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魔女裁判後の日常  作者: 一桃 亜季
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魔女裁判後の日常8「世界の理」

偽りの神々シリーズ

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢

「封じられた魂」前・「契約の代償」後

「炎上舞台」

「ラーディオヌの秘宝」

「魔女裁判後の日常」


シリーズの6作目になります。

 リンフィーナという名前はサナレスがつけた。


 人の名前としては少々珍しかったが、他国に伝わる秘宝と言われる蒼い宝石の名前だった。

 サファイアといったかな?


 昔サナレスが若かったころ、船乗りになってその宝玉を手に入れたいと思っていた。自由気ままに旅に出て、美味しいものを食べ、美しいものを愛で、経験したことのないことを経験する。次期総帥という重責を受け入れるまでは、それこそが至福だと思っていた。


 ところがひょんなことから転がり込んできた、妹という宝玉は、サナレスの人生観を一変してしまった。

 旅に出たり、遊びに出たり、そんなふうにふらふらすることよりも、妹の側にいようと思った。毎日浴びるように酒を煽り、気まぐれに渡り歩いていた女遊びも、酒臭くなってはいけないとぴたりと止んだ。


 本来ひとつのことに夢中になると、とことんまで追求する性格である。


 母セドリーズが用意した養育係の雇用に待ったをかけて、サナレスは自らが彼女の側に置く人間を厳選し、時間をつくっては彼女の養育に自身が積極的に参加した。

  ラーディアでは異端とされる髪の色をとやかく言われることがないように、神殿においては自分の西の宮の奥へ部屋を用意し、極力少女の姿が目に触れぬように配慮した。


 ある時ジウスに尋ねたことがある。

 ソフィアという魔女について。どうして彼女はこの世を去ったのか。それからどうして、幼い体神をこの世に残して行ったのか。


 伝説となりつつあるソフィアという魔女は、星一つを滅ぼすような強大な魔力を持っていた。しかし小さな命ひとつを残して、何故に命尽きたというのか。納得がいかなかった。


 ジウスは言った。

「厳密に言うと、ソフィアは眠っているだけだ。そしてこの娘が生まれたのには、ソフィアを再び復活させたいという願いが込められている」

 長く生きられなかった魔女のために、この娘が存在する。


「それでは体神とはいったいなんなのですか? 個人の人格はどうなってしまうのです?」

「もともと神の思慮と願いで作られるのが体神だ。願いが成就されるか、もしくは砕けることがあれば、体神は跡形もなく消えていく存在。長く生きることも稀だ」

 だからーーあまり深く情をかけては、おまえが苦しむだけになる。


  聞かされた言葉は残酷で、リンフィーナの成長を見護りながら、いつもどこか脳裏に焼き付いて離れなかった。

 けれど数年が経ち、いつ奪われてしまうかもしれない小さな命はすくすくと育ち、彼女が体神であるなどとは、何かの冗談だったのではないかとさえ感じることもあった。ーーいや、何かの間違いであって欲しいと思わずにはいられなくなっていた。


 けれど、今回の一件で、体神というものが身近になった。

 アセスが作り出した、リンフィーナの守護を目的とした体神は、その思いを遂げて跡形もなく消えてしまった。

 いつかリンフィーナが自分の元から消えてしまうのだという不安は常に抱えてはいたが、体神というどこか絵空事だった彼女の出生が、あの一件で急に現実味を帯びてくる。


 ましてソフィアは実際に彼女の中に目覚めてしまった。もしこのまま、リンフィーナが意識を取り戻さずに消えてしまったら、彼女を感じることはもう二度となくなってしまう。


  食事を終え、自分を見つめてくる妹はそのままの姿であるのに、今は彼女とは違う人格が支配している。

「身体が衰えてしまって思うように動かない」

 そう言いながら四肢を伸ばそうと頑張っている姿は、愛しい面影のままであるというのに。

 ソフィアという魔女が彼女の生命維持装置となっている今はどうすることもできなかった。


  ソフィアは言う。

「私は体力が回復したらここを出て行くつもりだ」

 なにを勝手な、と咎めようとしたが、言葉を飲んだ。確かにここに何時迄も滞在しているリスクも相当なものだ。


「シヴァールが気になるのか?」

「そうだ。あの魔道士すこし厄介な相手だ。万全の体制であれば私の方が力は上だが、このように弱った身体では、戦うことはできない。今ここを襲撃されたら、たまったものではない」

 戦力の低下を冷静に口にする彼女が正しいのは承知している。


「しかし、今はどこへ行っても」

 危険であることには変わりない。王都ダイナグラムへ行けば、ジウスの結界に護られるかもしれないが十日寝ずに馬を走らせなければならない。安全な場所など思いつかなかった。


「ひとつだけ良い隠れ場所がある」

 ソフィアは言った。

「この世界には、この世界のことわりがある。ーーだからもし、ことわりを知りたいのであれば、行かなければならない地点がいくつかあるし、そこを超えてきた人物を訪ねるべきだ」

 妹の体を借りた魔女は言った。

「魔女裁判後の日常9」:2020年11月6日

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