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魔女裁判後の日常  作者: 一桃 亜季
110/121

魔女裁判後の日常110「確認事項」

 偽りの神々シリーズ

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢

「封じられた魂」前・「契約の代償」後

「炎上舞台」

「ラーディオヌの秘宝」

「魔女裁判後の日常」

シリーズの6作目になります。


 異世界転生ストーリー

「オタクの青春は異世界転生」1

「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」

        ※


 この館で女官の開腹手術をしようと思ったら、王妃の許しを得なければならないだろう。

 この館の通路が水浸しになっているのは、王妃が夕刻になると気が触れたように水を撒くのだという。たらいを持って、柄杓で水を巻く行為は、産み落とした皇子を殺せと言った日かた始まった奇行だという。


 王妃の部屋の前まで案内されたリンフィーナは女官について入室の許可を取ろうとするが、王妃から返事がない。

「王妃様、ラーディア一族の女神が……」

 女官が閉じた扉を開けようと声をかけるが沈黙しか返ってこず、リンフィーナは女官を見て首を振った。


「いい。日が暮れる時間になれば彼女は出てくるのでしょう?」

 水を撒くために。


「館内ではなく、女官だけが出入りしているところに、私の兄達を通していいかしら?」

「厨房であれば……。けれど……」

 サナレスが言った通り男性にトラウマがある女官の方は微かに震えて、戸惑っている。

 兄様は大丈夫だと説得しようとして、リンフィーナはふと考える。

 大好きな兄、彼とて女官にとっては男であり、恐怖の対象になるのだろう。


 異性ってなんだろう。

 男っていったい何?


 本能で嫌だと思う男のことは、義兄セワラを拒絶したことで明らかだ。

 けれど、自分は婚約者であるアセスを拒絶した。


 自分が心を許した相手は、兄サナレスと婚約者のアセスだけだ。

 アセスのことは許容している。それどこか彼といると、心臓が爆発しそうなくらいあがらえない吸引力を感じ、彼に触れいたい、そして触れられたい。


 それなのにアセスに男女の行為を誘われた時、無理強いしてきたセワラには恐怖を覚えたのは当然のことだが、アセスのことも受け入れられなかった。

 どうして!?


 サナレスに自分を異性として選べと言いながら、今の今まで軽くあしらわれている。

 サナレスとはずっと、産まれた時から一緒にいて、何度となく彼の胸の鼓動を聞きながら眠ったのだ。


 ふと思うことがある。

 サナレスであれば異性としての行為があっても、怖くはないのだろうか。アセスの時のように躊躇しないのだろうか。


 目の前の女官が無理強いされて孕んだ子供の問題とは違っても、異性を意識せずにはいられない。

 リンフィーナは頭を振った。

 自分の問題とは切り離さなければならないのに、無知ゆえの疑問が膨れ上がる。

 もう、兄様!


 そしてアセス……。

 自分とは違う異性との交わりによって、子供を産むとか、生活が変わるとか、本当にわからない。ラバースという術力で人を作り出す能力についての危うさを、やっと鱗片だけ掴んだところなのだ。


 自らの膨れ上がる不安と疑問の感情を極限まで抑えて、リンフィーナは女官に言葉を伝える。

「信頼できる神ではあるのですが……、ーー異性が嫌であれば、貴方は厨房の外の見張りでいい。少し相談する時間を作ってはくれないか?」

「承知しました」

 王妃が部屋から出てくる夕刻までであればと、不承不承女官は答えた。神としての振る舞いや言葉使いだけでも、精神的に消耗してしまう。荷が重いって兄様、とりんフィーナは項垂れた。


        ※


「よくやったリンフィーナ」

 サナレスとアキを厨房に招き入れたとき、リンフィーナは「よくやってはいない」と唇を尖らせた。


 男女の性について考えていると頭がクラクラして、リンフィーナはサナレスを目に入れるなり、憔悴し切ったように机に突っ伏し、拳で苛々と机を叩く。

「兄様、異形の望まれない子を妊娠した女人の腹を切って、命の保証できるかな?」

 思わず口にしてしまったことだけれど、母子共に命を危険に晒す意見だったと言うことに猛省している。


「どうしよう兄様……」

 上目遣いに机に顎をつけたまま兄を見ると、サナレスは軽く笑った。

「ーーそうするのがいいと、お前が考えるなら可能にするのは私の役割だな」


 兄はやはり頼もしい。

 サナレスの言うことに想像はついていたけれど、リンフィーナには不安でしかなく、まして兄に無理難題を背負わせたのではないかとそわそわしてしまう。

「ううううっ……」

 うめきながら恨めしそうに見つめる自分に、サナレスはくすと笑うだけだ。


「とりあえず急がなければならないのであれば、ラーディアの医療設備を整えさせよう」

「そんなのこんな短時間じゃ難しいでしょう? もう今産まれるかという妊婦を前に、ラーディアから医師を呼ぶなんて……」

 不可能に近いのに、と落胆するリンフィーナの肩に手を置いて、サナレスは「お疲れ様」と言ってきた。


「おまえは戦場に出る流れ組を知らないからな。リュウセイは流れ組……、近衛兵の参謀で医師だし、私は彼の助手ができる。ーー麻酔は、おまえが、薬師になると頑張っていたんじゃないか?」

 三人いればできるだろうと、サナレスは言った。


「まずは王妃に謁見しよう。この館の中で手術できるのかどうかは、彼女次第だ」

 兄が直接交渉してくれるのか。

 それとも一緒に行ってくれる?


 甘えたいのに、そこまでは自分でやり遂げなければならない交渉だと頭を振って、リンフィーナは言葉を飲み込んで決意した。

「その話は私が取り付ける。兄様は……、サナレスは麻酔に必要な薬草を用意して、リュウセイさんに事情を説明して。ここでできるよう、私が場を整えるから」


 自分が薬師になりたいと言った夢を、サナレスは覚えていてくれた。だから信頼して自分の役割を示唆してくれているけれど、サナレスはその上を行く。自分以上に知識が深い。自分が幼いころに薬師になりたいと言った時に、サナレスは先回りして自分が得るであろう知識を彼の中に吸収した。それは自分が行き詰まった時に教え導くためだ。


 呪術を学び始めた時もそうだ。

 金髪の兄は、ーーまして呪術を否定的にとるラーディア一族の次代であるサナレスは、自分が呪術に興味を持った時に、隠れて初歩的な呪術の本をその頭の中に入れたのを知っていた。


 上級呪術はここ最近得た能力であったけれど、サナレスはリンフィーナが行く道のその先を常に歩いてくれているのだ。


 自分の役割にかけても、絶対に王妃を説得する。

 女としてなぜだか成し遂げたいことだった。

 男女関係のこと、リンフィーナにはよくわからない。

 本当によくわからない。


「リンフィーナ」

 ぼんやりしながら顔を曇らせる自分を、サナレスが呼んだ。

「本心を言おう、と約束したから私もおまえに告白する。人を切るのは簡単で慣れている。ーーけれど人を救うために切るのは、おまえ同様に不慣れなんだ」

 サナレスがこんな頼りないことを自分に言うのは初めてで、リンフィーナは兄の顔を見る。


 兄様はいつも完璧で、何を望んでも100%以上の答えを返してくれるのが普通だったのに、どうして不安にさせることを言うのかと、リンフィーナは考えた。

 リンフィーナの頭にサナレスは手を置いて諭す。


「誰でも、不安はあると言うことだ。ーーどう対応するのか。どう真摯に向き合うか、経験知で変わるけれどな」

 できる限りのことをしてみないか?

 リンフィーナの迷う心に火を灯す言葉だった。

 

魔女裁判後の日常:2021年2月20日

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