夫ですって」

 道場生二人がてきぱきと働き、どこからか持ち出した縄で兵士をまとめて縛り上げた。

「かなり大きな音がしたはずだが、他の兵士は気づかなかったのだろうか」

勇也はそう言うと、階段の側に立ち、耳を澄ませる。

「人の気配はない。下りよう」

 道場生の一人が見張りに残り、もう一人が案内として先に立ちそっと階段を降りた。二階には生活スペースがある。食堂、筋トレルーム、講和室などをそっと覗いて回る。どこにも人影はない。

 厨房を覗き、だれもいないことを確認して、秋良は包丁類を探し出した。その中からカバー付きのペティナイフをベルトに挟み、中華鍋のような大きくて重い丸鍋を両手で抱えた。

「鍋をどうするのですか?」

 マールの問いに、秋良はにこりと笑う。

「打撃武器として使えそうですから、借りていきます」

 道場生はモップのブラシ部分を外して簡易の杖を作り、戦いに備えた。

「一階の造りはどうなっている?」

「道場と、用具室しかありません。表扉から裏扉まで素通しです」

「では様子を探る必要もないな。一気に下りよう。すでに二人を捕らえた。残りは多くて八人。室内に敵がいれば俺が倒す。秋良は裏扉からの敵の侵入に備えてくれ。君たちは表扉。マールは俺の後ろについてくる。いいな」

 全員が頷くのを確認してから、勇也が叫ぶ。

「行くぞ!」

 勇也を先頭に階段を駆け下りる。一階は煌々と明るい光にさらされ、室内が一望できた。

 階段を下り、右手に両開きの大きな表扉。左手にはそれより小さな裏扉。階段とは反対の壁に引き戸があるのが用具室だろう。扉は開いているが、中は暗くて様子はわからない。

 見える限りに兵士は二人。用具室の扉の前に立っている。

「な! なんだお前たち、どこから……」

 兵士が言葉を終えないうちに、勇也は五十メートルはある道場の端まで跳ぶように数歩で辿りつき、振り上げた鍬を兵士の側頭部に叩きつけた。

 兵士たちは声もなく倒れたが、代わりに金属鎧がガギンと大きな音をたてた。その音が聞こえたのだろう。表裏どちらの扉も開いた。兵士がそれぞれの扉から一人、駆け込んでくる。

 裏扉の陰に隠れていた秋良は鍋を力いっぱい兵士の後頭部に打ち付け、一撃で昏倒させた。

 道場生は表扉の真正面に立っていた。

 瞬時に腰を落とし、兵士の脛に杖の一撃を叩き込んだ。体勢を崩し倒れて来た兵士の眉間を杖で突きあげ、道場生は身を引く。兵士は床に倒れ、白目をむいて卒倒した。

「全員動くな!」

 突然の大声に皆が階段の方を振り返る。帝国兵がマールの首に右腕をかけて拘束していた。

 マールは手足をばたつかせるが、兵士はびくとも動かない。

「どこから入ったか知らんが、このガキの命が惜しかったら……」

 全部喋らせる気はないと秋良は腰からペティナイフを引き抜き、兵士に向かって投げた。兵士は冷静に片腕でナイフをはじく。その時、わずかに腕が動いた。マールは自由になった口で祈りの言葉を紡ぎ出す。

「マール神よ、このものの力を皆に分け与えたまえ!」

 マールを押さえている兵士の体から光が溢れ出した。その光が部屋中に満ちて、勇也に、秋良に、道場生に、さらに用具室の中にも流れ込む。兵士の体から力が抜け、ずるずると床に崩れ落ちる。

「きゃあ!」

 マールが巻き込まれ、鎧の下敷きになろうとした寸前、駆け寄ってきた勇也がマールの腕を引き、難を逃れた。


 男性三人で帝国兵を縛り上げている間に、マールは用具室に足を踏み入れた。中には六人の道場生が、両足を折られて横たわっていた。意識があるものは少なく、命の危険も案じられる。それ以外にもテグ帝国兵が四人、意識がない者、生きているかどうかすらわからない者、息も絶え絶えな者達が無残に打ち捨てられている。

「フキル神のご加護を」

 マールの祈りで全員、覚醒したものの、怪我は完全には治っていない。

「どうしましょう。なんとか病院に運ばないと」

 そう言いながら個別に一人ずつに祝福を与え、生命力を底上げしていく。

「ここからナニルの首都、シアビアまで光通線が繋がっています。医師は呼べますので、司祭様、あまりご無理くださりますな」

 中年の道場生はそう言うが、出血がひどく顔が真っ青だ。マールの心配は収まらない。

 勇也がやって来て、怪我の程度を見ていく。

「粉砕骨折はないか。マールが治してくれたんだな。助かる」

「いえ。私など、大したお役にはたちません」

 勇也は不思議そうな表情でマールを見やる。

「マールは人の役にたちたいのか?」

「もちろんです。傷を負った方々を見ているだけだなんて、情けないです」

「じゃあ、働きましょう。マール司祭」

 竈の焚き付けに使うらしい大量の木切れを抱えた秋良が入って来た。

「応急手当をしましょう。俺が教えますから」

 そう言って木切れをどさりと床に下ろす。

「骨折部位に木を添えて包帯で固定します。出来ますか?」

 マールの表情が明るくなる。

「やります。やらせてください!」

「はい。では始めましょう」

 秋良がてきぱきと動き始める。マールは木切れと包帯を運び手渡すことしかできなかったが、それでも少女が必死に働いている様子は道場生の気持ちを慰めるものだった。

 道場での訓練で怪我を負うことも多いらしく、自分で応急処置を行えるものもいて、それを手伝いながらマールも手技を覚えていった。


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