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―Code World―  作者: 夕白颯汰
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第三話

 ヴンッッッ。


 突然の音が、私の思考を遮った。


 眼前に長方形――ゲームでいうホログラムウィンドウが表示されている。




「っっっ……!!」




 声も出さずに驚いたが、ホログラム自体は珍しいものではない。


 先端技術が発達した現在の日本では、家庭や店でも一般的に使われている。


 主にスマホのような用途だが、PCに溺れていた私はあまり必要性を感じず買うことがなかった。




 一方でホログラムを多用する者も少なからずいる。


 特にスマホを肌身離さず持っている若者に多く、以前――と言っても私が引きこもる前なので、小学生の頃――街中でホログラムを起動して動画を視聴する人や電話をする人と何度もすれ違ったことを記憶している。




 だから、私を驚かせたのはホログラムそのものではなく、突然現れたことにあるのだ。


 


 どんなホログラムでも必ず、画像や動画を立体化させるためのレンズやミラー、レーザーなどが要求される。


 ホログラム対応のスマホには、それら全てを無理に最小化して詰め込んだ部品があると聞く。


 スマホでもPCでも、たとえ専用機械でもホログラムの仕組みはみな一様なので、利用する際には何かしらの端末が必要なのだ。


 


 そのはずなのに、このホログラムには発生源の端末が存在しない。




 空中に単独で浮いているだけだ。


 私の前に現れたホログラムウィンドウは全体的に緑の見た目で、四隅にはツタのように絡まりあった植物がデザインされているだけで、それ以外にはなにもない。


 透過率はかなり低く、向こうにはビル群が見えている。




「な……に、これ……」




 と漏らし、おそるおそる手を伸ばして触れようとする。





 ビィィィイイイイイーーッ!!





「のわっ!」




 いきなり、高い音がかなりの大きさで発せられた。


 それを皮切りに、ウィンドウで目まぐるしい変化が始まった。


 左から大量の数字が現れては右に流れ、画面外へ消えていく。


 それらは列をなしておらず、重なり合いながら、無秩序に動いている。




「え、これって……プログラム、なのかな……?」




 知識がないためその呟きは半分以上が疑念で占められていたが、ウィンドウでは白い数字らがとめどなく流れており、なにかに施されたプログラムコード的なもののように思える。


 一つひとつが目にも留まらぬ速さで動いており、なんと書いてあるのかもわからない。


 その様子を呆然として十数秒見ていたら、不意に、流れる数字が速度を落として、徐々にその数を減らしていった。


 やがてウィンドウには、一行の数字の羅列だけが残った。




『6736857821,7498,396759,57291』




 その数字は点滅を始め、数秒ののちにすうっと消えた。




 次いで表示されたものに、私は目を見開いた。




『プレイヤー名〈レン〉、認識完了』




 レン。


 それは、私が愛用していたTTM内アバターの名前だった。


 息を呑む私を捨て置き、画面はさらに表示を変えた。


 そこにあったのは、端的な一文だけだった。




『TTM―Start:〈レン〉』




 その意味は理解できたが、私は言葉を発することも表情を変えることもできなかった。


 数瞬して、また新たな現象が眼前で起こったからだ。




 ポッ、という音とともに文字が赤く点灯し、その光は徐々に空へと伸び始めた。


 血のように生々しい赤色を放っている。


 呆然と見上げると、光はかなりのスピードで上昇しており、もう辺りのビルを越していた。


 光は弓なりの軌道を描いている。その行く末を目で追っていると――


 信じ難い光景が、そこにはあった。




 蒼碧の空を駆けていく光は、一本だけではなかった。




 幾多の、一万には達しているであろう赤い光が、例外なく、ある一点をめがけてひたすらに進んでいく。




 そのさまは、決して流星と呼べるものではない。




 人間にはどうしようもない、天変地異を見せられているようだった。


 光は上空百メートルほどを飛んでいる。四方八方から迫る他の光たちで、向かう先にはひとつの巨大な穴が形成されている。


 だが、数キロあったその穴はみるみる縮小していき、一キロを切り、五百メートルを切り、やがて交差点ほどの大きさになる。


 それでもなお縮小は止まらず、ビルひとつの大きさになり、人ひとりの大きさになり――閉じた。


 発せられた光によって、街にかぶさる赤い檻のようなものが出来上がった。




「な、なに……なんなの、これ……!」




 突然の出来事に意識を奪われていたが、あの現象が終わったいま、再び現状の異様さを突きつけられた。




 人間がいない街。




 それでいて、現実のコピーであるかのようにリアル。




 不可解な文字をコードを示すホログラム。




 端末を介さずに発生したそれは、VR技術やホログラムが発達した現代でも見たことがない。




 そして、空を埋め尽くす制御不能の光。




 それは、あたかも現実のものであるかのように動いていた。もはや先端技術などの範疇ではないだろう。





 何が起きているの? 





 さっきから、私には分からないことが次々と発生している。


 なんであんなことが可能なの?


 まさかあんなものが存在しているとは。


 


 なんで私のアバターが表示されたの? なんでTTMの名前が出てきたの?


 疑問符が何度も繰り返され、私はとうとう究極的な、いや最終的な問いに辿り着いた。




「……ここは、どこなの…………?」




 それが言葉となったとき。




 ウィィィイイイイ――――。




 機械音が辺りに響き渡り。


 上空で、赤い光が爆発的に瞬いた。


 


 カッと眩しいほどに輝き、一瞬、空間を白一色に染めた。


 


 反射的に目を閉じたが間に合わず、視界はしばらく色を失った。


 


 ようやく見えるようになると、果たして、先程までなかったものが出現していた。


 あの光の中心部となった檻最上部は、空へと伸びる一本の光柱で貫かれていた。


 それは、檻を構成するどの光よりも太く、黒みの強い赤色を帯びていた。時計回りにゆっくりと回転している。


 


 そして、光柱の動きを追随するかのように、空が同心円状に歪みだした。


 ゴロォォオオオ…………という音ともに、檻上空の空が灰色の雲に覆われいく。


 街からはたちまちのうちに明るさが消え、暗澹とした空気が流れ始めた。


 光柱は上空の雲を穿ち、一面灰色の空に赤い直線を描きながらそびえている。




「……?」




 それは私に、世界の終わりを思わせた。


 


 虚空を切り裂いて伸びるそれと赤い檻は、あまりにも非現実的で、非科学的で、適当な表現を私はもたなかった。


 


 ぽかんと口を開けたまま、動くことができない。


 私の目が光柱に縫い留められている間に、再び光を伴う現象が起こった。


 だが今度は、何かが現れたわけではなかった。


 


 ――光柱が消えていく。いや、崩壊していくと言うほうが正しい。


 


 なかほど、と言っても目に見える範囲での中間だが、光柱には割れ目が生じていた。


 その部分から、柱は細かい光に分解され外側に排出されていく。


 永遠に伸びていると思われた柱の先端が雲の間から現れ、同時に下部先端も上昇してきて、すぐに数メートルの長さになる。


 やがてそれも分解され、空中にはおびただしい数の光の粒が漂っているだけとなった。


 光の微粒子は明滅してながら、不規則に動き回っている――と思ったら、そうではないことに私はすぐ気づいた。


 それらは辺りを浮遊したのちどこかしらの場所に留まり、ひとつのオブジェクトを作り上げようとしている。


 


 ところどころ穴があるが、おそらく長方形を目指しているものと考えられる。


 最後のひと粒が嵌ったとき、中に浮かぶ巨大な――縦十メートル、横二十メートルにも及ぶ長方形は、ちかちかっと白い光を放ち、赤色に戻った。


 


 デザインは、先ほど私の前に現れたものと同じだ。


 その長方形はしばらく何も変化しなかったが、突然、音もなく暗転し、予想外のものを示した。


 そこに現れたものを見て、




「なっ……あれ……えっ?」




 と私は唖然とした。


 長方形、いやホログラムウィンドウには、短くヒゲを生やした髪の短い男が映っていた。


 私は、この男を見たことがあった。




『TTMプレイヤーの諸君、ようこそ我らが〈Code World〉へ』

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