魔女裁判後の日常118「やり直し」
偽りの神々シリーズ
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
「魔女裁判後の日常」
シリーズの6作目になります。
異世界転生ストーリー
「オタクの青春は異世界転生」1
「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」
※
「リンフィーナ……」
アセスが彼女の名前を呼んで、サナレスは意味不明なことを口にする。
「ーーあ、こんなところで黒髪から元に戻ったのか?」
「さっき効力が切れてしまったみたい」
苦笑して髪の毛をひとつまみした彼女は馬車から降りてきて、サナレスの横に並んだ。
「アセス様!」
その脇から、成長途中の少年も飛び出してくる。
二人はアセスの容姿の変わりように一瞬息を呑んで、血相を変えている。
「ボスも一緒なの!?」
少年は、元々は自分の舎弟に入っていたナンスだった。ナンスは自分とアセスを交互に見て、アセスの変貌を自分のせいかと険しい目つきを向けてくる。
飛んだ濡れ衣を着せられそうな事態に、更に一歩この場から遠ざかりたくなって、ヨースケは現状を客観視してしまう。
「アセス様、主人の命によりリンフィーナ様を連れ帰りました」
ナンスはアセスの前に膝ま付いて、彼の側近らしい態度をとる。自分の舎弟を出て、アセスの側近になると言ってきた彼は、ブレずに主君に仕えているようで、それゆえにアセスに対して無礼を働くという前科がある自分を警戒しているようだ。
「ーー待ちくたびれましたよ、ナンス。よく無事戻りましたね。リンフィーナと共に館に帰りましょう」
「はい」
人の耳目が集まる中、アセスは一歩前に出てリンフィーナの手を取ろうとした。
それなのに銀髪のラーディアの皇女は、アセスの伸ばした手を避けるようにサナレスの後ろに身を隠し、彼の肩ごしにしかアセスを見ない。
「ーーリンフィーナ……?」
アセスは差し伸べた手を虚空でとめ、サナレスの後ろに身を引いたリンフィーナの表情を確認しようとする。
「リンフィーナ……」
彼女を望むために一族さえ変えようとしたアセスが、彼にしては珍しく感情を露わにして幸せそうな顔をしているのに、彼女はアセスが近寄ろうとすればするほど、サナレスの身体を盾にしていく。
みるみるうちにアセスの表情は凍りつき、伸ばされた腕は虚空をつかんで、重力に引き寄せられた。
「リンフィーナ、アセス様はもう一度ちゃんと貴方とのことを考えているんだ」
ナンスがアセスの代わりに、彼女の名前を呼んで一緒に来てくれるように頼む。
けれど彼女は頑なに一歩もその場を動かなかった。
「リンフィーナ!」
アセスは地面を見つめ、呼び寄せるように望む女の名前を短い息で口にしたが、彼女はアセスに近寄らなかった。
アセスの目の前に立っているサナレスだけがアセスの真正面に立って、その場を取りなすように目を細める。
「私たちはラーディア一族に戻る。おまえとのことは、後日改めてな」
サナレスは冷静で、それどころかアセスに対して今にも二の腕を回しそうなほど、懐かしそうに、ーーそして心配そうな眼を向けている。
アセスは視線でサナレスの気持ちをなぞるようにして、自分の手を口元にやった。
「ーー勝負はこれから、ということですね……?」
確認するようにゆっくりと言ったアセスに、サナレスは軽く首肯した。
「おまえが過去、私の過ちに寛容だったように、私も公平性を保っているよ」
決意した眼差しでいるサナレスは、アセスと同じ土俵に上がったということだ。
「ラーディアのサナレス。ーー貴方を信じよう」
サナレスの言葉を判じてアセスは潔く脇に避けて、貴族らしく敬礼して道を開けた。人目がある場所で、サナレスもアセスに花を持たせて深く頭を下げる。
その時サナレスが身を低くした後ろで、リンフィーナという娘が動揺している顔が目に入った。
彼女はなんとも言えない複雑な顔をして、アセスに一瞬何かを言いかけ、躊躇ったまま視線を伏せてその場を動かない。
気持ちがない相手に対してとる様子ではなくて、ヨースケは余すことなく彼女を観察した。
アセスはサナレスに対しての誠意を見せて頭を下げているため、彼女の表情を見ていない。
ヨースケは思った。 勝ち目はある。
当事者以外からは望みはゼロではないように見え、このままアセスの味方をしたいと思った。アセスの味方をするということはつまり、ラーディオヌ一族を発展させていくということだから。
サナレスが率いる一行は、路肩に移動したアセスと自分の横を通り過ぎていく。
アセスはたった一人、その一行が完全に通り過ぎるまで面を上げなかった。
魔女裁判後の日常:2021年3月1日