人間は案外戦える
聖戦の一匹目を仕留めたのはニュールと東サイルヒレン地区の農民兵であった。
その様子を見ていた周りの農民兵も、そのやり方を真似て魔物を釣りだしては一斉に叩きのめしていく。
「おおおおおお‼俺達にもやれるぞ‼」
魔物は人間を発見すると真っ直ぐに突っ込んでくる。
まだ壁の外だから、そこで一旦停止をする。
だから、今のところは楽勝だった。
「あ、光が動き出した。」
つまり後ろにいる術者が移動を始めたサインである。
その辺りの説明は日が昇っている時に行われた。
そして、最も大きな月であるオミニスの光が一番遠くまで照らしている。
だから、農民兵の大半はその光を頼りに前進する。
一応、術者に連絡する係もいるが、まだ始まったばかり。
オミニスを含む術者はゆっくりと歩いて行く。
ただ、聖女様の月光は余りにも明るくて、半径が1kmも照らされる。
だから、暗黒部分の見える範囲が急速に拡大していく。
「うげ……。こんなにもいる。」
ゲインが壁を通るか通らないか、戸惑いながらそう言った。
そんな中、小石を拾いながら、灰色の髪の青年が平然と一歩前に踏み出た。
「もしかして俺、一番乗り⁉」
「お前……。一番槍ならまだしも、それって全然自慢じゃないし。」
「ほんとだよ。そんなことで威張んなし!」
ニュールが持っている一番大きな武器は、とにかく前向きなところだ。
全人類の中で最も無能、だがとても前向きで超楽観主義者。
どうしてそんなに前向きになれるのか、実は皆が首を傾げている。
「えー。いいじゃん。俺、仕事してるし!」
そして周囲の人間、つまり東サイルヒレン地区の農民兵が壁に入ったところで、彼は別の魔物、今度は犬かオオカミのような何かに石を投げた。
「いいって!まだ、仕事すんなし!」
既に漆黒の壁を通過しているので、魔物は足を止めない。
だが、それでも長槍の集団暴力によって、呆気なく潰れた。
「皆、凄いじゃん!訓練された兵士みたい‼」
前を行く、調子に乗る青年に背中を押され、皆も活気づいて来る。
「当たり前だって。ちゃんと訓練してたんだから‼」
「あ、そか。さっきの話だとほとんど一年前に決まってたんだっけ。」
彼が引き篭った直後に決まった話だった。
だから、右も左も分からなかったのかもしれない。
「そういうことだ。だから、俺達は……、って!投げんなし‼」
「え、ゴメン。みんなのこと、カッコよいなって思って。正直、羨ましい。」
彼は知っている。
皆が戦えるのではなく、自分が戦えないのだと。
だから、本当にみんなのことがカッコよくて堪らなかった。
「お前の為にやってんじゃないからな。」
「そうだ。俺たちは俺たちの家族の為にやってんだよ‼」
ニュールが石を投げ、彼らが滅する。そしたらニュールが彼らを誉めて、また石を投げる。
これを何度か繰り返せば、魔物の行動パターンが分かってくる。
「ニュール。マジで今は待った。これ、教本通りじゃん。おい、みんな。こいつらマジでワンパターンだ。」
地区の誰かがそう言った。
ニュールの遠い記憶だと、ジャンという名前の男。
「確かにな。俺達やれるんじゃね?」
続いてゲインも確信を持った。
ニュールは勿論知らなかったが、実は意外とやれる、が正解なのだ。
月女神の威光の下で農民兵は彼らと渡り合える。
勿論、ちゃんと列を組んで長槍で戦えばの話だ。
負け続けた人類は、ちゃんと戦い方を後世に残していたのだ。
おかしいことを言ってるか、いや言っていない。
何度も出ている月の女神ルネシスの加護。これが無ければ彼らは絶対に勝てない。
そして、それが故に負け続けた。
つまり、月力が勝敗を左右していた、という話。
◇
聖女は両手を掲げながら歩いていた。
彼女は漸く壁と呼ばれる界面を通過したばかり。
「オミニスちゃん。無理は禁物だからね!」
橙髪の美女リリンシアが聖女に声を掛ける。
ただ、昼間の苛立ちを引き摺る彼女は、その声掛けに無視を決め込む。
「聖女様、周囲は私共にお任せください。」
「けっ。王子様が居なくても、俺だけで守ってやらぁ。」
どんなに周りが盛り上げようとしても、彼女は無視を続けていく。
成程、これが貴族というものか、なんて考えたりもする。
「領地を持たず、領民も持たず、爵位のみの存在。こういうことだから生き残れるのね。」
そんなニヒリズムに浸りながら、ただ歩く。
勿論、月の光を絶やさないようにしながら。
「家族……であれば、また違う感じだったのかな」
これは自分で選択した道、そう言われたことがある。
偉大なる父、聖騎士ネビラス・ユグドラシル。
偉大なる母、大賢者アルケネ・ユグドラシル。
二人も若き日に似たようなことをしたと聞いた。
その時はただの調査団で、聖戦のような大規模なものではなかったらしいが。
今、彼女の父と母は別動隊として、北側を動いている。
母が月を打ち上げて、父が母を守っている。
二人が調査団に居た時も同じ役割だったらしい。
貴族の社交場で出会い、そして愛し合い、支え合いながら共に戦った。
「その愛の結晶が私?……笑わせないでよ。」
「オミニス様、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。この程度で私が疲れるはずないじゃない。」
以前、貴族とは何かと聞いたことがある。
そして、月力の重要性を聞かされた。
確かに、このような戦い方をするのであれば、貴族とは貴い存在であろう。
確かに、このような戦い方しかできないのだから、貴族とは特別な存在だろう。
でも、以前に父に言われた。
母に怒鳴られた。
その時言われたのが、過去の偉人は自分よりも遥かに強い月力を持っていたという話だ。
「その者は最後まで月を作り続けたのでしょうね……」
ずっと自分の世界に浸っている。
周りが護衛してくれるから?
周りの優秀な貴族の子らが活躍しているから?
そんなことはない。
彼らは何もしていない。
この辺りの魔物は既に農民兵によって駆逐されている。
「この月女神の威光の力が弱まれば、端に居る誰かが暗闇に飲み込まれる。」
「まだ、あの平民を気にしているのですか?」
「ちょっと飛ばしすぎじゃないの?半径1kmも必要ないんじゃない?少し力を抜いてみては?」
過去の偉人が残した記録によれば、一定区域に黒曜柱という柱が立っているらしい。
それを破壊すれば、その区域の夜帳が破られる。
そして長年の調査の結果、おおよその位置は特定されている。
ただ、そのおおよその半径が30kmもある。
だから、ユーゴとセシリアの言っていることは正しいのかもしれない。
だからこそ、貴族とは何なのかと思ってしまう。
結局、力尽きる少し手前で、多くの民を犠牲にしてしまうのだ。
過去の偉人よりも力が弱いと言われたのは一年前。
今はそれに類するか、それ以上と言われている。
「愛する者であれば、違っていたのでしょうか。」
少なくとも、こんなに苛立ちはしなかっただろう。
ただ、聖女となるべくして生まれ、聖女として教育を受け、聖女として成長をしただけ。
そして、ずっと言われ続けてきた。
『パートナーを見つけなさい』
それは両親が自分を愛していたからの言葉だった。
この苦難を共に乗り越える為のパートナーか、それとも。
月の冠は遺伝すると言われている。
だから、偉大なる父と尊大なる母が自分を産んだ。
——ならば、疑問が残る。
「子を残せば助かる。それならばどうして、……私に類する者がこの時代にはいないのでしょうか。」