「お前と婚約するのは俺だと思っていた」 姉に騙され婚約破棄となりましたが、幼馴染の占いで逆襲します
「シナンジュ、君は僕との約束を忘れていたどころか国の外交費を私遊のために使い潰したな」
私はこの国の皇子であるオーヴェロン殿下から断罪されていました。
理由は私が殿下との約束、鷹狩りに行く予定を忘れて外交先で遊んでいたからとのこと。
ですが、私はそもそも殿下とそんな約束があった事を聞いていないのです。
「誤解ですオーヴェロン殿下、私は殿下との大事な予定があるのなら、この国を離れる事すらしなかったでしょう」
その日は外交のために隣国のアフランシお兄様、私の従兄の所へと行っておりました。
この事は事前にお伝えしていたはずで、しかも数ヵ月も前から計画していた事なのです。
それなのに、殿下はその事をまったく知らなかったと言われました。
「嘘を吐くな!君の話はもうたくさんだ。国民の税金を不倫外交に使うなど言語道断だと言うことが分からないのか!」
しかもあろうことか殿下は私とアフランシお兄様が逢い引きのために、この出張外交を仕組んだのではないかと疑われていました。
そんなはずないのに、私は悔しくて仕方ありません。
「問答無用だな。シナンジュ・フレアロー、君との婚約を破棄し国外追放とする。早くこの城から出ていけ!」
殿下は私に踵を返すと、そのまま奥の部屋へと歩いて行かれました。
こうなってはとりつく島もありません。
私は出てくる涙を堪えながら殿下のお部屋を後にしました。
―――
「おや、シナンジュ。そんなに急いでどうしたのですか」
私が殿下の部屋を出た後、城の廊下で姉のクエスに呼び止められました。
姉はいつもの水色のドレス姿で手には華やかな扇子、そしてロングの青い髪がその清涼さを更に引き立てています。
「クエスお姉様、実は私……オーヴェロン殿下から婚約破棄をされてしまったのです」
私は姉に殿下から婚約破棄された事、この城を追われ国外追放となった事を全て話しました。
姉ならきっとこの誤解を解くために力を貸してくれると思ったからです。
「そうですか、ようやくオーヴェロン様はあなたとの婚約破棄を決断なさったのね」
「え?」
ですが、慰めてくれると思った姉からの思わぬ言葉に私は息を詰まらせました。
殿下の前では我慢していた涙が眼から溢れてきます。
「クエスお姉様、それはあまりにも酷すぎます。お姉さまなら何かお知恵を貸して頂けると思いましたのに」
「私が?なぜ私がそんなことをしなければならないのです」
そう言うと姉はフフンと鼻を鳴らしました。
私は目の前が真っ暗になる思いです。
姉をこんなに冷たいと思ったのは生まれて初めての事でした。
「貴女と殿下の事はもう終わったこと、ようするにもう遅いですわ。貴女はこれから国外追放、代わりに私は今失意の内にあるオーヴェロン様をお支えして次の殿下の婚約者の地位に収まります。悔しいでしょうねえ」
姉は私の後釜としてオーヴェロン殿下に取り入る気のようです。
もしや、全ては姉のクエスが仕組んだ罠だったのでは?そんな考えが私の頭を過りました。
「まさかお姉さまがこうなるように手配を?……どうしてなのクエスお姉さま、どうしてこんな事を」
そもそも、あの優しかった姉が何故?
私にはこの状況はとても受け入れがたい事でした。
「まるで私がこの婚約破棄を仕組んだみたいな言い方はおよしなさい。証拠はあるんですか、証拠は」
姉の言う通り確かに証拠はありません。
私は言葉に詰まりました。
「これもお前の自業自得ではないですか。ええ、お前が悪いのです。お前が、お前が私のオーヴェロン様を取るから!」
持っていた扇子をピシャリと閉じた姉の眼は怒りに満ち溢れています。
私はそんな姉の豹変っぷりを見て、あることを思い出しました。
―――
それは今年の春の事。
長い冬も終わり、外は陽気に包まれていました。
「オーヴェロン様って素敵よねえ」
「クエスお姉様、またその殿方の話ですか」
ここ最近、姉は異国での修学期間が終わってこの国へ帰ってきたというオーヴェロン殿下の話ばかりをしています。
姉は城勤めなのでよく城中でその殿下の姿を見かけるらしいのですが、私はまだ学生なので城には式典の時位にしか行った事がありません。
「だって本当に素敵な方なんですもの。スラリと高身長の格好いい方なんて、この国にはオーヴェロン様以外存在するのやら」
また姉のオーヴェロン殿下自慢が始まりました。
こうなっては話が終わるまではここにいないと姉は不機嫌になるのだ。
最後まで話を聞いてあげるしか私に選択肢は残されていなかった。
「異国では狩りをご趣味にされていたとか、この国に帰ってからも嗜嗜まれているのかしら。一度その腕を拝見させて頂きたいものね」
私は話し半分にいつも聞いているのですが、
今日だけは姉がそんなに褒める殿下とはどんな方なのか一度見てみたいと思ってしまったのです。
私は興味を持って殿下がよく狩りをされているという森にやってきました。
「城の近くに狩猟するならここだと思ったんだけど、そもそも殿下がいつ狩りをされているのか聞いておくべきだったわ」
この森は私が幼少期の頃に遊び場にしていた森で、狩猟にはぴったりの場所なのです。
もう帰ろうかとした所、木々の間の方に何か大きな獣の姿が見えました。
黄金色の毛並みをした大きな一角獣。
思わずびっくりして腰が引けそうになりましたが、鞍が見えたのでひとまず安心しました。
そしてその傍らに隠れるようにして、これまた体格の大きい狩人が猟銃を構えて何かを狙っております。
(何を狙っているのかしら?)
私は興味本位で彼が銃口を構えている先を見てみました。
その銃口の先には美しい羽毛をした緑色の鳥が枝の上で綺麗な鳴き声をさえずっています。
「やめてください!」
反射的に私はそれを見て大声で叫んでしまいました。
その声に驚いたのか、緑色の鳥は森の奥へと飛び去っていきます。
「お前がいきなり大声を出すから逃げられてしまったではないか。あの鳥は警戒心が強く、一角獣の『隠密』スキルを使ってもここまで近づくのに大変だったのだぞ」
狩人は立ち上がると苦々しげに私の方を睨み付け、こちら側に歩いてきました。
その太った体は中々の威圧感がありましたが、私はそれには動じません。
「貴方が狙っていたあの緑色の鳥はこの国の特別天然記念物であるフレアローですよ。いかなる場合にも狩猟が禁じられている事をご存知ないのですか!?」
フレアローはとても貴重な鳥で、保護鳥として法律でも捕獲が禁止されているのです。
それを聞いた狩人は驚いた顔を浮かべました。
やはり知らなかったようです。
「あれが我が国の国鳥でもあるフレアローであったか、だが羽毛の色が赤ではなかったぞ」
「色が違うのは今が春で繁殖期でないからです」
私の解説に狩人はフムフムと頷かれました。
フレアローは春の換羽の後、繁殖期の夏羽に生え変わり羽毛が派手な赤色になるのです。
「そうだったのか、そんな大切な鳥を撃ったら僕は今の立場を失う所だった」
そう言うとその狩人は一角獣から降りて私に膝を折り、謝罪されました。
よく見ると太っている様に見えたのはブカブカの黄色い狩猟服のためだったようです。
「この度はすまなかった。できれば貴女のお名前をお聞かせ願いたい」
「私はシナンジュ・フレアローと申します」
「そうか、君の家名はあの鳥と同じなんだね」
まるで語り部のようなその声は、さっきまでとは打って変わって優しい声でした。
私が「貴方のお名前は?」と聞こうとした所、狩人様は懐中時計を取り出してしまったと言う顔を浮かべます。
「もうこんな時間か、白兎赤鳥はあっという間に過ぎてしまう」
狩人様は再び一角獣に跨がろうとされましたが、その前に私の方を振り返りました。
その顔はどこか名残惜しそうな感じです。
「僕はもう帰らないといけない。シナンジュ、明日もここに来てくれないかな?出来ればもっと話がしたい」
「ええ、私は構いませんけれども……」
この日を境に私達はほぼ毎日、天気が良ければ森で落ち合いました。
それから季節は流れ夏になると、繁殖期を迎えたフレアローの羽毛も燃えるような赤色に生え変わったのです。
「シナンジュの言った通りだ。あの鳥を春から観察していたが本当に緑色から赤色になるとは、最初の頃は思ってもみなかったよ」
狩人様のその言葉を、私は彼の大きな背に持たれかけて聞いていました。
私達の近くでは一角獣が草を喰んでいます。
最初の頃は私が色々な鳥の話をし、それに対して狩人様が何度も質問をされていましたが、今ではこうして静かに二人森の中で時折言葉を交わすだけでも幸せなのでした。
その日はいつもよりも長く森に居た気がします。
「そろそろ戻らなくても良いのですか?」
私は狩人様がいつまでも帰られないので、思わず聞いてしまいました。
本来であればいつもの時刻をとっくに過ぎているはずなのです。
「それなら大丈夫だよ。さっき確認したけどまだ時間は……あれ?この時計もしかして止まっているのか!?」
狩人様は懐中時計の針を見るなり声を上げました。
そして急いで帰り支度をなさっていると、森の入口側の道から何か駆けてくる音が聞こえてきます。
「殿下!そこにおられるのですか!」
声がする方を見ると、遠くから馬に乗った騎士団が駆け寄って来ていました。
どの方も立派な銀の鎧を着ておられます。
「すまない、どうも懐中時計が壊れてしまってな」
「貴方はこの国の後継者なのですからしっかりして貰わないと困ります。」
私はその会話を聞いて固まってしまいました。
騎士の方が狩人様を「この国の後継者」とお呼びしたからです。
「狩人様、貴方はこの国の……」
「そう言えば僕は君に名乗っていなかったな、僕の名前はオーヴェロン・レイだよ」
私は狩人様が明かされた名前に驚きました。
まさかこの方が姉が話していたオーヴェロン様だったとは夢にも思っていなかったからです。
「え、あなたが最近帰ってこられたというオーヴェロン殿下だったのですか!?」
「そうだよ、まあこんな狩人みたいな格好じゃ王子には見えないよね」
そう言って殿下は朗らかに笑みを浮かべられました。
これが私とオーヴェロン殿下との馴れ初めです。それからも私達は交際を重ね、つい先日婚約を結ぶに至ったのでした。
それなのに……。
―――
「ほんと悪賢い妹ね。私からオーヴェロン様の事を何もかも聞き出して、私を出し抜こうだなんて」
これはまったくの誤解です。
私は抜け駆けでオーヴェロン殿下とお付きあいする事にしたのではありませんし、婚約に至ったのは事の成り行きに他なりません。
でも姉にその事を説明しても理解して貰えない様でした。
「この状況から逆転するのは不可能、異国の遊戯で言えば詰みなのよ」
姉はそう言うと手に持っている扇子をヒラヒラと扇ぎます。
そして姉は私にある提案を持ち掛けて来ました。
「でも私は情け深い姉でもあるのよ。シナンジュが負けを認め潔くサレンダーするというのであれば、私が殿下に掛け合って国外追放の処分位は取り下げてあげるわ」
姉は勝ち誇ったかの様な顔を浮かべています。
「シナンジュ、潔くサレンダーなさい」
しかし、私としても姉の提案を受け入れる訳にはいきません。
「クエスお姉さま、私は決してサレンダーは致しません」
私は最後に姉にそう伝えると城を後にしました。
―――
殿下に婚約破棄されて城を追い出された私は手荷物を持って城下街を歩いていました。
国外追放と言うことなので早くこの国を出なければなりません。
その前に一度家に戻ろうかと思っていると、私は頬に一筋の風を感じました。
いつの間にか1羽の白い鳥が私の周りを旋回していたのです。
「え、この鳥は何?」
その鳥はいきなり私から手荷物を引ったくると、高度を上げて空高く舞い上がりました。
「ちょっと、あなた何するの!」
その手荷物は私の全財産、何者にも渡すわけには参りません。
私がその鳥を追っていると、鳥は道外れの角のテントの中へと入って行きます。
とてもボロそうな布で作られたテントは周りに怪しげな装飾品を飾っていましたが、意を決して私もそのテントの中へと踏み込みました。
中は外からは考えられないほど広い空間となっています。
そのテントの中の小部屋で一人の白いフードを着た男性が、先程の白い鳥を叱っていました。
「ミカ、お前また何か持ってきたのか」
その男の手には私の手荷物が握られています。
私は思い切って話しかけてみました。
「ごめんください。勝手にテントに入ってきたことは謝りますが、その手荷物は私のなので返して頂けませんか?」
男が私の方を振り返ります。
「ああ、もう持ち主が来てくれたのか。今回は相棒がすまなかった、これは返すぜ」
そう言って男はすぐに手荷物を返してくれました。
顔はフードでよく見えませんが、声の感じは青年のようです。
「この度はすまなかったな。連れの詫びとしてちょっとここで占いをやっていかねえか?」
その男は占い師を稼業としていると名乗りました。
たしかに白いフードと色々な鳥の羽毛のネックレスを首にかけている様は見るからに胡散臭い占い師その者です。
「占いなんて、私は急いでいるので失礼します」
「急ぐって行っても何処に行く当ても無いんだろう?」
テントを出ていこうとした私は図星を突かれて立ち止まりました。
「ここの占いは少々特殊だけどね。良く当たるって評判なんだよ」
私が振り返ると男の口元はニヤリと笑っています。
「評判を自分で言っちゃうんですか、しかもそれよくある謳い文句ですし」
ともあれ少しばかり私はその占いとやらに興味が出てきました。
「まあ、良いでしょう占ってみて下さい」
「ではちょっと手相を拝見」
そう言うと占い師は私の手を取って何やら調べ始めました。
「ふむふむ、お嬢さんつい先日まで誰かと婚約されていましたね。違いますか?」
「失礼な方ですね、たしかにそうですよ。先日というか、つい数刻程前ですけど」
事実を当てられ、私は少々投げやりに答えます。
どういう事なのか私が殿下と婚約破棄した事を見抜かれてました。
「そしてその婚約破棄を無かったことにしたいと思っていると」
「そこまで分かるのなら、私がどうやったら姉から婚約者を取り戻せるか教えて下さいませんかね?」
ズケズケと私のプライバシーを侵害してくるこの男に対して、思わず語尾が強くなってしまいます。
けれども、オーヴェロン様との関係を修復できるのであれば私は藁にもすがりたい思いでした。
「それは別料金になるな、ざっとこの位の額は出してもらわないと」
そう言うと男は片手でその金額を示します。
少々高額でしたが、オーヴェロン殿下との寄りを戻せるのならと私はその分のお金を渡しました。
「毎度あり、それじゃこちらも本格的に占いをやらせて貰わないとな」
男はそのお金を机の引き出しに入れて、替わりに取り出したのは一つのビン。
そのビンから様々な色彩豊かな羽を布の上に散らしていきました。
赤、青、白、黒、橙色の様々な色をした羽の散らばり様を見て何か分かるとでも言うのでしょうか。
「出たぞ。俺の占いによると、貴女は殿下と寄りを戻すと出ている」
「それ本当ですか!?」
私は占いの結果を聞いて思わず机に身を乗り出しました。
「ちょ、待てよ。近い、近いって」
いきなり接近した私に対して占い師は慌てふためきます。
その時、私は占い師が首にかけているネックレスが何やら気になりました。
「あら?あなたの羽毛のネックレス、緑と赤の色が混じった変わった羽毛があるわね」
少し思うところがあり、私はそのネックレスに手を伸ばしました。この羽毛はフレアローの羽が生え変わる時期にだけ見られる希少価値の高い羽毛なのです。
そもそもこの薄汚れた羽毛のネックレスは私が作った物ではありませんか。
「このネックレス、どこで手に入れたの?それにあなたの顔もどこかで見たことあるわね」
私がこのネックレスをプレゼントした人物は過去に一人しかいません。
「あんた、あの幼馴染のスタイン??」
私はネックレスから手を離すと、思い切ってそのプレゼントした人物の名前を言ってみました。
「やっと思い出してくれたか、まあこのネックレスを着けてたから分かってくれるとは思ってたけどな」
占い師の男は幼馴染のスタインでした。
彼はやれやれと首元の乱れを戻すと、被っていたフードを取り顔を見せます。
金色の髪、大人びた顔付きになったとはいえやはり幼少期の頃の面影は残っていました。
「あんた、何でこんな所にいるの?」
「異国での武者修行を終えてこの前帰ってきたんだよ」
そう言えばスタインは私と同じ貴族学校には入らず、異国の学校へと進学したと聞いています。
それがまさか異国で占い師になっていたとは思ってもいませんでした。
「その白いアルビノのフレアローも異国で見つけたの?」
私は止り木に止まっている白い鳥の方を指差して聞いてみました。
アルビノとは色素が何らかの理由で欠落した個体の事を言います。
「よくフレアローって分かったな」
「飛んでいた時に翼の先端がピンと尖っていたから、それがフレアローの特徴って貴方言ってたじゃない」
私が昔話をすると、スタインはその事を思い出しました。
「そうだった。でもミカはアルビノじゃなくて亜種なんだよ。向こうではバルバードとも言って、この色が普通なんだぜ」
へぇーと感心した私は、もっと良く観察するためにもう一度ミカの方を見ます。
二人に注目されたためか、ミカは挨拶するかの様にピー!と地鳴きしました。
「それにこれでも異国では『不可能を可能にする占い師』って二つ名で評判だったんだ」
「さっきの評判とまるで違うじゃないの」
私は思わず突っ込みますが、スタインは意に介していないようです。
こういう無神経な所は変わってないんだなと思いましたが、懐かしさに浸ってる場合ではありません。
「あなた、私がオーヴェロン殿下と寄りを取り戻せるって占ったけど具体的にどうすれば良いのよ?」
「そんな事簡単だろ。殿下との誤解を解くんだよ」
殿下との誤解、それは約束の食い違いに他なりませんでした。
「この国の取り決め事は全て公文書で管理されているんだったよな。じゃあそれを示してやれば良い」
スタインは簡単に言いますが公文書は厳重に保管されているため、関係者以外はその場所に立ち入る事すら出来ません。
「何か公文書館に忍び込む手立てでもあるの?」
「その点はご心配なく。俺達には異国で鍛えたスキルがあるからな」
スキルとは特別な人や動物が使える能力の事です。私にはありませんが、スタインの家系はそう言うスキル持ちが多数排出されている事を思い出しました。
―――
その日の夜、私とスタインは公文書が保管されている公文書館に忍び込みました。
「ミカ、『陽動』を頼む」
ミカが目立つ行動をしている間、私達は警備が薄い所を掻い潜り侵入していきます。
曲がり角の所で、どちらに進むか分からなかったのでスタインは占いによりその方向を決めようとしました。
鳥の羽が床にばらまかれ方向を指し示します。
「ここは……こっちだな」
スタインが占った方向に進むと『公文書保管庫』と掛札がある部屋の前にたどり着きました。
やはりですが扉には鍵が掛かっています。
そこでまたスタインは占い、その結果通りの開け方をすると鍵はすぐにカチャリと開きました。
「何だよ、俺の占いも案外当たんじゃねえか」
「あんた自分の占いが久しぶりに当たったみたいなニュアンスの事言わなかった?」
何かさらりと怖いことをスタインが言ったので思わず聞き返します。
「貴方のスキルって『占い』でしょう。未来を占っているからどこを通ればいいのかも、どうやって鍵を開けるのかも分かったんでしょ?」
「違う違う、俺のスキルが何かって昔お前に言っただろ?『検索』だよ」
スタインは私がスキルを覚えていなかった事に少し腹を立てたようでした。
「ええ!?『検索』なの、それじゃ未来が視えているわけじゃないのね」
「道を決めたのも、鍵の開け方もこれまで『検索』で得た知識を使ったからだよ。占いは事前のルーチンみたいなもん」
占いはただのポーズだったようです。
なので警備の状況は多分こうだろうなという予測でここまで進んできたとの事でした。
「そもそもこの作戦ってあんた頼みじゃない。そんな行き当りばったりの作戦に何で乗っちゃったんだろう私」
私は後悔し始めましたが、ここまで来てもはや嘆いてもいられません。
ともかく私達は部屋の中に入りました。
その部屋の中の棚という棚には沢山の公文書がびっしりと詰まっています。
「そう落ち込むなよ。俺の『検索』の本領発揮を見せるからさ」
スタインがスキルを発動させると、すぐに青い光を放ちながら一枚の公文書がこちらに飛んできました。
昔は資料がある位置が分かる程度の力だったそうですが、今では資料の方から飛んでくるようにスキルを強化したとのこと。
「狙ってたもんは見つけたぜ。確認してみてくれ」
スタインは私にその公文書を渡します。
それは私の外交に行く予定を記入した文書でした。
ちゃんと殿下の印も押されています。
「でもこれ何か私が記入した公文書と違うわ、期日も外交費用も」
私は感じた違和感をスタインに話しました。
「ということはその文書は偽物って事だな、本物は恐らく既に捨てられているんだろう」
スタインはそう呟くと部屋のある場所に向かいます。
向かった所にあったのは保存期間を終えた公文書を粉砕して処分するための魔導機でした。
「俺の『検索』はこういう所からも物を引き出す事が出来る。まあ見ててくれ」
スタインがスキルを発動させると、魔導機から1枚の紙が飛び出してきました。
それを取って見てみると、これこそが私が作成した公文書ではありませんか。
「あとはその2枚を殿下に見せてやればお前の無罪も判明するだろう。その役目はミカにやらせるか、殿下の目の前に落としてやる位ミカには朝飯前さ」
部屋を出ながら次の計画をスタインが話していると、向こう側の廊下の方から誰かが歩いて来ていました。
「そこにいるのは誰だ!」
どうやら巡回中の警備員に見つかってしまったみたいです。
私とスタインは走りました。
曲がりくねった廊下や屋根の上まで、あらゆる所を通って追手から逃れます。
「待って!私こんなに走るの初めてなんだし……」
逃亡中に私は壁に手をつくとゼイゼイと息を吐きました。
スタインはそんな私に対して叱責します。
「待ってやっても良いが止まることは許さねえ、こんな所にいたら二人共捕まるぞ」
「そんな事言ったって、私はこれ以上走れないし歩けないわ」
泣き言を言う私に対して、スタインは背中を向けて屈みました。
どうも背中に乗れと言う合図の様です。
私がその背に抱き付くと、スタインは私を背負い無言で走り出しました。
―――
周りはすっかり暗くなっています。
しばらくその状態で走り続けた後、追手もここまでは来ないだろうと言う所でスタインは私を降ろしました。
「ここまで来れば大丈夫だろう、少し休憩させてくれ」
周囲には沢山の木々、いつの間にか私達は森の中にまで逃げ込んでいたのです。
「ふぃ……さすがに昔よりも重くなったなお前」
流石にスタインも疲れたのか、近くの木を背に座り込みました。
「ん、重いと言われて怒らないのか?」
私はその問いには答えず、無言でスタインの隣に座ります。
突っ込む前にスタインにはまず聞きたい事がありました。
「スタイン、何で貴方はこんなにも私の事を助けてくれるの?」
それを聞いたスタインは目を丸くすると私の顔を見ます。
「実は……お前と婚約するのは俺だと思っていた」
「え?」
思いがけないスタインの一言に、私は彼の顔をまじまじと見つめました。
彼の金色の髪はこの真夜中の夜でもその色を失っておらず、眼は真剣そのものです。
「シナンジュはさ、鳥の歌が好きだけど何の鳥か分からないって昔言ってただろ?」
確かにそんな事を幼少の時にスタインに話した気がしました。
「それで俺の『検索』で色々しらべてさ、お前は赤い鳥としか言わないから苦労したよ。実際に出てきた答えは緑色の鳥だもんな」
フレアローが美しい声で鳴くのは緑色の羽の時期の春だけなのです。
私はその事を当時は知りませんでした。
「この緑色の鳥がお前の言ってた赤い鳥と同じ種類の鳥で、緑色の羽毛の時期でしか綺麗にさえずらないんだよって教えた時のお前の喜んだ顔が今でも忘れられなくてさ」
その後、私がスタインに他の鳥の事についても尋ねると彼はそれを調べては色々と教えてくれました。
考えてみれば私の鳥の知識は全てスタインが幼い頃に教えてくれた事だったのです。
「それでこの『検索』を極めてみようって思ったんだ。俺のスキルは兄貴たちみたいに火や氷を出したりはできないけど、こうやって人の役に立てるってお前が気づかせてくれたんだぜ?」
そう言えばスタインは自分のスキル『検索』が攻撃系のスキルではない、役に立たない外れスキルという事でそれまで凄く落ち込んでいたのでした。
「それで異国で修行を積んでお前に相応しい相手になって帰ってきたと思ったら、お前が俺以外の男と婚約したと聞いてさ……しかもそれがオーヴェロン殿下って絶対俺勝てないだろ」
そう言ったスタインは苦笑いを浮かべます。
「もうこの国は俺の帰るべき所じゃ無かったんだなってすぐに異国に戻ろうと思ったさ。でも踏ん切りが付かなくて……それで占い稼業のための情報を漁っていたらお前が婚約破棄されて城から追い出されたと言う話を聞いて、何か力になれないかと思ったんだ」
スタインは最初から知っていたのでした。
彼には占い師のまま、再び私と関わらずに生きていく方向もあったはずです。
「でもやっぱり俺、シナンジュをこのままオーヴェロンに渡したくない」
「スタイン……」
まさかスタインがこんなにも私の事を昔から思っていてくれていたとは。
私の心は小鳥の心臓の様に高鳴りました。
「でも貴方の占いだと、私はこれから殿下と」
「占いなんて、当たらなければどうという事もないだろう?」
そう言うと私シナンジュの唇をスタインは奪います。
そんな私達を祝福するかの様に、ミカが白い羽を空から散らしてくれていました。
その後の顛末ですが、私達はアフランシお兄様の援助を頼って隣国で暮らすことにしました。
また、オーヴェロン殿下は私の後に異国出身の婚約者を娶られたそうです。しかし王の婚約者には自国出身の婚約者を選ばなければなりません。殿下は屋烏之愛のために王位継承権を放棄し、異国へと渡られたとか。
代わりにオーヴェロン殿下の姉君がこの国の女王として王位を継ぐ事になったそうです。
ちなみに私の姉であるクエスは公文書の隠蔽及び改竄がバレて冷凍刑となり、今も公文書院横の氷の牢獄で凍りついているらしいわ。
お読みいただきありがとうございました
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砂塵の小説を読んで頂けるとありがたいです
8/1 スタインの最後の台詞の青いは全て緑色の間違いでした。申し訳ございません修正致しました