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冒険者追放紅吹雪

作者: 大沙かんな

 俺は若手最強、もうじきS級などと噂される、五人組のA級冒険者パーティ『紅蓮の嵐』のメンバーだ。


 俺たちは長期にわたる非常に困難な依頼を無事達成して、定宿に戻ってきたところだった。いつもならば笑顔で祝杯をあげるところだが、今回はなぜか他の四人の表情が硬い。何か問題でもあったのか?


 いぶかしい表情を浮かべる俺に、パーティのリーダーである男戦士がゆっくりと声をかけた。あまり言いたくなさそうな表情だ。


「申し訳ないんだが、このパーティを抜けてくれないか?」

「なんだって?意味がよくわからないんだけど、どういうこと?」

「このパーティを抜けてくれと言った。」

「それまたどうして?」


 いったい何故なのか、本当に意味が分からない。俺の戦闘力は最高では無いかもしれないが、足を引っ張っているなんてこともないし、見張りや偵察のような地味な仕事だって普通にこなしている。それに雑用だってしっかり引き受けている。首を切られるようなことはないはずだ。


「いくつか理由があるにはある。今はまだ問題じゃないかもしれないけど、このまま放置するとパーティの連携に重大な亀裂が入るだろう。そうなったら命にかかわることになる。だから今、できれば円満にパーティを抜けてほしい。」

「実際にはクビってことだろ? なのに円満にってなんなんだよ。それにその理由がわからないと返事のしようがないね。」


 仕方ないとばかりに、パーティリーダーは理由を語りだす。


「俺たち五人パーティは夜の見張りをするときは、二人、二人、一人で三つの組に分かれるよな。」


 その通り、索敵魔法が使える俺はいつも一人で見張りを担当している。あとの組み合わせはどちらも二人組、リーダーの男戦士と索敵魔法の使える女回復魔術師の男女ペア、鼻が良い獣人の男戦士と耳が良い女エルフ弓師のペアだ。


 俺は無理に一人で見張りをやらされているわけじゃなく、自分から願い出てそうしているのだ。索敵能力や戦闘力のバランスを考えると、この組み合わせが一番都合が良いのだ。そして俺はそれなりにみんなの役に立っていると自負している。


「何時も良くやってくれていると思ってる、それでそう、俺たちは特に問題ないんだ。だけど、そう…...」


 言いよどむパーティリーダーの後を獣人戦士が引き継いだ。


「見張りが終わった後にテントで休むときの声がな。ヒト族なら気にならないかもしれないが、俺やエルフの耳にはモロ聞こえなんだ。」


 なん、だと?


「ハァハァ言う声もそうなんだが、その、なんというか、あの匂いがな。しっかり処分しているのはわかるんだが、それでも俺の鼻にはかなりきつい。」


 まさかバレているとは。


 この時の俺にはまだ余裕があったことを、直後に教えられることになる。


「宿で三人部屋が取れない時、お前が一人部屋になるだろ?それ自体はそれでいいんだが、その時一晩中聞こえるハァハァ言う声もかなりきついそうだ。それをどう感じるか、個人の感想は、まあ、アレだが、睡眠不足は命に係わる問題だし無視できないんだ。」


 個人の感想は他にもある、とリーダーは続ける。


「いつも料理当番を引き受けてくれていることには感謝しているんだ。だけど、彼女たちの使用済みのスプーンを舐めるのはどうかと思う。」


 ぐはっ、ちゃんと見えないところでやってたのに、どうして!?


「ちゃんと木の後ろとかエルフの視力でも見えないように努力していたのは知っているし、舐めた後は普通以上にしっかり洗っていてまったく実害がないことも知ってる。だけど……」


 リーダーは女回復師の顔をちらっと見た。


「彼女は魔力範囲の中のことは目で見る以上にわかってしまうし、彼女の魔力範囲はとても広いんだ。」


 まさかそんな!! もしかしてアレもバレているのか?

 スプーンはアレとの比較実験のためだけなので、別にどっちでもいいんだが、アレは俺にとって絶対に……


「洗濯も率先してやってくれてたよな。靴下をしっかり裏返して洗う、とてもいいことだと思う。だけど女性たちの靴下を裏返して匂いを嗅いだり舐めたりするのは……あとでちゃんと綺麗に洗っていることは知っているんだ、だけどな……」


 やっぱり本丸がバレてた。あまりの衝撃に気を失いそうだ。


「女性二人が良い香りがするのは俺にも理解できる。ただ直接だと俺には強すぎるから、やりたいとは思わんが。」


 そういう問題じゃない、と獣人戦士を睨む女性陣。


「直接に実害があるわけじゃないし、個人的な気持ちの問題だというのはその通りなんだ。だけどそれが原因で戦闘の連携が上手くいかず、致命的な問題になる可能性が極めて高いのも事実なんだ。」


 これ以上はやめてくれ、俺のライフは既にゼロだぞ。


「パーティ結成時の取り決めで、パーティ共有資金は分配しないことにしていたけど、特別に二割を渡しても良いと皆が言ってくれている。」

「わかった、パーティは抜けるよ。」

「そうか、わかってくれるか。」

「だけど最後に一つだけ、ちょっと我がままかもしれないけどお願いしたいことがある。」


 できることなら構わないと言ってくれるパーティの仲間たちに、俺は魂からのお願いを申し出た。


「共有資金も最初の取り決め通り、分配なしでいい。だから女性二人がいま履いている靴下をください! 代わりに新しいの買うから!」


「嫌だ!」

「できるか、変態!」


 速攻で却下された。


 分配金で新しい靴下を買って来るから一度履いてほしい、という妥協案も却下された俺は、泣く泣くA級冒険者パーティ『紅蓮の嵐』を抜けることになった。一応表向きは円満脱退ということになるが、実質追放である。


 別に盗んだりしたわけじゃなく、ちょっと内緒でクンカクンカしたりペロペロしただけなのにクビにするなんて、まったくもって酷い話だと思う。この先どうやって靴下を手に入れればいいというのか、お先真っ暗だ。


 俺という優秀な働き手を失った『紅蓮の嵐』は、しばらくするとB級パーティに格下げされたとか解散したとか噂に聞こえてきた。そしてさらにしばらくするとその名前を聞くことはなくなった。



 俺は冒険者活動を続けているが、固定パーティは組んでおらず、一応ソロだ。ただ何かのめぐり合わせなのか、美少女四人組と男女四人混合の二つの新人パーティ、それぞれが危機に陥っているところに行き合わせて助けたことが縁で、彼らと冒険する機会が多くなった。


 少しだけ彼らへの指導や護衛も兼ねている。危険度が下がり、新人冒険者たちの生存率や依頼成功率が上がるので、冒険者組合の評価も非常に良くなった。美少女たちから、先生、先生と慕われるのはとても気持ちが良い。


 そんな彼女たちに新しい靴下をプレゼントして、その代わりに新鮮脱ぎたて靴下を貰っている。依頼などの報酬自体は均等割りだが、その脱ぎたて靴下が俺の特別報酬なのだ。彼女たちは新しい靴下が貰えてハッピー、俺は脱ぎたて靴下を手に入れられてハッピーと、まさに一挙両得(違)だ。


 彼女たちの靴下が俺の生命線なので、偉ぶるようなことは避け、できるだけ謙虚にするようにしている。変態だと思われているようだが、嫌われて距離を取られているわけじゃないから、まあ構わないだろう。黙ってコソコソ隠れてするより、ちゃんとカミングアウトしておいたほうが後々問題が少ないことを、前のパーティの件で学んだのだ。


 さらに俺は冒険者組合の美人受付嬢や神殿の巫女さんたちにも新しい靴下をプレゼントして、新たな脱ぎたて靴下の入手先を増やすべく活動している。S級冒険者になるという夢は(かな)いそうにないが、靴下的には大成功な人生になりそうだ。



 そんな幸せな日々を過ごしていたある日、俺はある酒場で懐かしい顔に再開した。前のパーティのリーダーと獣人戦士だ。彼らの側に女性二人の姿はなく、別の男性二人が同席している。四人とも冒険者風の装いだ。べつに引退したわけじゃなかったようだ。


「よお、久しぶり。」

「ああ、ほんとに久しぶりだな、元気そうで何よりだ。」


 お互い軽く挨拶を交わす。追放の時は靴下を味わえなくなるというショックを受けたが、それ以外は特にわだかまりはない。それに今は靴下長者だしな。


「あの娘たちはどうした? 別れたのか?」

「いや結婚してな、今は子育て休業中だ。」


 元リーダーとエルフ、獣人と回復師がそれぞれ結婚したそうだ。それでパーティが解散ってことになったのか。


「そうか、彼女たちも人妻か。そういえば人妻の靴下っていうのも趣があって良い物だよな。」

「やらんぞ。」


 ねだる前に拒否された。


「で、ちょうど俺たちと同じく、男女四人パーティで女性陣が産休になってたこいつらと組むことになってな。」


 同席の二人を紹介される。


「パーティ名も新しくして、今は『氷雪の嵐』を名乗ってる。」


 それって噂になってるS級に昇格したパーティじゃないか!


「そうか、S級になったのか、おめでとう!」

「ありがとう。」


 ニカッと笑って祝いの言葉を送る俺に、おなじくニカッと笑って礼を返す元リーダーたち。S級は正直うらやましいぜ。まあ、S級か靴下かどっちかを選べと言われたら、迷わず靴下を取るけどな。


 俺は四人に「お祝いだ」と酒を一杯づつ(おご)り、また看板娘のウエイトレスに新しい靴下をプレゼントした。


 俺はこれからも愛するもの、そう、靴下のために生きていくのだ。


 普通の世界に戻ってきてくれと言われてももう遅い!

完全に手遅れな模様です。

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