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第一話 助けられる暗殺者

暗殺者と異世界転移者のバトルです。

 あなたの視界には、暗闇のアパートの一室が映っている。あなたの姿はここにはなく、ここでおこなわれることをただ眺めることしか出来ない。


 暗くて周囲が分かりづらい夜の室内だが、それを利(り)する者がいる。――暗殺者だ。


 標的を始末する掃除屋は、ある若者を抹殺するため、室内に侵入していたのである。


 スティレットと呼ばれる鋭利な短剣を用い、暗殺者は若者を一撃で仕留める……はずだった。


 若者は、異世界から転移して来た者だった。その際に超人的な能力を授(さず)かったお陰で、この転移者は機敏(きびん)な暗殺者を感知出来た。


 レイピアは細身の刀身で、軽く、突きを重視する片手剣であるが、暗殺者のより太い短剣の一撃を簡単に防ぐという芸当をやってのけた。レイピアに強力な魔力がかけてあったからこそ、成し遂げられたと言えよう。


 すかさず次の攻撃を放つ暗殺者。この者の動きを全て見抜いているかのように、転移者は避(よ)け続ける。狭い空間の中、実に見事な動きだった。


 転移者が風の魔法を放った。


 暗殺者は鋭い風圧を食らい、その勢いで壁に激突する。これが致命的な打撃となった。


 慌ただしさはなくなり、転移者は一室の明かりを点けた。


 あなたには、壁のほうに注目してほしい。そこで寄りかかって動けないでいる暗殺者は、四十歳ほどの男性だった。ほぼ黒一色の軽装で、顔半分が隠れているフードから覗(のぞ)く目が鋭く、冷たい。


 暗殺者の首に、転移者はレイピアの先端を近づけた。あと少しでも押し込めば、先端は彼の首を貫(つらぬ)くであろう距離だ。


 そのまま、転移者は微動(びどう)だにしない。


「……殺さないのか?」

 先に言葉を発したのは暗殺者だった。


「殺す必要がないからだ。お前はどこの手の者だ?」


「答えるとでも思っているのか?」


「いいや、一応聞いただけだ」

 転移者はレイピアを下げ、その手から消滅させた。収納の能力を使ったのだろう。


「自ら武器を消すとは、この俺もナメられたもんだな」


「お前との力の差ははっきりとしている。武器がなかろうとお前を倒すのは容易い。無駄な抵抗はよすんだな」


「けっ……、ガキの分際で……」


 暗殺者にも、長年その職で手を汚し続けた誇りがあるのだろう。子供にあっけなく敗北した事実が相当悔しかったらしい。


「確かにガキだな。この世界で生まれたただのガキだったとしたら、お前の最初の一撃でとっくに死んでいただろう」


「……お前は異世界人だと聞いている。油断したわけではないが、まるで手が出せないとはな……。さあとどめを刺せ。俺はもう終わりだ……」


 暗殺者の願いに、転移者は応(こた)えない。


 その代わり、転移者は語る。


「お前には、元いた世界の娯楽について教えてやろう」


「ん?」


「それだとな、敵の殺し屋がもし美少女だったら、大抵、殺されないで助けられる。そして、主人公のヒロインの一人になる。ヒロインは分かるか?」


 あなたには容易に理解出来る話かもしれないが、暗殺者にとってはあまりにも突飛(とっぴ)な話だった。怖かった顔が若干緩(ゆる)む。


「……ああ、分かる。物語に出て来る女のことだな」


「そうだ。敵の美少女はヒロインに成り上がるが、お前のような人相の悪いおっさんだったら、主人公に殺されて退場することになる。圧倒的な実力差で、あっけないほど簡単にな。仲間にしたところで、かわいくないどころか、見栄えがずっと悪いからだ」


「そういう理屈なら、俺を殺すべきだろう」


「違うな。同じ、襲って来た敵なのに、美少女は助けておっさんは殺す。そんなの、不公平だと思わないか?」


「だから殺さないと言うのか。この偽善者が」


「お前はガキに、暗殺者と同じような殺しをさせたいのか?」


「……いや、そうじゃないな」

 否定する暗殺者は自嘲(じちょう)する。

「暗殺者でもないお前に、殺しを強要したことだけは謝罪する。すまなかった。……俺の相棒を取ってくれ。自害させてもらう」


 暗殺者の言う相棒とは、あの転がっている武器のことだろう。転移者は歩き出すが、スティレットを拾いには行かず、回復魔法で暗殺者の傷を癒(いや)した。


「なんのつもりだ?」


「さっきも言っただろう? おっさんだけ殺されるのは不公平だと。だから助けた。……ところでお前は、誰から依頼を受けた?」


「口を割るつもりはない。助けてもらったとしてもだ」


「なら、それで構わない。その代わり、一つ、依頼をしたい。お前の依頼主よりも高い報酬を出してやる」


「いくらだ?」


「お前の助けてやった命一つ分だ。これ以上に高額な報酬はないだろう?」


「断ったら、お前は俺を殺すのか?」


「見逃してやる」

 転移者は笑みを浮かべた。


 暗殺者は不気味な笑みで返した。


「どこまでも己(おのれ)の信条を通すのか……。俺は嫌いじゃない。いいだろう、お前の依頼を受けてやる。誰を殺せばいい?」


「殺しはいい。その代わり、お前には部下になってもらおうか」


「……部下か。お前ほど強ければ俺など不要だと思うが、助けられた身だ、受け入れてやってもいい」


「交渉成立だな」


 立ち上がる暗殺者に対し、見上げる転移者は握手を求めるものの、暗殺者は拒否した。彼のほうが、頭一つ分、背が高かった。


 転移者は手を引っ込め、やや威厳を込めて暗殺者の目を見る。


「――さっそく命令だ。街の外に行って、朝の九時になったら、ここに戻って来い。悪いが、たった今部下にした暗殺者と仲良く寝ることなんて出来ないからな」


「俺もお前のようなガキを襲うつもりはないが、それで最初の信用を得るとしよう」


 回復した暗殺者は若者と違(たが)わぬ俊敏(しゅんびん)な動きで窓から出て行き、闇へと消えていった。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。


もし良かったら、作者の別作品、『サキュリバーズ!』や『女の子たちの女の子たちによる、女の子たちだけの会話劇! サキュリバーズ・エクストラ!』などもよろしくお願いします。

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