魔女裁判後の日常3「不本意」
偽りの神々シリーズ
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
「魔女裁判後の日常」
シリーズの6作目になります。
眠れる少女を前に困り果てて居るのは、何もサナレスだけではなかった。彼女の中に覚醒した魔女ソフィアも、突然身体の主人である少女が、強固な姿勢で身体の機能の一切を停止してきたので悶絶していた。
本来意識がないのであれば、ソフィアが表面に出て、これ幸いとばかりにこの身体を頂いてしまえばいいのだが、あろうことかこの少女は自分を外に出すことも、頑な(かたくな)に拒絶した。
それだけではない。文字通り身体の機能すべてを停止させたものだから、ソフィアが意識を手放せば、呼吸することすら怠けてしまうのだ。
それほどまでに、死にたいのかと思う。
彼女の身を心配し、献身的に尽くしてくれるサナレスが側にいるというのに、この我侭な小娘は、そんなに世の中に絶望したとでもいうのだろうか。
それならばいっそ、この身体を開放して勝手に死んでくれ、と罵倒したいくらいである。
せっかく目覚めたばかりの自分を道連れにするのはやめてほしい。
サナレスが甲斐甲斐しく面倒を見るたびに、ソフィアの心は痛み続けた。苦しみに弱っていく彼の気配を感じるたび、薄情なこの小娘が憎たらしくてしかたがなかった。
いっそ取って代われたら、と思う。
けれどたとえ、自分が無理にこの少女を完全に葬って、身体を支配したところで、サナレスはそれを認めないだろう。それどころか彼女をどうしたと、逆恨みで殺されかねない。
どうしたものか――。
呼吸はしなければならない。心臓は動かさなければならない。
そうしなければ死んでしまう身体である。
けれど表面に出て身体を動かせば、サナレスからどんなに非難されるのわからない。ソフィアは困り果てていた。
自分の横で、静かにサナレスが泣いていた。
地獄の底でも弱音ひとつ吐かなかった男が、なす術もなく泣いている。
涙が自分の皮膚に吸い込まれた。
苦しくて、大きく息を吸い込まなければ、本当にこのまま死んでしまいそうだった。
けれど自分の出番ではない。
『はやく目を覚ますのだ、この馬鹿娘!』
途方にくれて手足をじたばたさせたいほどのストレスだった。
サナレスに抱きしめられる。
サナレスの想いが流れ込んでくる。
想いが痛いなんて、初めての経験だった。
『呼吸を止めて、それで自分ともどもこの私を葬ったところで、事が解決するとでも思っているのだろうか?』
そうではない。そもそもソフィア・レニスを崩壊させたのだって、ソフィア自身は与り知らないことだった。
どちらかというと被害者だ。とばっちりだ。
不本意は愚痴めいて口をつく。
「リンフィーナ」
サナレスが少女の名を呼んでいる。
もう、不本意ついでだと割り切るしかないのかと思った。
このままじゃ少女もろとも餓死寸前だ。
サナレスが抱きしめてくる。
ソフィアは思い悩んだ。悩んだ末彼女が選んだのは、抱きしめてくるサナレスの背中に、己の腕をまわした。
死んではいないことをアピールするために、しっかりと背中に腕をまわし、指を立てる。
「とりあえず、何か食べるぞ」
二人して死んでしまっては、元も子もないではないか。
「魔女裁判後の日常」:2020年11月1日