いつも書くパターンと色々逆にしてみた
「ウード・エタン・ファブリス伯爵令息!貴方との婚約は破棄させてもらいます!」
「いや、普通に無理だけど」
「え」
貴族の子女や皇族の通う学園でのダンスパーティーの席でニコレット・パスカル・オディル皇女殿下は婚約ウードに婚約破棄を突きつける。が、あっさり拒否される。
「俺と君との婚約は皇帝陛下…君の父君の決めたことだよ。簡単には破棄できない」
「うぐっ」
「なんでまたそんな馬鹿なことを言い出したの」
「それは…」
言い渋るニコレット。ウードを差し置いてニコレットの隣にいた男が代わりに答える。
「それは、私とニコレット殿下が愛し合っているからです」
にっこりと笑って言い切った男。しかしウードは動じなかった。
「それは嘘だよ。だって君の瞳にはニコレットへの愛が宿ってないもの」
ウードの言葉に男は一瞬怯む。
「なんの根拠があってそのような…」
「それに、ニコレットは俺を愛してるからね。もし仮に君がニコレットを愛していたとしても、片思いだよ」
「は、はあ!?わ、私は貴方なんて!」
「いいや、君は俺を愛してる。だって、俺が君を愛しているのだから」
「はうっ」
ニコレットは顔を真っ赤に染める。
「…ところで君。ニコレットの横の。名前は確かフレデリク君。子爵家の四男だったかな?」
ウードの視線に絡みとられたフレデリクは途端に固まり、声も出せない。
「君の家は一体いつからそんなに偉くなったのかな?」
一瞬、びくりと震えたフレデリク。
「伯爵家の出の、ニコレットの婚約者である俺に楯突く子爵家かぁ…ふーん…」
「あ…」
フレデリクの顔色が悪くなる。
「しかも純粋なニコレットを誑かす悪い奴」
「う…」
「だけど」
ウードは微笑んだ。
「子爵家は魔獣の被害に遭って、復興のための借金のせいでお金がないんだってね。…幼い弟や妹たちを守るために、皇配になろうとしてたんだろう?」
「な、なんで…」
「調べたからさ。皇配になって、結納金を貰って家族を大切に守りたかったんだよね。無事皇配になったら復興のための良心的な融資の制度も作って、たくさんの人を助けるつもりだったんだってね」
「あ…」
フレデリクはウードに隠し事はできないと悟った。
「ねえ、融資してあげようか」
「え…?」
「君が作ろうとしていた融資の制度。その条件でお金を貸してあげる。うちの伯爵家もそこまで余裕があるわけじゃないけど、僕のポケットマネーからならなんとか出せるよ。まあ勿論〝融資〟だからいつかは返してもらうけど。君の作るつもりだった融資の制度と同じ条件なら、返せるよね?」
「は、はい…え、で、でも私は…」
ウードはフレデリクの言葉を手で制して止める。
「ニコレットはシャイだから、こういう愛情表現しかできないんだ。困った子猫ちゃんが迷惑を掛けてごめんね。迷惑料だと思って融資を受けてよ」
「…ありがとうございます!ありがとうございます!!!」
こうして婚約破棄騒動は丸く収ま…らない。
「だ、誰が困った子猫ちゃんよ!私は貴方なんて!貴方なんて…」
「隣国の王女に迫られた時のことを根に持ってるの?ニコレット」
「…ぐすん。そうよ、貴方なんて、貴方なんて…」
「…そこで大っ嫌いと言えないところが可愛いね」
「うるさい!」
ニコレットはウードを睨みつける。が、ウードからみれば子猫が毛を逆立てて必死に威嚇している可愛い姿にしか見えない。
「私というものがありながら!」
「あれは騙された俺も悪かった。でも、媚薬を盛られても王女に指一本触れていないのも聞いているだろう?」
「そんなのわかんないじゃない!」
「皇室に仕える隠密は嘘はつけないよ」
「それはそうだけど!」
ニコレットは涙を流した。
「だって、だって私の王配になるってそういうことよ。ハニートラップがいっぱいなのよ。私の方が嫉妬に耐えられない」
「…でも、俺は卑怯なハニートラップにも打ち勝ったよ」
その言葉にニコレットは揺れる。しかしまだぐずる。
「もっと強力な媚薬を盛られても耐えられるの?」
「耐えられなくても、襲う相手はどうでもいい女ではなく…ニコレット、君だけだ」
「はうっ」
「俺のことは心配要らない。絶対ニコレットを裏切らない。だから皇配として君の隣に立ちたい。仲直りしておくれ」
「…ウード」
ニコレットはウードから差し伸べられた手を取る。こうして婚約破棄騒動は結局〝何もなかった〟ことになり終了した。
「ウード様」
「フレデリク、どうしたんだい?」
「おかげさまで領地の復興も完了し、ウード様からの融資もこの度完済致しました。ありがとうございました」
「お安い御用さ。君に恩も売れたし、融資したお金も全額回収出来たしね」
「心から感謝致します」
深々と頭を下げてお礼を言うフレデリクに、ウードは笑う。
「そんなに気にしなくていいのに」
こうしてフレデリクはなんとかウードのおかげで実家を助けることができた。社交界では陰口は言われるが、仕出かしたことがことなので文句は言えない。それどころか、ウードが〝なかったこと〟にしてくれたので表向きは困っていない。本当に感謝しても仕切れない。
「ウード!」
「ニコレット、どうしたんだい?」
そこにニコレットが飛び込んできた。
「あら、フレデリク。この間はごめんなさいね」
「いえ…」
フレデリクは気まずい思いをするが、高貴な生まれのニコレットは気に留める様子もない。
「ウードが敵国の女スパイと一緒に居たって聞いて!」
「声が大きいよ、ニコレット。それに、彼女とは何もないし、その一緒にいた時に得た証言のおかげで彼女を逮捕出来たんだから。ね?」
「わかってるけど…心配で…」
「なるほどね」
ウードはニコレットの頬に突然口付けをした。
「ウード!?」
「僕がこんなことをするのは君だけだよ。どうか信じて」
「…うん」
「愛しているよ、愛しい人」
「はうっ」
こうして二人は、雨降って地固まるという言葉がぴったりなほどに仲直りしていた。