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魔女裁判後の日常  作者: 一桃 亜季
111/121

魔女裁判後の日常111「説得」

 偽りの神々シリーズ

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢

「封じられた魂」前・「契約の代償」後

「炎上舞台」

「ラーディオヌの秘宝」

「魔女裁判後の日常」

シリーズの6作目になります。


 異世界転生ストーリー

「オタクの青春は異世界転生」1

「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」

 

         ※


 水浸しの廊下には、夕日が赤く染まる夕刻に、王妃が水を撒くのだという。

 気が触れたと女官達はその行動を遠巻きに非難していたが、リンフィーナはその時間を意味のある交渉の取っ掛かりとして待っていた。


 バケツに柄杓という、墓地に水撒くような格好で現れた王妃は、自分の髪すら整えずやつれた様子で部屋から出てきた。

 バケツが重いのか手にした左肩が下がり、曲げた背筋のまま顔を前に出して右手で投げやりに柄杓を持つ。


「王妃!」

 リンフィーナは柄杓で水を撒きながら、亡霊のように館内を徘徊する女性の前に立ち塞がった。

「退け」

 王妃は邪魔な石ころのようにリンフィーナを一瞥して、やりたいことを続けようとするが、リンフィーナは王妃が水を撒く柄杓を無理やり取り上げた。


「無礼な」

 乱れた髪を頬に散らせながら、王妃はリンフィーナを睨んだ。

「私は黄的の王プルセイオンが妃であると知っての狼藉なのか!?」


 リンフィーナは薄暗く、唯一の光が差し込む赤い光の中、女のバケツを蹴り飛ばした。

 カツーッ。

 金属が石畳の廊下にぶつかって、転がる音が木霊して、王妃はさらに険しい顔を自分に向けた。


「無礼はどちらか?」

 王妃が身分を盾に着るのであれば、本意ではないとしてもリンフィーナもラーディアの王女の立場を利用した。

「私はラーディア一族の皇女リンフィーナ・アルス・ラーディア。貴方に願いがあってこの場にいるのに、その対応は不遜で万死に値するのではないか?」


 王妃はやっとピクリと眉の端を上げ、不愉快さを露わにした目を細めて自分を見た。

「貴族か……」

 王妃は自分に一瞬視線を向けたが、見定めるように自分の体を視線でなぞると、興味なさそうに横を向いた。

「ーー王は貴族を讃えたが、残念ながら私は庶民上がりだ。貴族だとか王族だとか、そんなしがらみはどうでもいい……」


  プルセイオン王が港町の漁師の娘を口説き落としたことは、この町では有名であり、サナレスが掴んだ情報はリンフィーナに伝えられていた。

『気持ちが狂う彼女相手に、正攻法は無理だ。身分を伝えても協力は得られ無いだろう』

 なるほど、兄が推測した通りの反応だ。推測通りであれば、と彼女の性格を想定した上で次に話す言葉を口にする。


 効果的なタイミングで。

 神経を逆撫でするように、あえて見下すように横柄に。

 人を怒らす言葉を口にする。


「三人目の王子を追放したのですってね。ーーいえ、暗殺を命じたのでしたっけ?」


 瞬間、女の白い手がリンフィーナの腕に向かって振り回され、すんでのところで身を翻してかわしたが、長く伸びた爪が自分の頬の肌の表皮一枚をかすめる。

 仕留めようとした目標を失った女は体勢を崩して転び、濡れた床に手をついて、憎々し気にこちらを睨んできた。


「水を撒くのは、懺悔の気持ち?」

 リンフィーナは彼女から取り上げた柄杓を、睨む女の鼻先に向けた。

「だったら別の形で償いなさい。この館には、もうひとり王の血を引くお子がいるのです」


「知っている……」

 暗く、底の深い井戸の底から響くような虚な声で王妃は言った。

「あれは人ではない。ーー王は人ではなくなった……」


 リンフィーナは「違う」と言い切った。

「王は病気になった」

 貴方の愛する王は病を患ったのだと、リンフィーナは主張した。体を異形にし、精神まで錯乱させ、奇行に走ったかもしれ無いけれど。

「人は誰でも病にかかることがあるでしょう?」


 王妃は自分の顔を見上げて、苦渋の表情を浮かべている。

「王様……、我が王プルセイオン……」

 懺悔の言葉は、殺してしまったことを悔いていて、彼女の愛情が見え隠れしている。


「この館で治療させてくれ無いかしら? 王の忘れ形見を救うために、治療する方法を探させてはくれない?」

 涙を浮かべる王妃の横に、リンフィーナも膝をついて頼み込んだ。



 

 

魔女裁判後の日常:2021年2月22日

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