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魔女裁判後の日常  作者: 一桃 亜季
108/121

魔女裁判後の日常108「味わった恐怖」

 偽りの神々シリーズ

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢

「封じられた魂」前・「契約の代償」後

「炎上舞台」

「ラーディオヌの秘宝」

「魔女裁判後の日常」

シリーズの6作目になります。


 異世界転生ストーリー

「オタクの青春は異世界転生」1

「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」

        ※


「ーー廃王様から伺っておりますが……、何の御用ですか?」

 館の玄関の扉を少し開いただけで、中が通夜並みに陰鬱な状態であることが伝わってきて、リンフィーナは額に手をやって考えを巡らす。


 ここでプルセイオン王がおかしくなった経緯について聞きたいなどと言ったら、門前払いを食らわせられかねない。頭を使わなければ、サナレスが望んでいる情報は得られそうにない。背後でひらひらと手を振って待っていることを決めているサナレスに、唇を尖らせながらリンフィーナは嘘をついた。


「ラーディア一族皇女、リンフィーナ・アルス・ラーディアです。王妃が気落ちされていると聞いて、この地に降り立ちました」

 神の巡業というのはこういう感じなのかと、サナレスが公務で近隣諸国を訪れる時を想像して、作り笑いを浮かべてみる。けれど頬がヒクつくのは、自分が神と言われるような大それた存在ではないことに無理を感じているからだ。


「ーーあなたは?」

「この館の給仕を任されている者です。王妃にはお伝えいたしましたが、ずっと部屋から出てきられませんので……」

 何かに取り憑かれたように暗い顔をしているので、王妃との面会よりも彼女のことを知りたかった。

「構いません、中に入ってもよろしいでしょうか?」


 もっと貴族らしく高圧的に出るのが正解なのかどうかわからないけれど、リンフィーナはさほどの演技もできなかった。それでも暗い眼をした女から、半分以上闇に沈んだ館に招き入れてもらった。


 そこは何かに怯えるように異常に静かで、昼間なのに窓を閉め切り、重厚なカーテンを下ろして光を遮断している。

 女は燭台を頼りに、リンフィーナを館の客間に案内するが、直感でお化け屋敷のような冷気がリンフィーナに鳥肌を立たせる。


 あと気になるのは廊下が水浸しだということだった。うっかりと水をこぼしたというのではなく、渇きを嫌うように廊下や天井に水をぶちまけてあるように見え、その異常さは正常な神経なら耐えられないほどだ。


 ーーということは、この館にいる女は正常ではない。

 天井から水滴が自分の頬に落ち、リンフィーナは確信していた。


 呪術禁止、刃物で立ち回れと言われたけれど、この状況下では何が起きても不思議でな〜いので、リンフィーナは緊張した。


「あの……、あなた妊娠しているんですね?」

 こんな暗い場所を燭台一本の灯で進んで、もし足を滑らせたら危険だと、リンフィーナは気遣った。

 通常なら、こんな水浸しで滑りやすい廊下を、妊婦が歩くだろうか。


「ああ……。神よ。この子は生まれてきていいのでしょうか?」

 ラーディア一族の皇女、つまり神の使いとしてここに来たことになるリンフィーナに、女はどこか感情を失くした声で質問してくる。


 暗い通路で振り返り、腹を撫でながら、彼女はこちらにじっとりとした視線を向けた。

「ねぇ神よ。この子、本当に産んでいいんでしょうか?」


 リンフィーナは動揺を隠すようにわずかに左頬を上げて耐え、彼女に返答する言葉を探す。先ほどまで外にいた空気とはまるで違う時空軸がそこにあるようで、リンフィーナは注意深く歩みを進めた。


「生まれていけないという命はない」

 と、私は思いますけど。


 リンフィーナは皆まで口にせずに、それらしく女に『神の言葉』として伝えようとする。神の寿命が人とは違うことで、自分の年齢が女にとって不詳であることがせめてもの救いだ。自分の実年齢が知れれば、この女の人にとって自分の言葉は何ほどの説得力も持たないだろう。


「何か気にかかることがあるなら、懺悔しなさい。それはあなたの咎であって、腹の中の子の罪ではない」

 女の感情を手繰るように神経を張り詰めながら言葉を紡ぐ。


「神は、咎は私にあると?」

 ぴたりと女は足を止めた。

 つま先に地雷が触れた気がして、リンフィーナも歩みを止める。


「いえ。私はわかる。女はーー」

 適当にその場をやり過ごそうとしたのに、リンフィーナは言葉を止めてため息をついた。


 望まぬ子供。

 けれど殺せない我が子。


 女から察知する感情にぞくりと身震いし、リンフィーナは発作的に女を抱きしめていた。

「恐ろしかったんですよね……」

 自分の願望ではなく、無理矢理体の中に別の生命を宿してしまう恐怖を想像してしまい、リンフィーナ自身の震えを止めるためにも、女の体を腕の中でしっかりと抱いている。


 女にとっては、ただの恐怖ではなかっただろう。

 万が一にもラーディア一族の第二皇子セワラが自分を捉えたあの不条理の時に、感じた恐怖の上を超えている。望まずに相手に支配されることの恐ろしさは、リンフィーナも体感している。


「何があったの?」

 他人事ではない気持ちになり、リンフィーナは女の体に触れたまま確認した。


2021年2月17日

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