魔女裁判後の日常114「死が二人を別つまで」
偽りの神々シリーズ
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
「魔女裁判後の日常」
シリーズの6作目になります。
異世界転生ストーリー
「オタクの青春は異世界転生」1
「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」
※
「今日はよくやった」
サナレスに言われてリンフィーナは黙った。
ナンスに伝えたように、ーー明け透けに怖かったよ、とサナレスには言えなかった。サナレスの庇護を、妹として離れようとしているから、なおさら隠さなければならないこともある。
「サナレス、ーーまた赤ん坊を引き取るの?」
母親から生みたくもないと言われ拒絶された子供を、サナレスが肩に乗せているのを見て、リンフィーナはその子を自分の方に抱き寄せて聞いてみた。
「兄様は望まないまま、こんなふうに私を引き受けたの?」
自分の出生からサナレスの妹になった経緯がわからなくて、少し辛くなってサナレスの愛情を試してしまう。
同じでは嫌なのだ。
優しい兄は亡くなった親友の子供の後見人も引き受けたことがあった。兄妹でなかったのであれば、自分も彼らと同じなのだろうか。
迷うようにサナレスに近寄り、肩に頭を預ける。
「どうした、リンフィーナ?」
「兄様が子育てするの、これで三度目になるんだね」
一人目の子供は親友と幼馴染の間にできた子供だと聞いていた。二人目は、ジウスから体神でも妹として育ててくれといった自分。三人目は、この半魚の奇病にかかった赤子になるのだろうか?
「お前はまた、私に結婚の縁はないのに赤子には縁があるみたいに言ってくれるなよ」
サナレスはリンフィーナの首に、後ろから軽く腕を回した。
「それで何? 私がお前を望まないまま引き受けたって? 相変わらずリンフィーナ、お前は自己肯定感が低いな」
頭の上に顎を乗せて、サナレスは赤子ごと自分をあやしてくる。
「私が血縁にして子育てさせていただいたのって、お前だけなんだけどな。後見人と子育てに携わるのとは、意味合いがだいぶん違うのだし……」
それじゃ不満なのか、と問われたので、リンフィーナは正直に気持ちを口にした。
「あのね……、でもそれってジウスからの頼まれごとだったし、体神という特殊な事情だったから、仕方なくそうしたんでしょう?」
基本的に自由人でいたい人に思えるサナレスが、好んで引き受けるなんて思えなかった。
「はぁ」
サナレスはそんなふうに考えていたのかと呆れ顔になった。
「望んでいなければ、子育てに携わったりはしない。血縁として引き受けたからといって、養育者を雇えば済むだけなのに、ーーあんまり寂しいこと口にするなよ」
「だって……」
目頭が熱くなって、泣きそうになるのを懸命に堪える。
「私を独り占めしてやると、自信たっぷりに胸を張っていたリンフィーナはどこへ行ったのやら」
素直に甘えられないなら、もう一度無理やり妹にしてしまおうかというサナレスの顔を、リンフィーナは半泣きになりながら見上げた。
「でも、私は皆と違うでしょう? ーー今日、出産に携わって本当に……、体神って何なんだろうと思った。産まれる時も人の腹からではないし、作り出した人の望みが叶ったら消えてしまうなんて、そんなまやかしのような命って……」
そもそも誰が自分という体神を作り出したのかすら知らず、何を望んで自分を生み出したのかのもわからない。
「それに、私を作り出した人の望みって、叶ってしまったら私は消えるんだよね……」
溜まりに溜まった不安が、弱音となって出てくると止まらなくなった。
「異形かもしれないけれど、この赤子はちゃんと母親がいて、血が通っていて……。私はーー」
「リンフィーナ、気持ちはわかったよ」
それ以上言えば余計辛くなるのではないかと気を使い、サナレスはリンフィーナの頭を撫でる。けれど言葉は止まらなかった。
「言わせて欲しい。謝りたいし……。私がいつ消えるともしれない存在だったから、サナレスは私を妹として迎え入れたのだし、本来ラーディオヌ一族のアセスとの婚儀なんて周囲に反対されることを分かっていたはずなのに、私のために整えたんでしょ?」
馬鹿がつくほどの優しさだ。
サナレスはリンフィーナの頬を掌で挟んで、「謝るなんて言うな」と微笑した。
「体神とか妹じゃないとか、そんなことは問題じゃないんだ。おまえの望みを叶えてあげたいと思う私が側にいることを、愛情だと思えないか?」
サナレスの言葉を聞いてリンフィーナは彼の胸に抱きついた。
もう涙を堪えることはできない。
「でも消えちゃったらどうするの? 兄様をまた一人にする。恋人と親友を無くして、ずっと寂しそうだった兄様を、私はまた一人にしてしまう。ーーアセスとの結婚にしたって無理して叶えることなんてなかったのに。大変な目をして、二人がこんなに守ってくれていても、結局消えちゃったらどうするの? 私は体神で、ーー遺体も残らないのに」
自分のためにアセスの体神が死んで、双見のラディまで失って、そんなにまでして守ってもらう価値なんてないというのに。
「やっぱりあのとき……」
心を閉ざして眠りについてしまった方がよかったのだ、と真っ暗な思考回路に落ちていきそうになるリンフィーナに、サナレスは強い口調で諭してきた。
「リンフィーナ、おまえを授かって17年間、私もおまえが今思っていることを、同じように恐怖に思っていたよ。でもねリンフィーナ、人はいつか死ぬんだ。体神だろうが人だろうか、命あるものは死んでしまう。誰が早くに逝くか遅く逝くかなんてのは、それこそ運命なんだと思う」
それにおまえ、こうしてちゃんと生きているだろ?
泣きじゃくる自分を見て、赤子も泣きだし、サナレスは困ったように眉根を寄せる。
「頼むからリンフィーナ、おまえが目覚めないかもしれないと思っていた時、私はーー」
飲み込んだ言葉の重さをリンフィーナは受け止めている。
兄と妹という関係を白紙に戻すのならば、覚悟しておかなければならないことで、だからサナレスは口の端を引き結んで黙ったまま見つめてきた。
「私にとってリンフィーナ、おまえが死が二人を別つまでの相手だよ」
魔女裁判後の日常:2021年2月24日