後日談03:ハルガリアン・レミール・ロアン(後編)
ルレイヤの愛称。
なんだ、そんな簡単なこと。そう思った瞬間にハルガリアンの動きが止まる。
ハルガリアンを見る男の目がどこか薄ら寒い。
「家族であった彼女の愛称がお答えになれませんか?」
「いえ、そんなことは」
言葉を探しながら両親を見たが、誰もが口に出すことはない。
ないわけがない。
何かあるはずなのだ。最近呼ばなかっただけで、幼い頃に、何か。
けれどハルガリアンがどれだけ記憶を遡っても、自分がルレイヤを愛称で呼んだ記憶など出てこない。
では家族の誰かが、産んだ母親ならばどうだろうかと思い出そうとしても、誰もがルレイヤとしか呼んでいなかった記憶しかないのだ。
「時間の無駄だし次の質問にいくね」
女は答えが来ないことを予想できていたのか、立てている指を一本追加する。
「第二問。ルルって愛称は誰のもの?」
大きく声を吞む音がした。もしかしたら自分が出した音なのかもしれない。
こちらを見る男の顔も女と同じく、もう笑っていない。
あの夜会での会話を聞かれていたのか。それともルレイヤに何か言われたのか。
夜会ではルフェーヴル侯爵令息の言い間違いに合わせただけだと言うべきか、なぜそんな質問をしてくるのかと惚けるほうがいいのか。
「ああ、そうでした。ルルがルレイヤの愛称でして」
父が殊更明るい声で答えるのに、使者は鷹揚に頷く。
「そうですか」
そうしてから隣の女を少しだけ見た。
「ところで王太子妃殿下が学園に通っていた頃、王太子殿下が心配されて、隣の彼女を学園に通わせていたのですよね。
こう見えて貴族の血を引くやんごとなきご令嬢ですから」
背筋を嫌な汗が伝い落ちる。
あの娼婦然とした女が貴族であろうとなかろうとどうでもいい。
これは間違えたのかもしれない。
「彼女の記憶する限り、ルルと呼ばれていたロアン伯爵家のご令嬢は、ルーシェリア嬢であったはずですが?」
あ、と隣から零れたのは父の言葉か。
たかだか若者が二人だけだと軽い気持ちでいたのが失敗した。
どうする。どうすればいい。
答えのでない問答を胸中でぐるぐると回しながら、ハルガリアンも言葉がないままに使者をただ見つめ返す。
二転三転する会話に父もハルガリアンもついていけずに、対応もお粗末になりつつある。
いや、既に裏を取っているだろう内容の確認でしかないことに気づいて、何も言うことができないのだ。
雄弁に語るほどに不利となる。
状況についていけずにとうとう動きの止まった女中を部屋から下げ、家令が淹れてくれたお茶に砂糖とミルクをたっぷり混ぜ込んだ女が一口飲んで、「あ、こっちの方が美味しい」と感嘆の声を上げて家令を褒めたたえた後に、ただただ蒼褪めるだけのロアン家の面々を見た。
「話は変わるけれど、ロアン伯爵夫人はここより北のスレイプニルス国の出身だったっけ?」
「だから何だと言うのです。
その下賤な話し方で、私に話しかけないでもらえないかしら」
まさかの矛先に母の肩が少し跳ねたものの、毅然とした態度で女へと臨む。
「別に私も事細かな説明なんて面倒でしかないんだけど、これも王太子殿下からの命令だから。
率直に言うんだけど、スレイプニルスの、特に寒冷な地にある風土病って知ってる?あ、風土病って意味わかる?
一部の土地で特有の自然条件で発生する病気ね」
言われなくても知っています、とピシャリと返した母は思案する様子を見せ、少し顔色を悪くし、それから真っ赤になって怒り始めた。
「貴女、一体どういうつもり!私がそうだと言いたいの!?」
扇を手に握りしめて目の前の女を睨みつけるが、当の本人も隣の男も気にした様子はない。
ただ、後ろに控える近衛騎士が僅かに前へと動いた。
これは不味いことになりそうだと、ハルガリアンと父は宥めようと手を伸ばすが、母が一体何に対して怒っているのかが見当もつかない。
風土病という名前は聞いたことがある。
女の言う通り、限られた場所で起きる病気のはずだが、どういった症状があるのかまでは把握していない。
しかし母の体調が慢性的に悪かったという事は一切なく、むしろ陰気臭そうなルレイヤの方が病だと言われた方が信じるだろう。
一体この女は何が言いたくて、何が母をこうまで怒らせたのか。
「やっだ、こわーい!
そんなに怒ると皺が増えるから止めときなよ」
ケラケラと笑う女の態度が母を煽っているのは一目瞭然だ。
ブルブルと震える母の腕を掴んで離すまいと力を込める。ここで母が王太子からの使者に何かしようものなら、不敬罪で処罰されるのはこちら側だ。
「知ってるか知らないかはどうでもいいけど、王太子妃殿下の公務には慈善活動が含まれるわけで。
大抵は孤児院や救護院の訪問。大体は民への救済に充てられる。
国母って名前の通りにね」
音もなく置かれたカップに注がれる追加のお茶。
視界の端で家令がお湯と茶葉の追加、そして新しい菓子を指示しているのが見えた。
「王太子妃殿下が現在取り組んでいるのは、我が国で急激に変化していく寒暖差の影響だよ。
ここ近年が特に酷いけど、季節による寒暖による顕著な差は20年ほど前から起きている。
これが大陸全体での環境変化なのか、それとも我らが創造神の心のあるままになのかは知らないけど、これから先も悪化していくというなら王家としては対策しないといけないからね。
王太子殿下が全体的な対策案を、王太子妃殿下が対策に向けての資料の取り纏めや、類似環境で起きていることの調査を担ってるわけ。
王太子妃殿下は先見の明ってやつがばっちりでね、この話が出る前から寒冷地の風土病の研究をされていたんだ」
確かに寒暖差がはっきりしてきたという話は聞いたことがある。
親戚との集まりでだろうか、祖父が昔はここまで酷くはなかったのだと語っていたのを耳にしたはず。
ただ、てっきりそういうものだと思っていたのだが、王家はそうではなかったらしい。
母の出身地であるスレイプニルスは寒冷地にあり、国の形が縦長なことから北の方は酷く冷えると聞いていた。
けれど、風土病があったかどうかの話は記憶にはない。
母は知らなかったのか、それとも。
「その、スレイプニルスの風土病とは?」
おずおずと問いかける父に、隠しもしない呆れを多分に含んだ視線が向けられた。
「知らないんだ。相手のことも調べずに、よくもまあ婚姻したことで。
簡単に言うと、スレイプニルスの特にクソ寒い場所限定で起きる病気で、感染症ではなく精神疾患、いわゆる心の病気ってやつだね。
気温による作物の種類が狭まるせいで偏ってしまう食事内容と、閉塞感による精神状態の変調が原因じゃないかって王太子妃殿下は分析している。
症状としては、生活圏内にいる一人を対象に定めて攻撃的になることか。
いわゆるストレス発散の対象を一人に絞って、鬱屈した気分を解消させるのさ」
「では違うのでは。
母は人に手出しをするような人ではない」
貴族夫人らしく淑女然とした母が怒る姿を見たのは、今この瞬間だけであり、それは女が余りにも無礼だったからだ。
粗相をした女中にも窘める程度で、あのルレイヤにすら躾だと鞭打つことすらしなかった。
「別に攻撃手段は殴る蹴るの暴行を加えるだけではありません。
相手を孤立させて精神的に追い詰めるのも一つの手段となるでしょう。
その人物だけ不遇に追い込む。愛情を与えず、見向きもせず、無視をする。
言葉や態度で貶め、人として認めないこともまた、攻撃的になる症状の一つです」
ひたすらお茶を飲み、遠慮なく菓子へと手を伸ばす女と違い、男は逆に一切の手をつけない。
まるで毒でも入れられているかのような対応で、これはこれで苛々とさせられる。
「王太子妃殿下はロアン家の方々に、その症状があるのではと考えておいでです」
「そんな!我が家でそのようなことなど!」
「では、ルレイヤ嬢に対しての態度は?
ロアン伯爵令息と亡くなられた方の令嬢は春の朝や夏の昼といった明るい印象を与える名前にし、ルレイヤ嬢だけ冬の、それも夜の名前を付けられた理由は?
家族の一員なのに愛称すらなく、双子の妹との態度に差をつけ、ルーシェリア嬢の愛称を呼ぶ男へとわざわざ嫁がせ、あまつさえ証拠もない捏造の不貞で断罪する。
ルレイヤ嬢が不貞を働く暇がどこにありましたでしょう。家の中には家族も使用人もいるので隠れて会うことなど不可能でしょうし、彼女が一人でルフェーヴル侯爵家に行こうものなら家令から当主に報告が入るはずです。
そもそもロアン家の方々はルレイヤ嬢の予定を把握されていましたか?
彼女の日々の大半は学園の図書室か、週末は王立の図書館での勉強に割り当てられていますよ」
「それはルレイヤの出来が悪いから!」
「話をすり替えないで頂けませんか。
私が話しているのはルレイヤ嬢の成績についてではなく、皆様の言う不貞などどこにも無かったということです」
どこまでも無感情に均された語り口で返す男は、普段の生活はこちらで確認していたので間違いないのだと説明してくるのが、何処か気持ちが悪かった。
いつから、どこまで王家の監視が入っていたのか。気づかない間にされていたことに薄ら寒い感情が湧き上がってくる。
「それから横道に逸れそうな話題についても言及しておきますと、何度となくルレイヤ嬢の出来が悪いと口にされていますが、学園での成績は常に上位10位に入られていたことをご存知ですか?
ちなみにルーシェリア嬢は課題の提出などを一切しなかったことから成績は悪く、下の下といったところでしょうか」
ちらり、とハルガリアンを横目に見る
「それはロアン伯爵令息も同じでしたので、ルレイヤ嬢が格別に優秀だったということですね」
そんなことまで調べられているのか。
羞恥で思わず下を向く。
確かにハルガリアンの成績は良くなかった。
けれど、それは学園で友人を多く作るためであり、縁こそ社交する上での強みであると知っているからだ。
成績では測れないものがあるのだとハルガリアンが理解しているからこそ。
それに領地経営の勉強はしていたし、出仕する予定も無かったから学校の成績は気にもしなかっただけである。
使者たちはハルガリアンを気にすることなく言葉を続ける。
「ここまで話しても察することが無いから言っておくけど、なんで生家のほうに除籍の話を持ってきたか考えた?」
言われてハッとする。
ルレイヤは嫁いでいるのだから、この手続きは本来ルフェーヴル侯爵家で行われるもの。
「マティス・ルフェーヴル侯爵令息とルレイヤ・ノクターナ嬢の婚姻は無効とされました。
既に互いの署名がされた書類は手続きが完了しております」
淡々と突きつけられた事実に眩暈を覚える。
王家がルレイヤの婚姻を無効にするために手続きを整え、そして今度はロアン家から外れるために手を回している。
これはルレイヤが無礼を働いたとかの話ではない。
ルレイヤに対して加害者だと思われる人間を排除するためのものだ。
「お、顔色が悪くなって、さては気づいた?
王太子妃殿下がルレイヤ嬢を除籍にするよう言ったのはロアン家の為じゃないから。
ルレイヤ嬢がここに帰らなくて済むようにしただけなんだよね」
「で、では、ルレイヤは?」
父が尋ねるも、男は答えることなく次の書類を手にしていた。
あの薄っぺらな封筒に、後どれだけの紙が入っているのか。
凝視するハルガリアンに気がついたのか、女が近衛騎士に守るよう言って封筒を渡し、近衛騎士も仰々しく手にした封筒を持ったまま彼らの近くに立った。
「王太子妃殿下は慈悲深きお方です。
ルレイヤ嬢にした仕打ちについては病気だからとし、一度だけはロアン家を許すとされています」
ただし、と男が続ける。
「病が完治したと判断できるまで、当主と子息、夫人につきましては、専門医に診てもらえるよう手配したので、療養のために領地の管理は他に任せて国を出られるのがよかろうとのことです」
は、と短い言葉が漏れる。
目の前の男は何と言った?
領地を手放してと?誇り高きロアン家が国を出るなどと?
「ふざけるな!それではまるで国外追放ではないか!」
ハルガリアンが怒りのあまりに立ち上がっても、向かいに座る二人は涼しい顔のまま。
代わりに後ろにいた近衛騎士が横に回り、剣へと手をかけている。
ハルガリアンが何かしようものなら容赦なく剣で切り捨てる気だろう。
だからと言って王家の無体を見過ごせば、ロアン家の栄光は奪われてしまうのだ。
「簡単に言うがロアン家の親戚は多くあれど、直系になるのは我が家のみ!
他に任せるというのは、即ち、王家は簒奪を容認することではないか!」
怒りのままに糾弾したハルガリアンが肩で息をする。
それを驚きもせずに見ている二人だったが、少しばかりの沈黙の後に爆弾を落とした。
「いらっしゃいますよ。
ロアン家直系の血を継ぐご令嬢が」
男が父を見る。
その目には何の感情も宿さず、それゆえ罪を暴き立てることに躊躇いがないのだと教えてくれる。
「当主様にはご夫人が嫁ぐ前に婚約されていたご令嬢がいらっしゃいましたね。
その方とは婚約解消が決まっていたにも関わらず、話が伝わる前に間もなく結婚するのだからと半ば無理やりに手籠めにされたとか」
あなた、と母が金切り声と共に立ち上がった。
「やっぱりあの女と!私と結婚する前には何も無かったと言ったくせに!
あの女とは問題無く婚約を解消して、私だけだと言ったのはどの口ですか!」
扇を何度も父に叩きつけ、髪を振り乱して叫ぶ母を呆然と見る。
振り回した扇がハルガリアンにも当たった衝撃でよろけ、ソファから落ちる。
床に尻もちをついて見える光景の中で、護衛騎士の一人と家令に抑え込まれた母がそのまま下男達に引き渡されて、部屋に戻して出さないように言い付けられているのだけが確認できた。
同時に母の一面しか知らなかったことも理解する。
当たり所が悪かったのか、額に薄らと血を滲ませた父がいたが、今はそれよりもロアン家の血を引く人間がもう一人いたことの方が気になってくる。
もはや口を開くことさえ恐れ始めた父に代わり、ハルガリアンが意を決して尋ねれば、娼婦が満面の笑顔で答えた。
「私、母によく似ているって言われるんだけど、よくもまあ気づかずにいれるなって感じよ」
女が立ち上がると先程までの娼婦といった空気が霧散し、淑女らしい雰囲気とともに美しいカーテシーを披露する。
「モレ子爵家の縁者、エリーズ・モレですわ。
かつて卑劣な元婚約者に手籠めにされたせいで修道院に行くも妊娠が発覚し、領地で隠れるように過ごしている母、ダフネ・モレの娘でございます」
「証拠を出せと言われそうですので、ロアン伯爵様の子である証明も取っております」
あの封筒から更に書類が出てくる。
簡素な一枚の紙には、血縁関係証明書という形式的な文言が大きく書かれている。
この国では魔力の型式が血の繋がりに大きく結びつく。
何かの折に計測された父の型式が、そのまま鑑定に回されたということか。
受け取った父は血走った眼で文言へと視線を走らせ、汗を滴らせながら小さく呻き声を上げた。
「これは、」
「私、実際の年齢よりも若く見られるのよ。その逆も勿論。
ほら、書かれている年齢もピッタリでしょう?」
使者がこちらに見せたのは王命と書かれた当主交代の書類だ。
当主の署名など不要な強い強制力を持つ一枚の紙は、通常は罪を犯した貴族に使われるもので、王太子妃の許しなど実は無いことが如実に語られている。
一体どこから間違っていたのか。
「安心して。私が当主になっても、ちゃんと治療費ぐらいは支払ってあげる」
娼婦で淑女な異母姉は満面の笑みのまま、目だけは笑わずにロアンの男二人を見る。
「ああ、でも帰ってこなくて結構よ。私がロアン家を恙無く回してあげるから。
結婚するから子どもが生まれるかもしれないし、子どもが生まれなくても親戚から養子を貰えばいいだけだもの」
そうして新しい当主は餞別の言葉を二人に投げ捨てた。
「話の間に旅支度は整えてもらったから、今すぐ出て行ってちょうだい。
三人とも、お達者で」
馬車の旅はそこまで優雅ではなかった。
荷物と一緒に詰め込まれ、二台の馬車に分かれて目的地へと進む旅。
決定的な亀裂によって劇的に変化した夫婦仲を見ないで済むよう、荷物の多い馬車の隙間に体を潜り込ませ、ハルガリアンは変わらぬ田園の景色を眺めながら何度目かの溜息をつく。
あれ以来母はヒステリー気味で、父の行動を切っ掛けに金切り声を上げて罵るようになった。
そんな母に愛想を尽かしたのか、今では二人仲良く罵詈雑言を投げ合っている。
これが病気で、本当に治療なんかで治るのか。
治るにしても両親の不仲は戻ることもないだろうし、完治と判断されるのに何年かかるのか。
未だハルガリアンには何が悪かったのか自覚ができていない。両親もそうだろう。
ルレイヤが家族の中で異質だったのは間違いないのだし、どこまでいっても相容れる術はなかった。
けれど、同時に他人から見た自分達もまた、異質であったのだという自覚はできた。
恐らく時間をかけて、周囲との違いを認めて擦り合わせしていくしかないのだろう。
荷物も多いことから安全を重視した旅路をのんびりとしたペースで辿っていく中で、ハルガリアンと婚約者が婚約解消されたことが手紙で届けられた。
彼女は既に適齢期だったのにと申し訳ない気持ちとなる。
このタイミングで婚約解消すると、彼女に残された選択肢は高齢な貴族の後妻になるか、貴族ではない裕福な平民に嫁ぐかしかない。
せめて謝罪の手紙を渡してもらえないだろうかと頼めば、新しいロアン家の入り婿候補は当主の判断次第だとしながら、手紙の用意をしてくれていた。
初めて会った時には無表情か薄い笑みしか見せなかったものだから、心も鋼で出来ているに違いないと思っていたが、存外機微に聡い人物かもしれない。
感謝しつつも嫌がらせに時間をかけて手紙を書いてやれば、仕返しなのか両親を散々に煽って帰っていった。前言撤回だ。
あれからルレイヤがどうしているのかも聞いていない。
多分幸せなはずだ。だからハルガリアン達は教えてもらえないだけ。
聞いたらきっと全てをルレイヤのせいにして恨んでしまうから。
いつか治療が終わった時、ルレイヤに会いたいと、謝りたいと思うのだろうか。
そしてルレイヤは許してくれるのだろうか。
今まで見もしなかった相手のことなどわからないが、全てを病のせいにして許してくれというのは虫のいい話かもしれない。
自分ならば許せるのかと問いかけて、答えが出る前に意識を長閑な風景へと戻す。
向かう先は南。
暖かな気候の下で果物と野菜が主となる食事に切り替え、日光を浴びて散歩をしたり、ピクニックをしたりするらしい。
まるで避暑地で過ごすようだが、ハルガリアンの国では春と夏が短いため、ピクニックは年間を通して何度も楽しめる行楽ではなかった。
まだ治療は始まっていない。
これからゆっくり答えを出していけばいいと、手近な荷物から本を引っ張り出して、年若い少女の好む栞の挟まったままになっている頁を開いた。
ドナドナ完了。
前編後編通じて、ひたすら頷くばかりの登場人物達。