魔女裁判後の日常111「説得」
偽りの神々シリーズ
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
「魔女裁判後の日常」
シリーズの6作目になります。
異世界転生ストーリー
「オタクの青春は異世界転生」1
「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」
※
水浸しの廊下には、夕日が赤く染まる夕刻に、王妃が水を撒くのだという。
気が触れたと女官達はその行動を遠巻きに非難していたが、リンフィーナはその時間を意味のある交渉の取っ掛かりとして待っていた。
バケツに柄杓という、墓地に水撒くような格好で現れた王妃は、自分の髪すら整えずやつれた様子で部屋から出てきた。
バケツが重いのか手にした左肩が下がり、曲げた背筋のまま顔を前に出して右手で投げやりに柄杓を持つ。
「王妃!」
リンフィーナは柄杓で水を撒きながら、亡霊のように館内を徘徊する女性の前に立ち塞がった。
「退け」
王妃は邪魔な石ころのようにリンフィーナを一瞥して、やりたいことを続けようとするが、リンフィーナは王妃が水を撒く柄杓を無理やり取り上げた。
「無礼な」
乱れた髪を頬に散らせながら、王妃はリンフィーナを睨んだ。
「私は黄的の王プルセイオンが妃であると知っての狼藉なのか!?」
リンフィーナは薄暗く、唯一の光が差し込む赤い光の中、女のバケツを蹴り飛ばした。
カツーッ。
金属が石畳の廊下にぶつかって、転がる音が木霊して、王妃はさらに険しい顔を自分に向けた。
「無礼はどちらか?」
王妃が身分を盾に着るのであれば、本意ではないとしてもリンフィーナもラーディアの王女の立場を利用した。
「私はラーディア一族の皇女リンフィーナ・アルス・ラーディア。貴方に願いがあってこの場にいるのに、その対応は不遜で万死に値するのではないか?」
王妃はやっとピクリと眉の端を上げ、不愉快さを露わにした目を細めて自分を見た。
「貴族か……」
王妃は自分に一瞬視線を向けたが、見定めるように自分の体を視線でなぞると、興味なさそうに横を向いた。
「ーー王は貴族を讃えたが、残念ながら私は庶民上がりだ。貴族だとか王族だとか、そんなしがらみはどうでもいい……」
プルセイオン王が港町の漁師の娘を口説き落としたことは、この町では有名であり、サナレスが掴んだ情報はリンフィーナに伝えられていた。
『気持ちが狂う彼女相手に、正攻法は無理だ。身分を伝えても協力は得られ無いだろう』
なるほど、兄が推測した通りの反応だ。推測通りであれば、と彼女の性格を想定した上で次に話す言葉を口にする。
効果的なタイミングで。
神経を逆撫でするように、あえて見下すように横柄に。
人を怒らす言葉を口にする。
「三人目の王子を追放したのですってね。ーーいえ、暗殺を命じたのでしたっけ?」
瞬間、女の白い手がリンフィーナの腕に向かって振り回され、すんでのところで身を翻してかわしたが、長く伸びた爪が自分の頬の肌の表皮一枚をかすめる。
仕留めようとした目標を失った女は体勢を崩して転び、濡れた床に手をついて、憎々し気にこちらを睨んできた。
「水を撒くのは、懺悔の気持ち?」
リンフィーナは彼女から取り上げた柄杓を、睨む女の鼻先に向けた。
「だったら別の形で償いなさい。この館には、もうひとり王の血を引くお子がいるのです」
「知っている……」
暗く、底の深い井戸の底から響くような虚な声で王妃は言った。
「あれは人ではない。ーー王は人ではなくなった……」
リンフィーナは「違う」と言い切った。
「王は病気になった」
貴方の愛する王は病を患ったのだと、リンフィーナは主張した。体を異形にし、精神まで錯乱させ、奇行に走ったかもしれ無いけれど。
「人は誰でも病にかかることがあるでしょう?」
王妃は自分の顔を見上げて、苦渋の表情を浮かべている。
「王様……、我が王プルセイオン……」
懺悔の言葉は、殺してしまったことを悔いていて、彼女の愛情が見え隠れしている。
「この館で治療させてくれ無いかしら? 王の忘れ形見を救うために、治療する方法を探させてはくれない?」
涙を浮かべる王妃の横に、リンフィーナも膝をついて頼み込んだ。
魔女裁判後の日常:2021年2月22日