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―Code World―  作者: 夕白颯汰
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第二話

 体の節々が、燃えるように痛い。


 私という存在を揺るがすほどの痛みで、気を抜くと意識が飛びそうになる。


 どうにかしようにも、手足がうまく動かない。まるで溶岩の中を泳いでいるかのような感覚だ。




 視界には何も写っておらず、黒一色。瞼を閉じているのか、視力を失ったのかすら分からない。


 


 耳には一切の音が届かない。絶えず鼓動する心臓の音も、今はなぜか聞こえない。


 感覚、視覚、聴覚の全てがままならず、私を取り巻く状況はブラックアウトと言うに相応しい。


 


 だが不安はなく、機械に統制されているが如く、私の体は意思とは別に機能している。


 言うなれば、意識が肉体から乖離した、ある種の幽体離脱だ。




 




 




 


 


 何分が経っただろうか。


 


 朦朧とした頭を巡らすが、明瞭な答えは返ってこない。


 気づけば、消える様子もなく私を叩き続けていた痛みは、体のどこからも消え失せていた。


 


 雲の中をふわふわと漂っているようで、いよいよ意識がまどろみの中へと引きずり込まれていく。


 


 いっそこのまま、深い闇へと落ちて、目を覚まさぬまま……。


 


 と、抗えぬ欲望が私の体を支配しかけたそのとき、聞き馴染みのある、一定の高さと大きさをもった音が耳を突き抜けた。


 


 


 ミィイイーーーンミーーンミィンミンミィ――……。


 


 


 これは……セミ?


 そう思ったのと同時に、意識が急激に引き戻され、視界がパアァァと明るくなっていく。




「ん……まぶしっ……」




 手で庇をつくったが、突然降り掛かった光はかなり強く、隙間からだけでも私の目を灼いた。


 それに目が慣れてくると、まず見えたのは、蒼く広がる空、燦然と輝く太陽。


 その下にはいくつもの高層ビルがあった。振り返ると、後方も同様だ。




 ここは――いったいどこなんだろうか。


 まだ覚めきっていない脳で考える。




 私はいま、道路の中央に立っている。右手にも左手にも街路樹が規則的に生えており、その後ろで何十階もあるであろうビルが所狭しと並んでいる。


 いかにも都会という様子で、あちこちの店から漏れ出た照明光が小洒落た雰囲気を醸し出している。




 左右を見渡しながら、道路を歩き出す。




 どこかの会社のオフィスと思われるビルには、植物で彩ったテラスが設けられており、自然と人工物が調和している。


 スイーツかなにかの小さい店は、黒を基調としたシックな外観をしており、申し訳無さそうに建っている。


 反対側にはアイスのチェーン店があり、こちらはカラフルな見た目で通りに色彩を与えている。


 交差点の角には灰色の事務所があり、無機質な白い光をブラインドから漏らしている。




 やはり、見たことのない場所だ。何故こんなところに、私はいるのだろうか?


 多少なりともの混乱はあるが、思考を狂わせるほどのものではない。




 目をつぶる。




 ここが日本なのは確かだ。途中で日本語の看板をいくつか見た。


 そして、関東にしかない店がときどきあったので、一都六県のうちのどれかだと分かる。




 私の街よりだいぶ発展しているようなので、おそらく東京あたりだろう、と検討をつける。




 それならば、私はなんで東京なんかに?


 電車を使えば一時間弱で行ける距離ではあるが、用があった覚えはない。


 どうやって来たのかも覚えていない。




 いや――ここに来る前、自分が何をしていたかすら覚えていない。





 ピッポー……ピッピポー……ピッポー……





 と、信号の音が通りに響いた。


 立ち並んだ建造物に幾度となくぶつかって反響し、私の耳に到達した。


 その音は、不思議と私の思考を阻害した。




 数メートル先を見やる。


 そこでは、歩行者用の信号が青を示している。




 信号――交差点?




 ピッポー……ピ、ピ、ピ、ピー……。




 機械の鳥は規則的に鳴き、数秒の後に黙った。


 通りに静寂が戻ったとき、私はこの奇妙な感覚の理由に至った。


 そして、脳が揺さぶられるほどに激しい衝撃が私を貫いた。




 そのとき初めて、自分がおかれている状況を理解したのだった。






 この街には、人がいない。






 スクランブル式の交差点は、人も車も一切横切ることなく、信号はただ機械音を鳴らして青い光を示し、やがて点滅して赤くなった。


 数秒して、再び青に戻る。やがて赤くなる。


 それだけが、ここで繰り返されている。


 街の灯りはあれど、そこに人は住んでいない、働いていない、存在していない。




 脚を固めたまま、首だけで見回す。


 飲食店の中にも、電気屋の中にも、ゲームセンターの中にも、動く影は何一つない。


 


 だが、この光景、いや、似たような光景に私は見覚えがある気がした。


 


 人の一人もいない、生活感のない、無機質な街。


 現実のコピーであるかのようなそれ。


 呼吸が浅くなる。心臓が早鐘を打ち、全身から血の気が引いて体温が下がる。


 


 脳内は、ある一つの単語で占領されていた。


 


 まるで。私がいるこの場所は、まるで――

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