最終話 恋する暗殺者
少女と、元おっさんのメイド。危険な香りのする恋ですね。
あなたが次に眺めるのは、この屋敷の寝室だ。大きめのベッドが二つ並んでいる。
異世界転移少女は、メイドよりも背が顔一つ分は低かった。彼女は出口側のベッドに置いていた黒いドレスをメイドに見せつける。
「これだ、これを見てくれ。私が仕立てたんだ」
「素晴らしい仕事ですね、ご主人様」
「このドレスを着れば、お前はよりいっそう煌びやかになるだろう」
「それは私のものなのですか?」
「サイズからしてそうだろ?」
少女は当然だと言いたげな顔になる。
「……どうもありがとうございます」
「ちょっと嫌そうな顔をしているぞ?」
「今夜はパーティー会場ではなく、レストランに行く予定だったと思うのですが」
「ただのレストランじゃない、超高級店だからな。ドレスコードだよ。ようやく予約が取れたんだから、このぐらい用意するべきだぞ」
あなたに説明すると、ドレスコードは服装の規定を意味する。高級店へ行くからには、それに見合った礼服を着用するのが作法とされる。
「ちなみに私のはこっちだ」
少女は紺色のドレスを体の前に持って来た。黒いドレスと違い、胸の周りは強調しない方向のようだ。
「ご主人様はすごいですね。お裁縫もお菓子作りも完璧で、その上、剣や魔法の腕も一流です。私ではとても敵いません」
「いや、お裁縫もお菓子も趣味程度だし、強さに関しては転移の特典で女神様にもらったものだから私の力じゃない」
少女はベッドを椅子代わりにして座った。メイドは礼儀正しく立ったままでいる。
「今なら、身体能力が強化されたその体を持つお前のほうが、私よりも強いんじゃないか? 私だって簡単に暗殺出来るだろう」
「御冗談を。私はご主人様の部下ですから、ご主人様を裏切るような真似はいたしません」
「暗殺可能なのは否定しないのか」
「ええ」
メイドは微笑む。
「それに部下ならば、ドレスコードの必要なレストランでご一緒させてもらうのではなく、レストランの外でご主人様がお食事を終えるまで待っているのが、本来の役目ではないでしょうか」
「お前には部下になれと言ったが、あれは二年も前の話だ。今は相棒だと思っている。お前と、お前の持っている武器のようにな」
「嬉しいお言葉をありがとうございます。ですが、私とではなく、お客様のどちらかと行かれたほうがよろしいのでは?」
「……お前と行きたいんだよ。そもそも、なんであいつらを家に上げた? 今夜の予約を知っていたんだから、お前は玄関であいつらを追っ払うべきだったんだ」
「ご主人様のご友人をおもてなしするのは、私の大切な役目です」
「心にもないことを。元暗殺者のおっさんだったお前はどこに行った?」
メイドは右手を胸部の前に持っていった。
「ここにいます」
「本当にいるのか? 私は時々、いつかお前があの時の続きを実行して、今度は殺されるんじゃないかと思う時がある。今じゃ私はお前を信頼しているが、お前の本心は分からない」
「なら、申し上げましょうか?」
「おおっ、今すぐ頼む」
「はい。ですがその前に……、笑わないで頂けますか?」
「よほどのことがない限り、笑ったりはしないさ」
「では……」
メイドは息を吸い込んで、表情を少し変えた。少女を上から真剣に見つめているのが、あなたにも分かるだろう。
「――俺はな、俺の人生を変えてくれた転移者のガキに恋をしたんだよ」
口調もここぞという時に戻した。
その効果は絶大だった。
元暗殺者の告白に、少女は笑うどころか真っ赤になってしまった。
「そーいうことは言うなよ! 今夜はお前と顔を向き合ってディナーなんだぞ! どういう顔をして食事を楽しめばいいんだっ!」
思わず立ち上がってしまった少女。目をぐるぐるさせて、メイドの胸部をぽかぽかと叩いていた。
「恥ずかしがるご主人様を楽しむ私に劣等感を抱きながら、食事を楽しめば良いのですよ」
メイドらしい口調に戻して、笑顔を浮かべた。
「くぅ……元おっさんめ……」
叩く手を止めた少女は、恨めしそうにメイドの美人な顔を見上げた。まだ頬は赤い。
「たまにはそのおっさんに敬意を示したらどうですか、ご主人様。思えば貴女は、出会った時から私に対してぶっきらぼうな態度でした」
「そうか……そこまで言うなら、やってやる」
小声でつぶやく少女。
「――せっかくですから、ドレスにお着替えしてみたらどうでしょーかぁ、おじさまっ!」
声を高くした少女はメイドを床へ一気に押し倒し、強引にメイド服を脱がそうとする。
「わっ、やめろっ! 自分でやるっ!」
今度はメイドが慌てた。
「言葉遣いが乱れていますよ、おじさま」
「……申しわけありません」
この後、少女はメイドの上から退いて離れたが、監視の目を光らせ続ける。
「ご主人様。まだお客様がいらっしゃいますが……」
遠回しにメイドは着替えを拒否する。
「そのドレス姿をご披露されたらよろしいのではないでしょうか、おじさま」
少女は勝ち誇った顔で追撃する。
「ついでにこちらもどうぞ、おじさま」
勝負下着の揃いまで準備されていた。大胆なデザインで、一部分は透けている。色はライトブルーだった。
メイドは少し、心が折れそうになっていた。
「お手伝いはしませんが、着替えるのをここでずっと見張らせて頂きますね、おじさま」
二人は一年ほど、この屋敷で一緒に暮らしている。それにもかかわらず、普段はお互いに着替えを覗かないのを暗黙の了解としていた。だからこそ少女は今回、あわよくばメイドの裸を堪能出来ることを期待してしまう。
「……すみませんご主人様。それだけはご勘弁下さい」
元暗殺者も、メイドの体は武器に使っても、恋する相手にはそれを利用したりはしない。変なところで律儀な性格だった。
少女はそんな元暗殺者が大好きだ。
「ああ、いいだろう」
満面の笑顔で彼の申し出を受け入れた。
(終わり)
彼女達は夜、予約していた高級なレストランでお互いを意識するでしょう。想像すると、ドキドキします。
というわけで、今回が最終回です。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
もし良かったら、作者の別作品、『サキュリバーズ!』や『地味な女子高生と地味な幽霊』などもよろしくお願いします。




