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ルシウム王子は王城に帰り、待ち構えていたマリアリア王妃とトリプル爺にさらりと今までの事を報告した。
「ウチの殿下も中身ジジイにぃ!??」
「魔女開祖なルクとぴったりお似合いになっただろ?」
「いいぃ言ってる事さっきと真逆ですぞ!?」
「だって思い出しちゃったからね」
「あああああ悪霊退散ですじゃあああ!!」
「ええい落ち着け。いい歳こいてみっともない! 残念ながら、どうもそもそも殿下は初代様の生まれ変わりである様じゃ。全く、ワシは奇跡は専門外なのじゃが。奇跡を“感じる”のは不得手だが、確認は取れた。殿下の仰る事は真実じゃ」
「酷いなあ。俺“死ぬほど”頑張って正当な手段でこの時代のこの国の王子に生まれ変わっただけなのに」
「……理由を伺っても?」
「俺は変わらず貴女の息子ですよ母上。ただ思い出しただけ」
「なら教えて貰えるかしら」
「初恋をもぎ取る為、ですね」
「もぎ取る??」
「もぎ取る言いましたぞ??」
「初恋ってもぎ取るモノじゃったっけ?」
「いやですじゃ。初恋ってもっとあまずっぺーのが良いですじゃ!」
とは言え現代でも初代国王アレンと魔女開祖ルクルッツの悲恋は今でも好んで語られている。
ドラマチックに盛られに盛られまくった、美しくも哀しいすれ違いが700年の時を経て成就とか胸熱じゃ、と言うのがトリプル爺共の見解だ。
トリプル爺共がルシウム王子の王妃側妃選抜試験に参加したがる魔女開祖を拒もうとしたのも、フィールディア建国譚を愛読していたかつての少年達が解釈違いを起こしたからだ。魔女開祖殿は永遠に初代国王への想いを引きずっていて欲しいってヤツだ。
「ルシウム」
王国の薔薇と讃えられるマリアリア王妃がたおやかに微笑んだ。
「はい母上」
母に対する敬愛の乗った視線で返すルシウム王子。
王妃は息子に毅然と告げた。
「生温いです。ぶん捕りなさい」
完璧な笑みにやべえ覇気が乗りまくっていた。
トリプル爺は子鹿のように震え出す。
「恐いですじゃ」
「ヤバいですじゃ」
「でも王妃様の仰る事じゃし一理あるのかも」
ルシウム王子はぱああっと表情を輝かせると、ぺっかぺかの太陽のような笑顔を浮かべた。
「はい! 母上!」
息子の笑顔にマリアリア王妃は僅か瞳を見開き、ついでふわりと吐息を吐くと慈母そのものの笑みをたたえた。
「こっわ」
「魔女殿逃げられる気がしないですじゃ」
「あーあ魔女殿ドンマイ」
「まー儂ら的にもあの方ならば異論はないですじゃ」
「あの方レベルになると家柄なぞ些末な問題ですじゃ」
「うーん防衛的には、うーん」
「いつまで魔女殿のただの善意に縋る気じゃ」
「まぁ本来は代々の王家、貴族がすべき事ではある」
フィールディア王国が誇る三賢老の了承に王家の2人も勢いづいて初恋奪取の作戦会議は加熱した。ただし彼らの情報は割りと古い。
夜半、フィールディア国王リグルスの寝所にて。
ゆったりとした寝衣を纏うマリアリア王妃が淑やかな手付きで王の晩酌に付き添っていた。
「笑い方がね、子供の頃のルシウムそのものだったのです。首の傾げ方、表情、仕草、何も変わりませんでした」
「知識の欠けは? 記憶の混濁や動揺は」
「問題なく。子供の頃の記憶を思い返すようにすんなりと初代様の記憶が思い出せるようです」
「ルシウムなのか……」
「そのものに見えました」
「そして魔女開祖殿に懸想してると」
「初代様の悲恋の伝承は事実だったようですね」
「私の感情を割り振るのは後にしよう。実際のルシウムを見て、その行動を見守る事にしようか」
「今はそれで宜しいかと」
リグルス王はふと表情を和らげ、美しき妃を見やると懐からあるものを取り出した。
それは黄金色の宝玉だった。それが魔術によった銀細工に包まれるようにコーティングされ、形の良い小粒な真珠によって彩られた豪奢な首飾りとなっている。
知識あるマリアリア王妃は見抜く。黄金色の宝玉はただの宝石などではないと。
「……これは“奇跡の核”?」
「先日、創世の女神に創世感謝の儀をしただろう? 君は私の妃なのに参加させれず申し訳なかった。あれは初代が生きた年数周期で初代の血を引く者のみ参加できる儀式でね。私が祈った際に突如この“核”が顕現したのだよ」
「フィールディア家は代々創世の女神の寵愛篤いと伺いましたが、リグルス様の祈りが“奇跡”に?」
「まさか私に左様な才覚はないよ。だがどうやらルシウムは違うようだ」
「魔法大臣はルシウムに“奇跡”の気配を感じ取っておられるようでした。ルシウム自身も“死ぬほど”の思いをして正当に勝ち得た転生だと」
「ルシウムが前世の記憶を思い出す直前に顕現した“奇跡の核”。これが無関係とは思えない」
「“奇跡の核”は神々が人界に奇跡を為すための触媒とされているもの。もしこれが破壊されたらルシウムは」
「大丈夫だよマリアリア。“奇跡の核”が破壊された事例などない。奇跡の維持の為に強固な護りが周囲に展開されるという。だからこれを、私の薔薇に」
リグルス王はマリアリア王妃の白く細い首筋に、美しい薔薇が装飾された首飾りを彩った。
「私達の息子が生まれた奇跡が君を強固に護り続けるように。いつだって深く護られてくれるね? マリアリア」
「はい。有り難うございますリグルス様」
さて、原作ゲーム1日目である。
側妃選抜試験参加者の一部希望者に用意された寮の一室。
転移魔術で運ばれた温かい朝食を終え、身支度を調えた魔女開祖ルクルッツは仮の自室を出る事にした。
昨日一日だけで700年の停滞が圧倒される出来事ばっかりだった。
え? 王妃? ちょっとよく分かりません。
そこに思考を割くの待って貰って良いですか?
ちょっと軟弱メンタル極めてるんで、その辺りの事考えるだけで、夏のアスファルトでのたうつミミズみたいな挙動をしたくなってしまうんです。
魔女開祖ルクルッツは秒で現実逃避する事にした。
700年分の基本方針が根底から覆されようとしている事に心がついて行けてない。
惰性で今まで通りの方針で行く事にする。
とにかく、ルシウム王子とヒロインちゃんが出会えば良いのだ。原作通りに。
……ヒロインちゃんの顔も名前も分からんが。
それが達成された時の自身の心境について、魔女の思考は至らない。
王妃側妃、もとい側妃選抜試験は王立学院にて様々な授業を好きに受け、ステータスと講師の好感度を上昇させるのが基本的な行動だ。それらがポイント化され評価となっていく。
それ以外にも学院の外に出ても良い。
王都デート、出会いイベ、王都でバイト兼ステ上げ兼商人系フラグ建設、王都郊外のダンジョンに潜っても良いし、もっと遠征して魔王城だとか異次元だとかに行っても良い。雑魚だと死ぬが。攻略キャラやライバルキャラ、講師キャラの好感度を上げて強力なパーティを組んで挑むのが推奨されている。
しかしそれらはもっと後での話だ。
(初日って何すれば良いの? ステ上げとか私要らんし)
とりま寮から出てみるか。
ぷらぷらとした気まぐれなネコのような足取りで、ルクルッツはそぞろ歩いた。
そんなルクルッツの耳に鈴を転がした様な可憐な声が聞こえてくる。
「どうしたの猫ちゃん? え、やだ。怪我してる」
ひょいと窓から外を見てみるとそこには絶世の美少女がしゃがみ込んでいた。
ふわふわとした綿アメのような桃色の髪。まるい頬にバッシバシのなっがい睫毛。ツンと上を向いた愛らしい鼻。アメ玉のようにまん丸で甘そうなピンク色の瞳。
それらが完璧なバランスで配置されている、700年生きたルクルッツでもちょっと見ないくらいに可愛いと断言できる、そんなレベルの美少女だった。
この時期に真新しい制服を着用しているので恐らくは側妃選抜試験参加者だ。参加者には任意で王立学院制服が貸与されるので。試験参加者の腕章も付いているし。
若い参加者は毎日の服に困らない上に、憧れの学院制服も着る事が出来るので、殆どが制服姿である。魔女開祖は違うが。
絶世の美少女は新品の制服が汚れるのも構わず芝生の上に膝をついて、ぐったりと伏したネコの心配をしている。
そのシチュにルクルッツは電撃に打たれたような衝撃を受けた。
(ルクルッツの猫イベその1じゃん!!!)
魔女開祖ルクルッツは一目惚れしたルシウム王子が何故かネコ好きだと思い込んでいて、やたらと猫イベを発生させるのだ。そしてその第一弾が目の前で展開されようとしている。
(つまり彼女がヒロインちゃんだ!)
ルシウム王子と恋に落ちる筈の正しいヒロイン。
その登場である。