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それからふた月ほど。
めっちゃ平和だった。
転生者疑惑のあるヒロインちゃんからの接触は皆無。
魔女開祖ルクルッツは超久々の学生生活を適当に楽しんでいた。何やかんやでハーレム野郎のハーレムメンとも楽しく友達づきあい出来ているし、ちょっと興味を持った分野の勉強は新たな知見を得られてとても楽しい。
ルシウム王子は非常に多忙そうだった。
隙間をぬうようにルクルッツに逢いに来るが、共に居られる時間は非常に僅か。明らかに無理をして逢いに来ている様子に軽くたしなめるとヤツはちゃっかり膝枕を要求してくるのでアレンまじアレンという感じだ。ほんっとうにただで転ぶタマじゃない。
「あ~ルクの太もも生き返る~」
「中身のおっさんがにじみ出てるよアレン」
「俺、ちょっと疲れてるだけだから……! え、ルク、夫に若さが欲しい感じ? 若い子がタイプなの? 疲れた俺は駄目ですか??」
「んな訳ないでしょ。ホラじっとして。癒やしの魔術は得意じゃないの。どう? 少しは疲労、吸えてます?」
「は~良かった。ルクの癒やしは最高だよ。いつも回復有り難う。だからもう分かるよね? ルクが言うところの中身おっさんの俺には700年生きてるルクルッツしか居ないって」
「おっさん言うたの根に持っていらっしゃる??」
「ははは。まさか。俺をこんなにした責任とって欲しいなって、ごくささやかで正当な懇願してるだけさ」
「ちょ、罪悪感刺激しないで」
「君の恋が欲しい俺が手段を選ぶとでも?」
うっすら赤らむ頬にとろりと細まる紫の瞳。
白く美しい、けれど武への研鑚が積み重なっているのが見て取れる尊き手の平が、長い魔女の髪にさらりと触れる。
たかが、ほんの僅かの接触。
なのに大袈裟に身じろぐ初心な身体が恨めしい。
物慣れ無さが丸出しだ。
700年も生きているのに。
サラリと何でもない事の様に受け流せる大人の女性みたいに出来たら良いのに。
そんな魔女の様子にくすくすと上機嫌な王子にサラリサラリと解かされゆく髪。
うううぅ猫っ毛らしくもっと抵抗せんかい。
おおぅ止めて下され、コミュ障には荷が重いんです。
私多分クッソチョロいからな!
自分のイケメンっぷりを最大活用しないで下され!
「はーい、そこまでー。時間ですぜ王子様」
「え~。ハーさんのケチ」
「俺めっちゃ太っ腹です遺憾の意。魔女開祖殿のチート転移魔術の方を計算に入れてのギリギリ時間に呼んでますから。ウチのリンとルンなら後10分は早まってますよ、その逢瀬」
「そうなんだ。いちゃいちゃ延長させてくれて有り難うハーさん」
「見せつけどうもでした。ささ、もうお帰りなさいませ」
「うん。いつも有り難う。君の増大する強力な勢力と、愛するのに必ず同意を得る姿勢の事を誰よりも深く信頼しているよ。俺の友の中ではハーさんが1番だ。だからどうかくれぐれも、俺のルクをよろしくね」
「勿論ですよ、ルシウム殿下」
深く一礼するハーヴェスト・レムレスに魔女開祖は軽く転移魔術を展開させる。双子の魔術師の発想を得たお陰でよりシンプルに洗練された版を創れてホクホクである。
「ルクとの逢瀬は秒で解けて寂しいよ」
「ソウなんデスか」
「あはは。カタコトだ。ルクは慣れてないと思っているね? 残念。違うよ。君はお別れする俺の腕の中から逃げなくなった。そのまま安心して俺に捕まって良いんだからね。魔女じゃなくなっても俺が居るから。今度こそ君と連れ添い、2人で老いて死にたいんだ。愛しているよ」
魔女の額に王子のキスが落とされる。
ぶわ、と首まで真っ赤にした魔女ルクルッツは猫目をグルグルとさせながらも、かろうじて残っている冷静さを必死に掻き集めて、精密な転移魔術を発動さた。
700年ものの年寄りらしい、問題の先送りである。
全てを見透かすルシウム王子の朗らかな笑い声が薄まり、そして転移の為にぷつりと消える。
辺りが静まると魔女開祖ルクルッツには罪悪感のようなものが湧き上がってきてしまう。
ルシウム王子は元々担当していた政務と、ルクルッツを王妃にする為の煩雑な手続き、それに不満を抱きそうな高位貴族達に対する調停、交渉などで学生生活など微塵もない生活を送っている。
全てを軽くこなしている、という体をアレンは見せかけているが、魔女開祖による最高品質の疲労回復魔術を要する程度には疲労困憊している現状だ。ルクルッツ特製の回復魔術じゃなかったらそろそろ生命力とか魂に負担がいくレベルの使用頻度。
回復魔術の過剰な連発は、具体的には無事な場合の寿命の減退、死後も転生に時間がかかる魂になってしまう。
もちろん魔女開祖は彼にそんな負担を負わせていないが。
そもそも、と魔女は思う。
そもそも私と、その、けけけ結婚とか、したいとか言うから、アレンはそんな大変な目にあってるんだ。
疲れてるくせに、にこにこしちゃってさ。
ちょっと意味が分かりません。
なんでそんなに幸せそうなの。
そんなに頑張っても得られるのは私なのに。
でも。
たくさんの愛の言葉が降り積もる。
アレンのおっもい愛が絡み付く。
ふわふわと自由で魔法魔術への好奇心のみが寄り添う生態であるべき魔女なのに、魔女らしく自由であるべきこの心に、優しく染み入る声と言葉。
そうだ。
アレンの手は、あたたかい。
生きている。
そう。
彼は今、生きているんだ。
途方もない“奇跡”だろう。
早死にしたのは十中八九“奇跡”の所為だ。
700年後に君が初恋する相手そのものに、俺はなったよ。どう? 俺に初恋、してくれる?
ばかアレン。
その為に一体どれだけの対価を支払ったの。
どうしてそこまでしてくれるの。
……しんじて、良いの?
私は恐くて、おくびょうなのに。
そこまでする価値、絶対ないのに。