序章
闇の中を男たちが転がるように駆けていく。裸足の足に小石が突き刺さる。だが立ち止まれば、待っているのは無罪の処刑だ。ただこの世界に転移してしまっただけだというのに、理不尽に命を奪われる。
「もう……、もうだめだ」
一人の男が、がくりと地面に膝をついた。
「あきらめるな! 国境まであと少しだ!」
仲間の一人が声をかけるが、うずくまった男は、返事をする気力もないようだ。
そんな男たちの気力を完全にくじこうとするかのように、闇の中から二人の追手の金属鎧がこすれる音が響く。
「もう逃げないのか? やりがいがねえなあ。わざと縄を緩めておいてやったのによ」
その声に同調する笑いが聞こえる。
「やっぱ、異世界転移者はだめだな。人間のクズだ。処刑するまで置いておく必要もねえよ」
「やっちまうか」
追手の言葉に、男たちは声も出せずに震えた。第三の月が弱々しい光を投げかけているが、腰を抜かした男たちには逃げるべき道の先も見えはしない。ただ追手を見上げて震えることしか出来ない。
突如、月の光が失せた。
男たちは見た。追手の背後に飛び上がった影を。
月の光を遮るほどの高い跳躍。真っ黒なその影は両手で構えた武器を掲げて、吠えた。
「死ねえええええ!」
追手が振り返ろうとしたその時、月の光が戻って来た。
ガゴン。重い音を立てて追手二人が倒れる。
逃げて来た男の一人が呟く。
「な、なにが起きたんだ」
地に伏した鎧姿の大男二人の体をまたぎ、月を背に細身の影が立ち上がった。
「大丈夫か」
影が問う。危機に瀕して出会ったその姿を、男たちは遠い昔に見たと思った。あるものはマンガで、あるものはゲームで、あるものはアニメで。
「……助かった」
「ヒーローだ! やっぱり俺たちは、この異世界に来る意味があったんだよ! なあ、あんた。あんたも地球から来たんだろ。この世界でなにか大役を任されてるんだろ?」
月がその者の影を深くする。男たちは影のあまりの濃さに震え、言葉を呑んだ。
「この世界での大役……そう、俺は」
影は大きく胸を反らし、追手をなぎ倒した鍬を突き上げ、雄叫んだ。
「魔王を打ち倒す、勇者だ!」