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魔物だ!

 ヒズムの城門は巨大だ。エミという馬に似た動物、六頭が横に並んでゆうゆうと通れる。十二頭引きの戦車があるため、それだけの幅が必要なのだ。ビスユは実戦用ではなくお祭りのための模型だが、それでも巨大で重い。

 高さもそれに合わせて目見当で十メートル、三階建てのビルほどはある。重金属で出来た城壁はそれよりは低く、建物の二階分くらいまでだろう。

 その門の内側に四人、外側に八人の僧兵がいる。フキル教の司祭であるマールのローブに似た服を着ている。頭からすっぽりとかぶり、腰を帯で締めるスタイルだ。色は灰色で、大きな袖をたすき掛けのように紐で縛って動きやすくしてある。体つきのがっしりした男性ばかりだ。

 彼らは手に二股の槍を持っている。日本の警察が犯人捕縛に使う刺股(さすまた)という道具に似ている。

 城門をくぐる人たちは、街道を往来する商人が多い。通行に許可証など必要なく、自由に行き来している。

「マール司祭?」

 城門に近づくと、一人の僧兵がマールに気付いた。

「どうなさったのですか。そちらの二人は?」

 マールはじたばたもがいて顔を上げた。

「こちらは転移者の秋良(あきら)さんと、ええと、お名前は」

勇也(ゆうや)だ! 職業は勇者!」

 僧兵は急ににこやかになった。

「ああ、転移されたばかりなのですね。観光ですか?」

 勇也が口を開かないように、秋良が大きな声で制する。

「はい! このあたりは魔物もいないと聞いて、少し散歩に。マール司祭に案内していただけることになりまして」

「私は、案内は……」

 勇也の腕から抜け出そうともがくマールの耳に口を寄せて秋良が小声で囁く。

「マール司祭、夜のお祈りは今日はなさいますか」

「? はい、します」

 秋良は笑顔で僧兵に聞こえる声量で「してくれますか」と聞き、マールは目をしばたたかせながら「はい、いたしますよ」と答えた。

 僧兵は終始にこやかに、三人を見送った。

 秋良はマールが助けを呼ぼうとするたびになにごとか話しかけ、まんまとマールがのせられている間に、三人は城門から離れていた。


 街道は行きかう人で結構な混雑を見せている。その中を少女を担いで歩く勇也は注目の的だった。だが、マールはそんな視線には気づいていないようだ。

「待ってくださいー。私は街から離れる許可をもらっておりませんー」

 ぐったりと勇也の肩の上で力尽きたという姿勢のマールを、勇也は首を捻って見やる。

「あなたはなぜ街から出るのに許可が必要なのだ。お姫様か」

「違いますー。私はただの僧侶です」

 勇也は目を輝かせて(くわ)を放り出すと、マールを抱えて地面に立たせた。

「僧侶なのか! 回復魔法は使えるのか?」

「この世界に魔法は存在しません」

「しかし、魔物がいるのだから、魔法だって……」

 言い募る勇也を秋良が腕で制す。

「マール司祭、勇也は疲れが取れないまま出てきてしまいました。祝福をお願いできますか」

「あ、そうですね。では、お祈りいたします」

 マールは両手を組んで目をつぶる。

「フキルの光が癒しをもたらしますよう」

 マールが組んだ手を放すと、そこに光が生まれた。金粉を散らしたような光の粒が辺りに広がり、風に飛ばされたかのように勇也の体にまとわりつく。

「おおおおお?」

 光は勇也の全身に広がり、水のように沁み込んでいった。

「な……、力が湧いてくる」

 勇也は鍬を拾うと両手でかまえてぶんぶんと振り回した。

「すごい! 回復魔法か!」

「いいえ、魔法ではありません。神のお力が注がれて……」

「これなら魔物に囲まれても問題ないな。さあ、行こう! ここから右へ行くと国境警備が手薄で、魔物が棲む森に抜けられる場所がある」

 マールの顔色が青ざめ、表情が引き攣る。

「まさか、本当に私をその森へ連れていくつもりでは」

「もちろん、一緒に行こう。この世界がどんなところなのか、あなたも魔物の生態を見ておくべきだ。秋良はどうする?」

「もちろん行きますよ」

「行きますはよせ。行くぜ!でいいんだ」

 勇也がまたマールを担ぎ上げる。

「私は行きませんー!」

 マールの叫び声を聞いた街道の人混みから視線が注がれたが、勇也はそんなことは気にも留めず、道を外れてずんずんと歩いて行った。


 木々が増え、次第に森に近づいた頃には、秋良の息はすっかり上がっていた。勇也のスピードがとにかく速い。追いつくのに必死で、荒い息のまま秋良が尋ねる。

「勇也、右っていうのは何のこと? 地図でも持っているの」

「いいや、そんな便利なものは持っていない。そもそもこの世界に東西南北などないだろう」

「なんだよ、それ。ちゃんとあるよ、方角くらい」

 女性を一人担いでいるにも関わらず、小走りの秋良よりもずっと先をひょいひょい歩いている勇也が振り返る。

「それは、言葉のマジックだ」

 勇也がなにを言い出したのかと秋良は首を傾げた。

「秋良、この世界に転移して、この世界の言葉がすぐにわかったのはなぜだと思う?」

「それは転移する理由がわからないのと同じで、未だ誰も解明していないよ」

「じゃあ、この世界に来た外国人とも言葉が通じるようになった理由は?」

「だから、それもわからないんだって」

 担がれ疲れて、ぐったりと力が入らないマールが口を挟む。

「フキル神の御力のおかげですよ」

「いいや、違う」

 マールがよろよろと顔を上げる。

「フキル神は人々の生活を豊かにしてくださるのです。転移者のみなさんのことも、フキル神がお心に留めてくださるおかげで助けられているのです」

 勇也はマールを下ろすと、その肩に両手をかけ、真剣な表情で尋ねた。

「フキル神は光をもたらす神。そうだな?」

「はい、そうです」

 地面に立ったマールはふらついていたのだが、勇也が神の名を口にしたとたん、しゃきりと背筋を伸ばした。

「フキル神のいますところ、あまねく光が満ちるのです」

 勇也は担いでいた鍬も下ろした。

「魔物は光を嫌う。フキル神は魔物を許さない。フキル神が言葉を通じさせるのは神の恵み。そうだな」

 勇也がなにを言いたいのかわからず、マールは怪訝な表情を浮かべる。秋良がそれを見てマールの気持ちを代弁する。

「神と魔物が人間の言語とどう関係するんだ?」

「魔物は人語を話す」

「まさか!」

 マールが叫ぶ。

「そんなことをフキル神が許されるはずがありません。魔物は人の敵。人と同じように言葉を持つなど」

「勇也、それはちょっと、どうかな。都市伝説的なこと? 魔物が喋るなんてどの本にも書いては……」

「そうですよ。そんな話は聞いたことが」

 勇也を説得しようと微笑を浮かべたマールを秋良が呼んだ。

「マール司祭……!」

 会話を途切れさせた秋良はじっと行く手の一点を睨み、しかし足はじりじりと後ろに下がろうとしている。勇也が(くわ)を振り上げる。

「来たぞ」

 マールが驚いて秋良の視線の先を追う。そこには闇が凝り固まったかのようなものがあった。

 森の影濃い暗闇から覗く、直径二メートルほどの球体。表面には粘膜が張ったような滑りがある。だが岩のような硬さもあるのではないかと思わせる岩石のような表皮を持つ。

 真っ黒かと思えたが、時折ちらちらと炎が揺れるかのような紫がかった濁った色が表面に浮かぶ。

 一見、生き物には見えない。だがじっと見ているとわずかに表皮が蠢いている。

 その真っ黒な表皮が真っ二つに裂けて、中に詰まっていた赤い球がこぼれだした。大人のこぶし大の赤い球が、ギーギーと金属が擦れるような音を出す。

「だあれだ」

 その音はただの雑音のようにも聞こえたが、耳を澄ますと言葉のようにも聞こえた。

「おまえら、だあれだ」

 マールが真っ青になり、震える足で一歩下がる。秋良は逆に歯を噛みしめて気合を入れると一歩を踏み出し、蠢くものを凝視した。

「本当に話している、人の言葉だ。勇也、あれが……」

「魔物だ」

 勇也が跳躍した。魔物との距離、五メートルほどを瞬時に詰める。魔物が黒い体を揺らす。逃げようとしたようにも感じられた。しかし本当はどうだったのか知ることは出来なかった。

 一瞬後、勇也の鍬が魔物を両断していたのだ。

 真っ二つにされた魔物の体内は不吉な赤黒さで溢れていた。液体か固体かもわからない物質で満たされているのが、かろうじて見えた。

 その色が目に焼き付くより早く、魔物の姿は真っ黒な塵になって消えた。周囲に散らばっていた赤いものも同時に。

 後には静寂が残った。マールも秋良も口を開くことが出来ず、ただ勇也の背中を見つめていた。

 勇也は鍬を振るって、かすかに残っている魔物の塵を払う。

「勇也」

 細い声で秋良が呼ぶと、勇也は振りかえり、しっかりと秋良の目を見て答えた。

「なんだ」

 言いたいことが多すぎて、秋良はなにから話せばいいのか悩んだが、手っ取り早く現実的なことから尋ねることにした。

「その……。体育苦手だったよね。なに、その強さ」

「異世界転移なんだからわかるだろう。チートというやつだ」

 目を丸くした秋良がマールに尋ねる。

「そんなことあるんですか?」

「聞いたことがありません」

 秋良は勇也に視線を戻す。勇也は真っ直ぐな瞳で秋良を見返した。

「嘘だ」

「はあ?」

 さらりと言った勇也に秋良がつっこむ。

「なんで、そこで嘘を言う必要があるんだよ。チート能力とか俺も欲しいって思っちゃったじゃないか」

「欲しいのか?」

「当たり前でしょ。この世界のことを書物でしか知らないせいで、サワヌーから出ることも出来なかったんだから。お金は少しは溜めてる、旅行もできるくらいには。けど魔物がいるって言われたら、そうやすやすとは街道をそれたりできないでしょ。チート能力かなにかがあれば、この世界を知るためにほかの国へも行けた」

「文句を言う必要はない。今から行くんだからな」

 秋良は不審げに眉を顰めた。

「行くって、今度はどこへ?」

「この国を出て、テグ帝国へだ」

 魔物が消えた当たりを見ていたマールが「テグ帝国」という国名に反応して、慌てて視線を勇也に向けた。

「無理です! テグ帝国はどこの国とも国交を結んでいません」

「国境は通らない」

「では、どこを通ると言うのですか?」

「山岳を越えて、川沿いに進む」

「それこそ無理です。山岳はまだ良いとしても、テグ帝国に注ぐ『土の川』は深い森に囲まれていて危険です」

 勇也は不思議そうにマールに尋ねた。

「あなたは帝国に行ったことがあるのか? ずいぶん詳しいが」

「いえ、書物で知っているだけです。地理書には国交を閉じる前のテグ帝国の情報が載っているものがあるのです」

「では、あなたは帝国の地図も見たことがあるのか! ぜひ教えてくれ」

 二人の間に秋良が寄って行く。

「地図なら持ってるけど」

 ぎらりと目を光らせて勇也が秋良に詰め寄る。

「本当か! 見せてくれ!」

 秋良は担ぎっぱなしのカバンから一冊の本を取り出した。表紙には、この世界の俯瞰図がカラフルに描かれている。

 勇也は秋良の手から地図を奪い取ると、食い入るように見つめつつ、ページをめくった。

「テグ帝国、なるほど。左の森を抜けるという手もあるな」

 マールが眉を顰める。

「国境やぶりは犯罪です。フキル神に仕えるものとして、あなたが犯罪者になることを見逃すわけにはいきません」

 勇也はマールに顔を近づけると、低い声で言った。

「俺はテグ帝国で指名手配されている」

「ええ!? すでになにか犯罪を犯していたのですか?」

 勇也は静かな口調を崩さない。

「ああ。テグ帝国では犯罪になる行為を」

 カバンを元どおり担ぎ直した秋良が軽い口調で尋ねる。

「まさか、人を殺してないよね」

「殺してはいない」

 冗談のつもりだった秋良は目を見開く。

「殺してはって……」

「峰打ちだ」

 勇也が肩に担いでいる鍬が恐ろしい武器に見えて来た。秋良はおそるおそる口を開く。

「まさかとは思うんですが、会長」

「なぜ敬語に戻る。勇也と呼べよ」

「峰打ちとは、その鍬で?」

「そうだ」

 マールが眉尻を下げた情けない顔で呟く。

「鍬に峰はありません」

 勇也の耳にその言葉は届かないようで、きりっとした表情で話を続ける。

「転移者を刑場に引き連れていくテグ帝国人を倒し、無辜の転移者を救いだしたんだ」

 マールはぽかんとして声も出ず、秋良は信じられないといった様子で顔を顰めた。

「その転移者は? 一緒じゃないの?」

 勇也と共に出発するときにサワヌーの入り口に集まっていた人たちの中に、それらしい者は見受けられなかった。

「帝国の追手を撒くために街道に出ることも、疲れ切った彼らをヒズム王国まで歩かせることも出来なかった。川沿いにギッサエに入り、学園に任せて来た」

「まあ! すぐに迎えに行かなくては。転移者は全員保護するというのがヒズム王国の義務です」

「いや、テグ帝国が先だ。処刑は月一巡に一度行われる。ギッサエに行くために二つの月を過ごしてしまった。三つ目の今の月しか時間は残っていない」

 勇也は二人に背を向けて歩き出す。

「さあ、行こう! 彼らを助けに!」

 ズンズンズンズン歩いていく勇也の速度は驚くほど速く、秋良は走り出した。その背中に追いつこうとマールも走り出す。

「ま、待ってください、二人とも! サワヌーに戻りましょう! 王国軍に報告して帝国と交渉をしてもらって……」

「それでは間に合わない」

 歩くよりも遅いのではないかというマールの動きを見た勇也は取って返し、マールを再び肩に担いだ。

「三つ目の月はあと何日ある?」

 マールは勇也の手から抜け出そうとじたばたしながらも、親切に答える。

「十日です。下ろしてください」

「ここからテグ帝国まで、片道どのくらいかかるだろう、秋良」

 地図を読みながら秋良が答える。

「隣国のナニルを真っ直ぐ突っ切るならおそらく、休憩を極限まで減らしたとして、俺の足で十日かな。勇也の速さだとどれくらいか見当もつかないけど。ええと、マール司祭の足だと、もっとかかるな」

「問題ない。マールは俺が運ぶ」

「下ろしてくださーい!」

「時間がない。急ごう」

 勇也は秋良がギリギリ追いつける速さで森から離れた。


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