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馬鹿みたいなドデカ火球が突如として発生したら色んな人が見に来るのは当然だよね。警備の騎士だって来たし教師だってやって来た。
そして私の顔を見るなり、あっ(察し)みたいな顔して去って行く。遺憾の意。
魔女開祖とっても哀しい。
せめてちゃんと調査して欲しい。
私無実だから! 今回は!
「山とか輪切りにしたからですか……?」
「いや草」
「ぶっ飛ばすぞ☆」
ハーレムの為に犯人逃がした癖にこの言い草である。
まあ別に良いけど。特に被害も無かったし。
でもちょっと殴らせろ? 大丈夫。魔女開祖か弱いから。
私の気持ちなぞミリも介さぬハーレム野郎はお気楽極楽の権化のような陽キャスマイルで感謝を延べだした。
「ありがとな魔女開祖! お前のお陰でハーレム人生スタートできたぜ!」
「うわ~良い空気すってますな~ぶん殴りてーですぅ」
「まあまあ、護衛はちゃんとすっから」
「ついでにハーレム増やしつつ?」
「ついでにハーレム増やしつつ!」
「はー女の敵~」
「ゆーてこの世界の女の子悲惨な子はめっちゃ悲惨じゃん。そうだ、そうだよ! 可哀想な女の子は皆俺の嫁になったら良いんだよ! 悲劇を出来る限りは救いたい! ハーレム王に、俺はなる!」
「…………そっすか」
一人で何やら納得して固く決心している様子のハーレム野郎に最早くちを開く気にもならない。ゴムゴムにぶっ飛ばされたら良いのに。
ま、魔女にとっては所詮は他人事。
魔法への憧憬と信仰に置いていた存在としての軸足がブレ、殿方に心絡め取られて捕まり地に足を付け、惚れた男と共に大地に根を張って生きることになった女は最早魔女とは言えない生き物。その時点から普通の人間となってしまう。ただの恋する幸せな女。
せっかくの研鑚、優れた発想、あの技能・才能もたったの30年程しか積み重ならなくなってしまうのか。
ちょっと勿体ない。
あれらの良い着想はこれから私が引き継ごうかな。
いや、もうすぐ私も同じになってしまうのか。
ルシウム王子に恋してしまうらしいから。
ああ、やだな。
捕まるのならアレンが良かった。
大好きだった笑顔も声も、もうすっかり思い出せなくなってしまったけれど。懲りずに私の胸は薄ら痛む。
700年は私にとって遠すぎて、心動かず僅かに哀しい。
でもこれが、原作だからね。
仕方がないね。
ハーレムはハーレムの才能があったのか、そう遠くもない王家秘書庫への道中でハーレム要員を5人に増やしやがりました。才能こっわ。
ハーレムメンその3は大富豪の溺愛されているらしい末娘さんで、背伸びしたいお年頃を一人前のレディとして接したハーレム野郎に即墜ち。何か凄い貢ぎだして他人事ながら戦慄しまくった。まさか道中で屋敷ゲットできるとか何事よ。普通に貰うな。自分で稼げ。「ありがとな!」じゃないんだよクズかこやつ??
そうして唐突に得た大量の資金はハーレムメンその4の、女だからと発揮できないでいた商才のあるらしいご令嬢の商売の支援に惜しみなく与えるらしい。この文化レベルの世界で魔術でAmaz○nやるとかいう発想は絶対天才だし、会社経営とか知らんけど絶対成功するでしょこれ。つまり恩人かつ唯一の理解者にして支援者となってベタ惚れされたハーレム野郎の人生安泰が決まった瞬間だ。
うへえという気持ちでいっぱいである。
「ハーレムメン同士で修羅場とかなったらどうすんの?」
「嫉妬させる猶予もなく皆を愛したらいいだけじゃん?」
「すっごい自信だ。さっすがパフェコミュ野郎」
「ありがとな!」
「いや褒めてないっす」
にかっと無邪気な少年の様な爽やかな笑顔で礼を言うハーヴェスト・レムレスだが、同郷者という共通点がちょっと嫌になってきた。
さて、王家秘書庫に到着である。
王家秘書庫には王族にしか作動しない魔法陣により施錠されている為、王族以外の人間は入館できない。
外から魔法で吹き飛ばそうにも抗魔石100%の建物は魔法や魔術に対して極めて高い耐性を持ってて火力馬鹿の私でも粉砕するのは不可能だ。
つまり基本的に騎士の配備は必要ない。
が、仮にも王家の図書館である為に比較的新人よりの若い女性騎士が配備されているようだ。
女性騎士達は一人残らず入り口から少し離れた木の下で楽しそうにランチをしていて、警戒レベルはズッタボロ。
彼女らは普通に入り口から死角になってる場所にいて、私がドア前にて魔法陣解析してても彼女らからは見えやしないだろう。
とってもやっべえ警戒体勢だ。
助かるけれど、それで良いのか。
「んじゃ俺、ちょっくらハーレムしてくるわ」
「ああ、うん。よろしく。」
ちょっと虚無顔になりつつ私はガラッガラに隙のある王家秘書庫の入り口に身を滑らせた。
身のこなしもそこらの一般兵にも比較にならない低レベル。けれど所作は美しく高雅に洗練されている。うっすらお化粧、ふわりと香る香水、香油で整えられた毛先、つやりと蛍光ピンクに輝く爪の先。
明らかに戦う者の意識をしていない。
ああ、名誉職ね。
女性騎士って結構権威がある職業だ。
男性のそれよりは人員が絞られていて、身元も男性よりも厳しく調査がなされている。上澄みは女性王族の身辺警護を任されるからだ。上澄みは。
当然ながら実態はそう完璧ではない。
高爵位貴族令嬢の三女四女辺りの令嬢が生涯独身を貫く為の手段の一つとされがちで、あとは宮廷魔術師になる道もあるが、これはより才能が限定されるから険しすぎる道となる。
ちょっと運動得意なご令嬢がゆるっとお友達とお一人様楽しむのに最適な職業と見なされがちなのが女性騎士だ。
女性騎士も上澄みは本当に化け物レベルの猛者揃いだけれど、男性騎士もそうであるように全ての女性騎士が立派で高潔であるとは限らないのだ。
「も~ハーレム殿ったらぁ」
「いやいやホントですって」
ほんの一握りのガチ勢以外は案外、機会があれば結婚したい勢なのかも知れない。
きゃっきゃと楽しそうに会話しているハーレム野郎と女性騎士達。
(陽キャこっわ)
まあ、そんな事より施錠魔法の解析だ。
繊細に緻密に。
解析した痕跡一つ残さぬように。
細かく細かく編み込まれた細い糸を優しく丁寧に解きほぐすように。
まるで正しい王族であるかの様に魔法陣を騙せる手段を。
(はー良く出来てる魔法だ。頑固で偏屈な性格が陣から透けて見える。ひねくれ者、逆張り野郎。きっとそう)
これは時間がかかりそう。
半世紀分の執念じみた緻密を感じる。
狂気の沙汰な出来栄えだ。
私が解くのに、きっと半年かかってしまう事だろう。
素晴らしい。
今日は何て良い日だろう。
胸躍る魔法と魔術に出逢えた。
美しく繊細に編み込まれた魔法陣さん。
何て綺麗な構成だろうか。
さ、これからじっくりお前の全てを暴いてやろう。
施錠魔法を淡く光らせながら魔女開祖ルクルッツは昂揚の笑みを浮かべた。
……そんな姿を見入ってぽろりと言葉がこぼれ落ちた。
「ああ、100ルクルッツの笑顔だね」
ネコのように俊敏に、魔女開祖がこちらを見上げた。
そしてその目を大きく見開いた。
蜂蜜色の金の髪、とろりとした紫の瞳。神様が本気を出して制作したかのような完璧な造形美。
生まれる前にパッケージで見た顔そのもの。
かつてに重なる、整いすぎてるその美貌。
ああ。ああ。
こんな目だった。
この声だった。
あの人と全く同じ、甘く細めた瞳と優しい声だ。
あの人みたいな目と声で、あの人みたいな事を言ったりしないで。
700年が締め付ける。
彼はもう、居ないのに。
分かっている。
この人は違う。
「ルシウム王子……」
出会ってしまった。
初恋せねばならない相手に。
さあさあ今から、彼を好きにならないと。
原作通りに正しく恋に。
(…………殿下ってあんな謎単位使うようなキャラだったっけ?)
ハーレム野郎は珍獣見る目でルシウム王子を見やった。
と、我に返る。
何故ここにルシウム王子が居るのだろうか。何か王家秘書庫に用事でもあったのだろうか。寄りによってこのタイミングで。
(秒で見つかったけど、どうすんだコレ!)