02. ルーシェリア・フローラ・ロアン
ルレイヤとルーシェリアは双子の姉妹だった。
姉のルレイヤと妹のルーシェリア。
彼女たちの名前は他国から嫁いできた母の国に語り継がれる、精霊の名前にあやかっている。
生まれたときから然程泣かず、静かな姉には厳冬の夜を告げる精霊であるルレイヤの名前を。元気に泣いて乳母達を困らせた妹には、春の朝を告げる精霊であるルーシェリアの名前を。
名前は体を現したのか、持って生まれた性質に名前が合っただけなのか。
内向的で物静かなルレイヤと対照的に、明るく溌溂としたルーシェリア。
成長した二人に共通したのは外見だけだ。その外見すらも二人が持つ雰囲気のせいで、似ているはずなのに誰もが判別できるくらいに何かが違っている。
どちらも美人だと言ってもらえるが、誰もがルーシェリアへと目を奪われた。
親戚が訪れれば、従兄弟達は率先してルーシェリアと庭を散策して回り、食事で同席したときと別れ際の挨拶のときにだけルレイヤのことを思い出すくらい。
両親はさすがに存在を忘れる程ではなかったが、それでもルレイヤのお土産だけ忘れたり、時には誕生日プレゼントを忘れたりした。双子のルーシェリアのプレゼントは忘れないにも関わらず、だ。
部屋で本ばかり読んでいるから忘れられても仕方ないのよと言われた時には、さすがにまだ幼いルレイヤも思わず涙を溢し、祖父母やルーシェリアから抗議を受けた両親は素直に謝罪をしてくれた。
バツの悪い思いでいた両親は、忘れるのには他に原因があるのではないかと、ルーシェリアに魅了といった異能や魔術が備わっていないか確認したが、当然の結果として何もなかった。
やはり単に忘れただけだと安心したルレイヤ達の両親は、これ以降も度々忘れることになるのだが、その頃には祖父母が領地から出ることもなくなり、ルレイヤも何も言わなくなっていたので益々気にしなくなっていった。
遅れて渡される誕生日プレゼントはルーシェリアと色違いの物であり、お詫びの言葉が書き連ねられていることから、悪気がなかったのだと受け取ることにしている。
少し忘れられただけ。
口にした言葉は全部悪気などないし、ちょっと気になる程度のもの。
自分の欲しかった物など何も聞かれたことないが、贈られた物には厚意が大事なのだから。
いつだってルーシェリアとお揃いだけど、それは双子だから。
全部ささやかで少しだけ引っ掛かる気持ちは、そっと蓋を押さえれば何もなかったことになる。
咎める程のことではないのだ。
大人になれば、きっとたいしたことないのだと両親のように流せるはず。
もう、全部気にしないほうがいいのだ。
だから両親が妹のルーシェリアだけ婚約者の話をまとめてきたときにも、妹に一生懸命なあまりにルレイヤの結婚のことを考えていなかったことも全部どうでもよくなっていた。どうでもよいと思い込もうとした。
ルーシェリアはルレイヤが可哀そうだと怒ってくれてはいたが、ルーシェリアが優しい子に育ってよかったと両親と兄が喜び、話題がすり替わったルレイヤは離れて家族の団欒を見守るだけ。
まるで赤の他人のように。
自分は異質なのだ。
春の日差しのように陽気さを持つ、あの家族の輪の中に上手く溶け込めない。
何が悪かったのかわからない。
静かに本ばかり読んでなどおらずに外へと出ていれば良かったのか。それとも家族がルレイヤのことを忘れる度に怒って、家の空気を悪くすればよかったのか。
けれど、そんなことをしたらルレイヤ自身が自分を否定しているようで、可哀そうな自分を認めたようで辛い。
貴族令嬢だから小さい頃から勉強してルーシェリアよりも成績はいいと家庭教師に言ってもらっていたし、行儀作法だってルーシェリアよりも先に身に付けた。
年に一度は領地に帰って祖父母と一緒に過ごしているし、領地の視察にだってついていく。
ルーシェリアのように、他の家族のように社交的ではないというだけで、どうしてここまで違うのか。
家族にはルーシェリアの婚約がまとまったら次に探すからと謝られ、兄からはルレイヤも美人だったら友人に紹介できるのにと残念そうに言われ、ぐっと手を握り締めた。
きっと彼の中でルレイヤとルーシェリアが双子だったことすらも抜け落ちているに違いない。
彼らは悪気などないのだ。父も、母も、兄も。
いつだって家族の中心にいるルーシェリアの婚約相手は、破格の相手である侯爵家だった。
一体どんな縁で見つけてきたのか、伯爵家へと婚約を持ち込んだのはマティス・ルフェーヴル侯爵令息。
次期当主となる一人息子だ。
既に学園は卒業していることから、ルレイヤとルーシェリアが通う王都の学園で会ったことなどはない。婚約の話が上がった時にはデビュタントもまだ。
聞けば、卒業してすぐにとある手続きで学園に向かった際に、中庭を歩いている姿を見かけたというものだった。
さすがルーシェリアだと両親は満足そうに話した後、ルレイヤには妹を見習うようにと言ったのだって聞こえないふりをした。
真正面から受け止めたら、また傷ついてしまうから。
ルーシェリアとマティスの仲は良好だった。
婚約者同士のお茶会に一度だけ同席したことがあるが、太陽の輝きの下で浮かべた妹の笑顔は幸福そのもので。
マティスはルーシェリアを歌劇や室内管楽等に誘い、美術鑑賞へと連れて行き、デビュタントの時にはドレスと自分の色の装飾品を贈っている。
ルレイヤのドレスは叔母のお下がりで、装飾品は祖母が若い頃に使った小さなパールのネックレスだけだった。
だからデビュタントにもいい思い出なんかない。
美しく着飾られて婚約者に伴われた妹と、義務的に兄のエスコートで入場した古いドレスを着た姉。
貴族は察する生物だ。
すぐに姉妹での格差に気づき、妹が溺愛されているのだと判断する。
そこに浮かぶ感情が同情か嘲りかの違いだが、誰もがルレイヤに余所余所しくなり、原因が自分達だと気づかずに家族はルレイヤが内向的だから距離を取られるのだと溜め息をつく。
どうして責められなければならないのかと思いながら、そっと目を逸らした先で、マティスとルーシェリアが二曲目のダンスを踊り始めていた。