週末地獄巡り
週末、生死の境を彷徨ったので、ついでに地獄を見て来た。
事前登録していたおかげか、約300年分の『賂獄印ボーナス』を配布してもらえたので、俺は割とすんなりSSRの地獄へと堕ちることができた。これが天国だと、アクセス集中しすぎてメン天ナンスが終わらず、入り口まで『何百億人待ち』だと聞く。その点、地獄への道は快適そのものである。自然とVIP待遇を受ける。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ! 地獄へようこそ!」
入り口には地獄の鬼たちがずらりとならび、仏のような顔で新規ユーザーを接待している。
「ただ今『耄碌者100万人キャンペーン中』でして。ええ。是非我が地獄へのチャンネル登録と高評価お願いします」
にこやかな顔で赤鬼にそう言われ、俺は地獄のパンフレットを手渡された。
「『裁かれホーダイ』プランにお申し込みいただくと、毎月格安で地獄全フロアへのフリーパスチケットがご購入できます。ええ」
「そうなの? それってバーコード決済対応してる?」
「ええ、もちろんでございます。しかしお客様、良い時にいらっしゃいました」
赤鬼が考え深げに唸った。
「最近ではあの世でも、コンプライアンスが厳しくて。やれ釜に突き落とそうとしたら釜ハラだ、針山の上を歩かせそうとしたら、今度は歩ハラだの。オマケに痛みや暴力を伴う地獄は、閉鎖される方向へと向かっているのです」
「痛みを伴わない地獄……って、どんな?」
首をひねった俺の手を、営業の鬼たちが待ってましたとばかりに引っ張った。
「一度新しい地獄を試獄してみませんか? 是非是非、嫌なら見学だけでも……」
早速ご自慢の地獄へと案内される。地獄の『からすバス』に乗り込んで、俺はサービス提供の鬼麦酒を片手に、のんびりと地獄見学することにした。
「お客様。右手に見えますのが、『俺は正しい! 地獄』でございます」
バスは地獄を道なりに進んで逝く。運転手の隣にいた、雷パンツを履いた青鬼のネーチャンが、天使のような声色で解説してくれた。窓の向こうには、巨大なスタジアムのような建物があり、その中から歓声が此処まで聞こえてきた。
「『俺は正しい! 地獄』。あそこの地獄に逝く者は、『自分が正しい』、『間違っているのは相手の方だ』と思い込み、己を省みることすらしません。『自分こそが絶対だ!』と譲らない者たちが同じ場所に閉じ込められたら、一体どうなるでしょうか? 我々が罰を与えるまでもなく、彼らは互いに反発し合い、争い合ってくれるでしょう。勘違いしないでいただきたい、我々は決して痛みを与えてはいません。彼らが自発的に、坂を転がり落ちて逝くだけなのです……」
青鬼のネーチャンがにっこりとほほ笑んだ。俺は曖昧に笑い返して、窓の向こうに目をやった。よくよく耳を澄ますと、歓声の中に悲鳴や怒号、それに何かが壊れる音などが色々混じっている。あの中で、一体何が行われているのだろうか……小さく体を震わせて、俺はスタジアムから目を逸らした。
「次に前方から見えて参りましたのが、『あの人がこう言ってるから、こうに違いない! 地獄』です」
バスが進み、前方から次の地獄が現れた。
次の地獄は、屋根から煙突が伸びていて、工場のような形をしていた。墨を零したような漆黒の空に、ゆらゆらと『あの人がこう言ってるから、こうに違いない! 地獄』……。
「自ら考えることを放棄し、自由意志を他人に委ねる、怠け者の逝く地獄でございます。彼らの判断基準は崇拝する教祖が『なんと言っているか』であり、自分の考えは二の次なのです。教祖が『死ね』と言えば喜んで死んで逝くという、思考停止のロボット人間の生産工場であります。いやはや、地獄に来てまで100%他人を信じられるなど、我々は常に感心しっぱなしであります……」
「あちらは『他人事地獄』でございます。誰しも自分の人生の主役は、自分しかいないはずなのですが、あちらの地獄に逝く方はいつも何だか他人事……。『私は主役じゃない』だとか、『そんなの私の柄じゃない』だとか、謙遜や遠慮の念が強すぎて常に自分で自分を殺しているのでございます。自らを活かそうとしない者は、当然のごとく、堕ちるところに堕ちる運命なのであります……」
「如何ですか? お愉しみいただけておりますでしょうか?」
しばらく色々な地獄を見学していると、いつの間にか俺の横に営業の鬼がやって来て、しきりに顔の前で両手を擦り合わせた。
「お気に召した地獄がございましたら、是非とも契約の方ご検討を……」
「そうだなあ。確かにどれも魅力的だけど、イマイチ決め手に欠けるって言うか」
「ご相談いただければお客様のご希望に沿うように、地獄をカスタ魔イズできますよ。『地獄の24時間対応警備システム』、『地獄のウォシュレット』、『地獄のジェットバス』、『地獄のミストサウナ』、『地獄の床暖房』、『地獄の宅配BOX』……」
「でも……お高いんでしょう?」
「ご安心下さい、上限300万年まで、地獄のローンも組めます。お客様が快適に地獄を見られるよう、最新のサービスをご用意いたしております」
さすが営業の鬼だ。
そんなに快適に地獄が見られるなら……と、思わず契約しそうになったところで、『からすバス』が停まった。
「お客様、最後にお清めの意味も込めて、こちらにお賽銭をお納めくださいませ」
バスを降りると、待っていた赤鬼が出口まで案内してくれた。出口の近くには、木彫りの仏像が鬼のような形相で立っていて、こちらを睨んでいた。仏像の前には古い賽銭箱が置かれてある。
「お賽銭を納めることで、『地獄巡り』中にお客様に溜まった不浄なあれこれを、お祓い致します」
「そうなんだ。じゃあ……バーコード決済で」
「かしこまりました。 ……あっ、すいませんお客様。残高不足です」
「えっ残高不足……」
言われるままにお賽銭を納めようとしたら、ピーッと警告音が鳴って、仏像が赤く光り始めた。赤鬼が途方に暮れたように俺を見上げた。
「困りましたね。お客様があまりに不浄過ぎるので、お支払い出来ませんでした」
「不浄過ぎるって何だよ。失礼だろ。大体、賽銭に残高不足なんて言われても……」
「しかし、このままでは元の世界に御帰りになれません。最悪、地獄で暮らしていただかないと……」
「えぇ〜……そんな、困ったのはこっちだよ。明日朝早いのに……」
俺も途方に暮れた。すると、鬼のような形相の仏像が巨大なバチを両の手で振り上げ、俺の頭を木魚みたいにボカボカ叩き始めた。俺は慌ててその場から逃げ出した。
「あっお客様! まだお支払いが……待て! 逃すな! 契約違反者だ!」
「殴るのはダメだろ! そっちこそコンプライアンス違反だぞ!」
鬼たちにとっ捕まる前に、俺は急いで出口を駆け抜けた。幸い帰り道も空いていたので、迷うことなく家まで帰ることができた。息を整え、玄関を開けると、同じく『天国見学』していた妻がちょうど戻ったところだった。
「もう、ヤンなっちゃうわ!」
帰ってくるなり、妻はプリプリと怒り出した。
「どこの天国も激混みで……せっかくサブスク契約で申し込んだのに」
怒っている妻の顔は、まるで鬼のようだと思ったが、また俺の中に不浄なものが溜まっては困るので、口には出さないでおいた。無事あの世から戻って来た俺たちは、忘れないようしっかりバーコード決済に追加課金して、その晩は早めに眠りについたのだった。アーメン。