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魔女裁判後の日常  作者: 一桃 亜季
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魔女裁判後の日常8「子育て」

偽りの神々シリーズ

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢

「封じられた魂」前・「契約の代償」後

「炎上舞台」

「ラーディオヌの秘宝」

「魔女裁判後の日常」


シリーズの6作目になります。

        ※


 ラーディアの中央神殿はジウスが住まう場所だけあって神域とされ、一般の民は、月一度ある定例会以外は出入りを許されていなかった。そこで遣える神官と女官のみが各々の持ち場に着き、神域が汚されぬように配慮されているのである。


 そんな神殿の奥深くを訪ねたサナレスは、一瞬、目の前に異様な光景を見て絶句した。

 ジウスが、聖母さながらの格好で、乳飲み子ほどの赤子を腕に抱いていたのだ。


 ちょっと待て……。

 母に頼みにくるまで、ジウス自らが子育てしていたというのだろうか。


 信じられない思いで、思わずその子を指差したが、その指がわなわなと震えるのをサナレスはとめられなかった。

「まさか……、父上が……ジウス様自ら、面倒をみていらっしゃったのですか?」


 手厚く抱きかかえて、優しく微笑みを向けている姿は、サナレスには現実に思えなかった。しかしジウスは、何を動揺しているのかと微笑んでいる。

「そうなのだ。本来であれば私がずっとこうしていたいのだが、周囲のものが体裁を言い出してな。お前の母に育ててもらうように進言されてしまった」


 ジウス自らの子育て――それは、さぞかし周囲も阻止したかっただろう。

 一族の父、ラーディオヌ一族の総帥は、神そのものだと位置づけられている。その総帥自らが神殿奥で日夜子育てとは、自分が神官でも断固として阻止するだろう。

 しばらく言葉を失くして立ち竦んだが、その間も赤子はジウスの長い髪をぎゅっと握って振り回している。


 これほどの慈悲をかけるとは、やはりジウスの隠し子なのか。

 それではいったい母親は何処に?


 サナレスの複雑な心情を読み取ってか、ジウスは笑った。

「残念ながらおまえの想像は間違っている。彼女は私の大事な人の忘れ形見で、私の子供ではないのだ」

「忘れ形見?」

「ああ。先代に他族から嫁いできた皇女の忘れ形見なのだ。私にとっても我が子同然だが、血の繋がりはない」

「血の繋がりがない? 先代の子供であれば、ジウス様の腹違いのご兄妹ということではありませんか?」


 というか……。ちょっと待て。

 サナレスは思った。


 ジウスの世は2千年続いてきている。先代の子供が赤子だなんて、いったいどういう時代背景だ。しかも先代は2千年前に亡くなっている。事実ならこの赤子は2千歳を超えていることになるではないか。


「先代は私の本当の父ではない。あの次代は母が母神として尊命していて、父はいわゆる飾りものの王だった。私は母が他所で作った子供だから、先代との血の繋がりがないというわけだ」


 初めて聞く話だった。

 ややこしい。


 歴史書に認められている内容と、まったく違う。

 けっこう重要な内容を口にしているように感じたが、ジウスは世間話でもしているかのような気安さだ。

「母は体裁を重んじるタイプだったからね。母神として女帝の地位にありながら、体裁で父を総帥にした。そのとき父に事実上嫁いでいたのが、この娘の母親なんだ」

「年代が全然合わないと思うのですが……」


「ああ。お前の言いたいことはわかる。それでいうなら、この娘は私と同じ年齢ぐらいだろうというところか?」

 うなづくと、それはあんまり失礼な話だね、とジウスは赤子に語りかけた。

「彼女は体神だ。お前も聞いたことがあるだろう? 人と神を確実に隔てたラバースという能力で、人が生まれるといった話を」


 それは……。

 文献で読んだ知識はあったものの、ただの夢物語だと思っていたサナレスは、息を飲んだ。


「――そんなこと可能なのですか?」

 そんな非科学的な、と付け加えたくなる。


「実際そういうことが出来る能力があるから、我々は神と言われているんだ。彼女の実の娘だったソフィアは、もうこの世には存在しないが、ソフィアの分身であるこの娘がこうして魂を持った」

 どこから見ても、普通の赤子に見えた。


「それで突然、どうしてその赤子がジウス様のところへ?」

「それが少し複雑な話でね」

 ジウスは言及を避けた。


「私にーーその娘を、妹として育てよと?」

 さらに問いかけると、ジウスは首を振った。


「育ててくれとは言わない。けれど世間的にはお前の妹として迎えてやってほしいのだ。この娘は私と同じ、銀色の髪。アルス大陸でこの髪の色を異端視する者が多くいるのもわかっているだろう? 彼女を護るには、それなりの地位が必要だ」

「それは……」

 即座に断ろうと思っていた言葉を思わずつまらせてしまった。


 ジウスが玉座から立ち上がり、娘を抱いて近寄ってきたからだ。

 青い双眸が、サナレスのエメラルドグリーンの瞳を捉えた。


 なんという、美しさだろうか。

 その瞳は炎のようで、それでいて深い湖の底のように深く澄んで、青く揺らめき、時折紫色に変質して見える。

 思いがけず見とれていると、赤子がサナレスに向かって躊躇なく手を差し出してきた。まだ関節すらはっきりしない幼い手は、サナレスの方めがけて伸ばされてくる。まるで側においでと求めるように、空中でサナレスを掴もうと必死だ。


 断ろうと思っていた。

 煩わしいのはごめんだった。まして体神などと、よくわからない出生の娘を妹に迎えるだなんて、お人よしの母でもあるまいし。

 

 ーーそれなのに。

 あろうことか自分は、自分の方へと伸ばされた手を知らぬ間に取っていた。

 赤子は嬉しそうな、言葉にならない声をあげた。

 ジウスの手から、彼女は滑り込むようにサナレスの二の腕に抱かれた。


「軽い……」

 そしてなんという暖かさだろうかと思った。

 ともすれば壊れてしまいそうな、ふあふあとした抱き心地は、今まで経験したことがない感触だった。


「どうやらサナレス、お前を気に入ったらしい」

 ジウスは屈託なく笑った。


 赤子はじっとサナレスの腕の中で、瞳を覗き込んできて、首をかしげる仕草をしたかと思うと、たどたどしい様子で、「サナ」と発音した。


 そのときどんな感情が自分に巻き起こったのか、とても説明できなかった。

 何があっても、頼りないこの命を護りたいという思いが芽生え、それが深い愛情へと変わっていくのは、瞬く間の出来事だった。


「仰せの通りに」

 サナレスは赤子の瞳を見つめながら承諾した。

「魔女裁判後の日常8」:2020年11月5日

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