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魔女裁判後の日常  作者: 一桃 亜季
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魔女裁判後の日常2「ラーディオヌの使者」

偽りの神々シリーズ

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢

「封じられた魂」前・「契約の代償」後

「炎上舞台」

「ラーディオヌの秘宝」

「魔女裁判後の日常」


シリーズの6作目になります。

        ※


 ラーディオヌの使者と名乗った少年の話を聞く前に、色々とすることがあった。

 ここに来る前に少年は何度も危ない目にあったようで、あちこち怪我をしていたため、その手当てを必要としていたし、飲まず食わずだったのか、飢える一歩手前の状態だった。

 そんな悠長なことをしていられないと興奮する少年を落ち着かせ、サナレスは食事を与えた。


 数日振りに食べ物の匂いを嗅いだサナレスも、皮肉なことに自分が未だこの世のものだと実感することになる。

 リーインは少年と一緒に、サナレスにも暖かいスープを出し、残すことは許さないとお節介を焼いてきた。愛するものを失ってしまうということは、衣食住すら崩壊していくことだ。生きなくてはならないのに、緩慢に拒否してしまう。情けない話だと、サナレスは自嘲した。


 人心地ついたナンスは、覚悟を決めたような目をしてサナレスの前に座っている。目の中に力が宿っていて、今のサナレスにはまぶしかった。

「何からお伝えすればよいのかわかりません。それでもリンフィーナ様の兄上であるなら、お力を貸していただけませんか?」

 ナンスの言いたいことは、彼がここにやってきて頭を下げた瞬間から察知することができた。


「それは、あいつが魔道士になったことと関係するのか?」

 ずばり言いにくかろう事をこちらから暴露してやると、ナンスは泣きそうな顔で目を見張った。どうしてそれを知っているのかと問いたい様子だが、その言葉すら出てきそうにない。


「で、具体的に力を貸すとは、どういったことを望んでいる?」

 魔道士を元に戻す方法など、知っている者などいないというのに。サナレスは吐息をつく。

 彼はリンフィーナに会いにここまで来たのだ。望んでいることの検討も、実のところ察しがついていた。

「リンフィーナ様をラーディオヌ一族に呼び戻したいのです」

 少年の発した言葉は、サナレスの予想を裏切らなかった。

 アセスを失い、あれほどリンフィーナが取り乱したのだ。アセスの方も魔道士になったとはいえ、彼女を求めているのが道理だった。


「せっかく来ていただいたが、それはできない」

 しかしサナレスは、抑揚のない声で少年の願いを却下した。


 できない理由を説明するよりも、リンフィーナの状態をナンスに見せるほうが、話が早いと考えた。

 サナレスは立ち上がり、一緒についてくるようにとナンスを案内した。


 ナンスはリンフィーナが眠っている部屋に入ると、言葉を失くして立ち竦んだ。

 腕に管を通され、青白い顔で横たわっているリンフィーナは、少し見ただけでは生きているようにすら見えなくなってしまっている。げっそりと頬がこけ、骨格が顕になってきている少女は、ナンスの知っているリンフィーナとは、様相を異にしていた。


「どうして……こんなことに?」

 サナレスの顔を振り返り、理由の説明を求めてくる。

「彼女の目の前で、――人が死んだ」

「そんなことで……」

「死んだのは、アセス・アルス・ラーディオヌだ」


 言葉が足りないのは承知していた。

 しかし事態は複雑で、もやがかかった思考回路では満足な答えを返せない。


「アセス様は生きていらっしゃいます。私はアセス様の命にて、こちらに来たのですから」

「ああ確かに。ーーアセスは死んではいない……、死んだのはアセスの分身だ。リンフィーナを愛して、彼女を護ろうと、それだけのためにアセスが作り出した、彼の分身」

 ナンスは顔色を変えた。さすがはラーディオヌの氏族だけのことはあり、理解が早い。


「ラバースですか?」

 サナレスはうなづいた。

「そうだ。アセスの能力で生まれた彼の分身が、彼女を護って、目の前で消えていった。それから彼女は、ずっと目覚めない」

 言葉を発することすら疲れた面持ちで、サナレスは再びリンフィーナの側にひざまづいた。

 衰弱がひどくなり、彼女の生命力は弱っていく一方だった。


 自分の存在を全否定するかのように、彼女は誰の呼びかけにも応じないのだ。

「わかっただろう? この様子で、彼女を動かすことはできない……」

 リンフィーナの頬を触りながら、サナレスは言った。


 果たしてこの状態のリンフィーナに、例えアセスがここに足を運んだところで、面会させて良いものかどうかも、わからなかった。現にもし、アセスをここに連れてくることが最善ならば、サナレスはすぐにでも実行していた。


 一時はアセスが生きていると知れば、彼女はまた生きる活力を取り戻すかもしれない、と考えた。けれど同じような悲劇が、繰り返されないとも限らないではないか。


 いつになく弱気になっているのはわかっていた。それだけアセスの分身の死は、サナレスにとっても大きな打撃となっていた。仮にこれが、彼の体神ではなく、彼本人の身に起こったことであれば、世界は一族の総帥を失っていたのだ。そしてリンフィーナはまた自らを責め――。


 巻き込んだ上に、もう一度命を落とさせることなど、サナレスにはできなかった。

 そんな思いは、一度で十分だ。


「すまないな、力にはなれない」

 サナレスは目を閉じた。とにかく今は、一刻も早く彼女自身が回復してくれることだ。

「リンフィーナ……」

 ナンスが、彼女が眠る寝台の足元に膝を折った。


 サナレスからの返答に虚脱状態になりながらも、ナンスはリンフィーナに話しかける。

「ねぇ、リンフィーナ。アセス様を助けて。貴方に会いたがっているんだ。お願いだから、リンフィーナ……」

 必死に訴えるナンスを、サナレスは制した。


「これ以上彼女を追い詰めるな」

 ナンス以上に、サナレスもアセスの事が気にかかっていた。魔道士になり、随分と日が経ってしまった。彼がどのように変化しているのか、想像もできない。


 ソフィアが言っていた。

 ある程度の力を持つ術士なら、魔と契約してしまうことは何の支障もないと。むしろその方が合理的だと。

 けれど魔道士であるシヴァールを見たとき、あれは、完全に人とは一線を画していた。彼自身が魔物になったのか、それともただ魔物に取り込まれたのか、人ではなかったのだ。魔道士であるソフィアもまた、人知を超えた力ゆえに、魔女だと言われている。


 魔を受け入れて正常でいることなど、人に可能だとは思えなかった。

「妹が回復すれば、私はラーディアに戻る。そしてジウスに、事を相談してみよう」

 励ますようにナンスにそう言うが、彼はリンフィーナにとりすがった。

「それでは遅い……。アセス様はもう一族内外から疑いの目を向けられている。早く元に戻さなければ、掟に従い処刑されてしまう。リンフィーナ、目を覚まして! リンフィー……」


 サナレスはリンフィーナを揺り動かそうとするナンスの肩を押さえた。

 サナレスはアセスの体神と約束をしていた。サナレスの身体を取り戻し、それからアセス本人をなんとかしようと。約束を違えるわけにはいかなかった。


「少し待ってくれ。こんな状態の彼女を置いて動くわけにはいかないんだ」

 サナレスは苦しそうにうめいた。

 リンフィーナとアセスへの過度な心配事で、板ばさみの状態だった。


 せめて彼女が自分の身体を、少しでも動かしてくれたら。

 せめて目を覚まし、食事をしてくれたら。


 世界中駆けずり回ってでも、アセスを元に戻す方法を探しに行くというのに。

「リンフィーナ……」

 サナレスは少女の名を呼んだ。

 知らぬうちに、涙が頬を伝い、リンフィーナの顔にかかった。上半身を起こし、サナレスはリンフィーナを抱きしめた。


 このまま彼女が目覚めなければ、生きていくことすらできそうにない。

 抱きしめている体が震え、胸がつまっていく。

 愛している。

 わたしを見てくれ。

 伝わらない思いは、涙となって沈んでいくようだった。

「魔女裁判後の日常2」:2020年11月1日

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