03. ルーシェリア・フローラ・ロアン
ルーシェリアとマティスの関係に転機が訪れたのは、ルレイヤとルーシェリアが後1年で学園を卒業するという頃だ。
既に花嫁修業として週末にはルフェーヴル邸に通うルーシェリアは侯爵夫妻にも可愛がられており、卒業を待って婚姻することで話は進んでいる。
未だに婚約者を見つけないでいる両親にも、ルレイヤが嫁がないと自分の婚約者が嫌がりそうだと自身も嫌悪の眼差しを向ける兄にも、時折婚約者がなぜ見つからないのかと聞いてくるマティスにも辟易しながら過ごす日々。
この頃にはどこかで勤めることを視野に入れて、教師と相談しながら親に言うタイミングを窺っていた。
ルレイヤ以外は慌ただしくも楽しい一年になるはずだった。
そんな年に病が流行ったのだ。罹患したのは庶民がほとんどだったが、折り悪く孤児院への慰問活動をしていたルーシェリアが感染してしまう。
医者にも診てもらって高い薬を飲んでも治ることなく、ベッドで過ごす時間ばかりが増えていく。
やつれていくルーシェリアを家族は大切にした。
父親は珍しい食べ物が手に入るとルーシェリアにだけ食べさせるよう言い付け、母は日がな傍を離れずに家族の夕食に姿を見せなくなった。兄は仕事の合間には高名な医学書を取り寄せては、読んでから投げ出すことの繰り返し。
ルレイヤも読みやすい本を買ってきたり、一口で食べられる砂糖菓子や、マティスに手紙を書くための美しい便箋、美しい発色のインクを買ってきたりした。
それくらいしかルレイヤにできることはないのだから。
それなのに物を買ってくるだけなんて義務感でしかやっていないのだと、双子なのに薄情ではないかと言われるようになった。
今までは誰もルレイヤがいなくても気にしないから学校の図書館で勉強して帰っていたが、外に出られないルーシェリアが可哀そうだから家にすぐ帰るように言い付けられるようにもなった。
誰もがこの一年、吹きすさぶ嵐のような感情を身に抱えて生活し、それをルレイヤにぶつけた。
「ルルが肉を食べられなくなったから、今日から料理のメニューには肉を入れないことにした。
一人だけ食べられないのは悲しいだろうからね」
「ルルが薬を苦いと嫌がるから、先に飲んでみせてあげなさい」
「卒業パーティーのドレス?今我が家はそれどころじゃないのだから、当然不参加に決まっているだろう。
どうしてこんな薄情な娘に育ったんだ」
「部屋に置いてあった本?あの子が読みたがっていたから与えたが。
人様から借りたのならお前が謝っておきなさい。なに、あの子の状況を知っていれば、誰だって許してくれる」
「妹は二人いるのにどうして」
ルーシェリア。ルーシェリア。ルーシェリア。
ルレイヤの料理は魚と野菜ばかりになった。
果物はルーシェリアのためだから食べてはいけない。
苦い薬の副作用なんて考えることもなく飲まされる。
卒業パーティーだって教師から確認するよう言われたから、仕方なく聞いただけ。
ルレイヤからなら奪っていいと思われるなら、もう友人から物を借りることはできない。
病は私がなればよかったのか。
ルーシェリアの体調が少しずつ悪くなっていく中、マティスは病気がうつるリスクを気にせず通い続けた。一度婚約解消の話が出たらしいが、ルーシェリアのために思い出を作ってあげたいと解消しない方向に押し切ったらしい。
彼らが部屋でどんな話をしていたのかは詳しく知らない。
二人きりの密室にならないように僅かに開いた扉からは、いつも明るい笑い声が聞こえてきていた。部屋でのささやかな逢瀬を繰り返し、一日一日を大事にしていたのだと思う。
だからルーシェリアは最後まで笑顔であったし、家族と婚約者に見守られて穏やかに亡くなった。
家族なのだから悲しい気持ちが胸を満たしていく。
それでも肩を震わせる父を、泣き崩れる母を、俯いた兄をどこか醒めた目で見ている自身がいることをルレイヤは自覚している。
意外だったのは婚約を解消することなく通い詰めていたマティスが、困ったように眉を下げていただけだったことぐらい。
ルレイヤと目が合った彼は、困ったような表情のままに唇を少しだけ上げて笑みを作る。
あれほど仲の良かったルーシェリアが亡くなったのに、なぜ彼は笑っているのか。
唐突過ぎて実感が湧かないのだろうかと思っていた。
ルーシェリアの葬儀から一か月後、ルフェーヴル侯爵家からルレイヤに婚約の申し込みがあるまでは。