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ハーヴェスト・レムレスが物凄く気まずそうな表情で、何故か謝罪してきた。


「何か……ごめん」

「へ? 何がです?」

「いや言っておきたかっただけ」

「そうですか」


どうでも良さげな返答の魔女。

ハーレムとしては別に声に出して魔女に直接言ったわけではなかったが、内心でちょっと思い込みで決めつけた分の謝罪をしておきたくなったのだ。



ルシウム王子は気を失った母王妃を抱き抱え、手近なソファに横たえた。


「ありがとうルクルッツ。この通り母も無事だ。君に危険がなくて良かった。また1人で頑張ろうとする時の顔だったからね。不安だったし心配したんだ。君は強いと分かっているのに」

「1人で頑張る時の顔って分かるものなんです??」


ハーヴェストは敢えてそこに食いつくんかい! と言う表情をしている。そんな魔女の様子に心底楽しそうにくすくすと笑うルシウム王子。


「そういう時の君はね、いつだって『私が死んだ方がマシ』という顔をしているんだよ。でも許さないよ。君は俺と共に初恋に堕ちて、共に老いて、死ぬまで一緒に生きるんだ」


しかし魔女の返答はない。


男2人は顔を見合わせ、それから魔女開祖ルクルッツをみやる。魔女は何故か窓から上空を見上げていた。

愛の言葉を捧げられたばかりの様子に全く見えない。

脈がない訳じゃないのは男性陣も知っている。

ならばルクルッツのこの様子は一体?


男2人が見守る中、魔女はくるりと背を向けた。

ほっそりとした背中、長い髪。

魔女は静かに立っている。

なのにどこかピリリと漂う緊張感。

まるでぴんと三角の耳を立てて緊張と共に周囲を警戒している猫を連想させる後ろ姿。


「……ルク?」


魔女は全く警戒を解いていないのだ。

それどころか更に魔術を編み始めている。

出来ゆく陣は一見の理解を拒む最高難易度。それは馬鹿みたいにある異常に対する効果を一極集中させた障壁。どうやら魅了に対して非常に強い抵抗力をもたらす障壁であるらしい。魅了状態対策だけに特化したヴェール。

ついで編むのは、非常に強固な物理対策。

さらに浮遊効果が追加された。



「どうしたんだ、ルクルッツ! 一体何を想定している!?」


魔女開祖の防御対策はさらに続く。強固に護られし王城の、王国の未来を守る部屋、その床さえも信じていない様子である。

防御の魔力は球体となり、足下からの攻撃にすら備えだす。防護魔術からかいま見える魔女の見立ては、今この足が踏みしめている石床すらも崩壊するのか。


「分からない。でも世界の魔力の揺らぎを感じる。対策しないと不安なの。こんな事は初めて。“奇跡の核”を壊せばいつもそれで解決だったのに」


今回だけ何故? ヒロインだから特別待遇?

でもそんな思考、割いてる暇ない!


「何か、何かがここの空間に割って入って顕現しようとしている! 注意して。ありったけの防衛を!」




粉砕された宝玉、“奇跡の核”の残骸が舞う虚空。

黄金色の欠片から異様な空間異常が広がっていく。


ただの金の破片が輝く空間であったというのに、何処かの異空間が無理矢理こちらと接続しようとしている。

そんな真似、魔法も魔術も不可能だ。

そういうデタラメ行為は“奇跡”の領域。

つまりどこぞの神がやって来る。


そう、いま、ここに。





「ひどいです……」


聞く者の同情誘う哀しげな男性の声。

覚えてる。産まれる前に聞いた事がある。

ならば恐らく乙女ゲーの登場人物。

上記の台詞、そして神だと考慮に入れれば答えは一つ。


出たな拗らせ邪神!



パリンパリンといとも容易く互いを隔てる空間を割り、気軽な様子で彼はこちら側にやって来た。


一見、とても美しい男性に見える。

邪神という異名から浮ぶ印象とは異なり、いかにもな邪悪さは一切なかった。

優し気に細められた糸目がちの目。

長く束ねられた髪は神秘的な光輝をまといし深緑の色。


彼はかつて、大地の作り手として深い信仰を集めた。

彼の本体は大地そのもので、本来ならば到底倒せるような存在ではない。今顕現しようとしている頭脳体、あるいは意識体と言える存在ならば一時的に打倒可能だ。

それはつまり、ほんのちょっとだけ気を失った状態にさせるだけなのだが、これがまたアホほど難しい。




「どうしてこんな、酷いコトするの……?」



邪神ヴェレス。

原作ゲームの裏ボス的存在だ。



彼の本体=大地に触れている者は全て、滅多に開かれぬ彼の瞳と目が合うと、強固に魅入られ心酔せずにはいられなくなる。その人物に至る祖先や自身や祖先が食した命といった、大地の恩恵に対する感謝の気持ちが、極めて鮮明に心の中に復元されて、ただ人の脆弱なる精神謎塗りつぶして彼を愛さずにはいられなくなる。


邪神ヴェレスはより古き時代の神の一柱で、創世の女神によって世界が創られた後に大地を創り、唯存在しているだけで大地に豊穣をもたらす、滅ぼしてはならない神だ。


恐ろしい事に、邪神ヴェレスを愛さずにはいられなくなる効果は神々にすら深い影響を及ぼした。神とて大地に足を付けずにはいられないし、大地の恩恵を飲み食いしていたからだ。

高位の神々は問題なかったが、数多の神々が邪神ヴェレスの瞳に魅入られ、身も心も次々彼に隷属してしまった。心底からの徹底的な隷属故に、下僕化した神々は無垢なる親切心から隷属仲間を増やしたがった。神々の正しく在るべき秩序が蕩かされて崩壊寸前の危機であった。


しかし前述の通り、彼は存在するだけで大地に豊穣をもたらす神であり、滅ぼす訳にはいかなかった。

苦肉の策として創世の女神は、邪神ヴェレスを異空間に幽閉した。邪神の信徒と化した神々と共に。


これが原作ゲームにおける裏ボスと、彼が住まうダンジョンに出てくる馬鹿ほど強くて格好いいデザインの雑魚敵達の設定である。


因みにヒロインちゃんは確定で発生するイベントで魅了完全耐性を持っている。そして攻略キャラ達はヒロインちゃんが個別ストーリーを最終イベまで攻略したら完堕ち状態になって、彼女以外の魅了が効かなくなる。

つまりヒロインちゃんと彼女にメロメロ男子を鍛えまくったパーティで挑むのが1番楽な倒し方だ。

この邪神はまず倒さないとストーリーが始まらないから、彼を落とすなら5股前提となるとんでもねえ遊び方が推奨となっている。




「あの子はね、大地(ぼく)に泣きながら抱きついたんだ。伴侶でしょ?」


うっとりとした声の邪神ヴェレス。

薄ら瞳が開かれ、瑞々しき若芽の様な瞳がこちらを見つめる。先祖と食した命全員が抱いた分の大地の恵みへの感謝が、そのままヴェレスに対する盲愛へと変換される瞳の魔力。


ただ邪神が瞳を開いただけで、人格消し飛ぶ威力の魅了。

しかし魔女開祖の魅了対策がそれを通さない。



「んな訳あるか!」


ハーヴェスト・レムレス、渾身のツッコミである。


「それつまり、大地に寝転んだら俺に惚れた判定か? お前の判定ガバガバじゃねーか! そんなこええ理屈であの子を酷い目に遭わせたのかふざけんな!」


恐ろしい心酔圧に疲労感がのし掛かりぜーはーと肩で息をしている。精神的にもくったくたである。

邪神の正体はさっさと魔女が伝達している。


「おめえ、この、ふざけんなよ色ボケ邪神! 勘違い男みたいな挙動しやがって。俺の無双計画立ててた時、ちょっと憧れた気持ち返しやがれ!」

「でもみんな、大地のコト、好きだよね……?」


“奇跡・愛され”の大元だけはある発言。

どいつもこいつも惚れさせる生態だから邪神ヴェレスにとってはただの事実でしかないのだが。クソ迷惑。魅了耐性さらに編み込み追加しないと魅了パワー強くて、直ぐに次々バリアが耐久切れになっていく。

さすが神。腐っても邪神。

極まったヒロインちゃんじゃなければホント無理ゲー。


そしてハーヴェスト・レムレスは“奇跡”被害者のヒロインちゃんの為に怒り心頭である。流石はハーレムの主、ハーレムメン候補の為なら全力なのか?


ブチ切れハーレム、ついに怒りのままに言う。


「みんなが好きなのはお前の身体だけだ! 邪神の心はだっれも知らねー! 惚れる以前の問題なんだよ!」

「いや言い方」


邪神ヴェレスは酷くショックを受けたようだった。

当然だろう。

何千才か知らないが、この言い草は生まれて初めてだろうから。

美しい新芽の瞳を見開いて、魅了の波動は最高潮だ。

その表情はまさにブチ切れ。

神威の乗った腕の一振り、身に宿す過剰な生命力を攻撃に換えた一撃が――――――


どぉん!


恐ろしい速度で邪神ヴェレスが視界から消える。

第一王子執務室は突如上空から振り下ろされた巨大な何かに押し潰されて半壊だ。文字通りに部屋の窓側半分が削り取られて無くなった。

邪神ヴェレスの精神体は、まさにぷちっと押し潰されて消滅していた。仮にも原作裏ボスが。



それは余りに巨大な人差し指だった。

遙か彼方から見れば恐らく嫋やかなる形状の女性の指。


私達は身動き一つ出来なかった。

こんなの予測できるはずない。

私達が巨大な人差し指に潰されなかったのは完全にただの幸運だった。


“危なかったわねえ大丈夫ぅ? だから言ったでしょぉ? もっと試練っといた方が良いって。ね、戻っておいでなさいアレン。下界は危険よ、もっとたくさんわたくしの試練重ねておかないと”



ああ、とルシウム王子の呻くような低い声。

見つからぬように密やかに。

彼は彼女の名を呻く。

創世の女神、と。




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