魔女裁判後の日常102「ゲシュタルト崩壊」
偽りの神々シリーズ
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
「魔女裁判後の日常」
シリーズの6作目になります。
異世界転生ストーリー
「オタクの青春は異世界転生」1
「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」
※
身体が歪み異形の物に変形していくものは、普通この異世界だと呪いと考える。それなのにサナレスはウィルスの一種として考えていると言い、異世界から来た仲間の名前、リトウ・モリ(森利刀)の名を口にした。
しかも検体が必要だと言っていたから、この世界に生を受けた王族だというのに科学に見識があるらしい。
自分たちのいた世界では、ウイルス変異や菌によって、末梢神経がやられて身体が変形する病気もあった。また食品については遺伝子組み換えなど頻繁に行われていたから、倫理観を無視すれば、生物と生物の遺伝子組み換えも理論上可能になっていた。
アキ・カシキは高野山の火柱神社の跡取り息子で、将来は陰陽師も兼ねる住職になるはずだった。だから、科学についての知見は低く、この世界の人間と同じく呪いの観点から、半人半魚のことを考えてしまう。
ーーだが確かに森くんなら、きっと科学の観点からこの一件を見るだろう。
以前、世に恐れられる魔道士のことを、森は薬物中毒患者と言った。高位の呪術を使ううちに、あらゆる薬に精通しすぎて、完全にラリっちゃった人達のことだね、とも断言していた。
あくまで森は不可思議な現象を目にすることはなく、だから彼の思考回路上は、全てが科学で結論づけられるというロジックになっている。
サナレスも同様なのかーー!?
こんな王族があっていいんだろうか、と考えあぐねる。
イドゥス大陸の総帥は、つまり神官として自分が支えてきた神は、サナレスを次代にと命を差し出して血の契約を行った。
上下関係など露ほども気にしないアキではあったが、現状で自分の主人はサナレスということになっている。認めるかどうかは今後次第ではあるのだが。
彼を手助けしようとついてきたのも、世話になったリーインリーズ伯爵の甥にあたることと、自分の宿敵である芝流火が彼らに同行したがったからだ。
「こいつも、何を考えているのかわらへん……」
宿敵の自分の横で、子供のような形で、子供のように無邪気に眠りこけているのだ。
どうして同室なんだか、と思わずにはいられない。自分が寝首をかくとは思っていないのか。
また、もう一人この部屋を使う寡黙な貴族がいる。
いったいどうゆうーー。
「部屋割りなんだ……」
もう一人の同室者の独り言が自分に一致して、アキは神話に出てくる彫刻のような表情のない美しい男を見た。
「あんたもそう思う?」
あぐらをかいて彼に聞くと、首肯する形で同意を得た。
三部屋を借りたサナレスが決めた部屋割りは、ナンスとラーディアの近衛兵二人、サナレスとリンフィーナ、ウィンジンと芝と自分という奇天烈なものだ。
こういった場合。
「二部屋に仇同士を入れるか普通……」
「貴族は貴族、臣下は臣下にしないのか……」
同時にため息混じりに打ち明けたことは、相反する意見だった。
「あんた、サナレスやリンフィーナの部屋がよかったの?」
「それはそうだ」
この人鈍感だな、とアキは思う。どう考えても間に割って入れない空気があるあの二人の部屋に、よく入ろうなんて思うものだ。やはり貴族の価値観はわからない。
「おまえも私とでは気詰まりだろう」
いや、あんたじゃなく芝といることが、思わず殺意を覚えて大変なのだが。
「じゃあ、ラーディアの近衛兵二人と、そいつらを陥れたラーディオヌ一族の総帥の側近が一緒っていうのはどう思ってるの?」
「何か問題があるのか? 主人の考えが行き違うことは間々あることだ」
アキは頭を抱え込んだ。
こいつは生粋のお貴族様だ。
イドゥス大陸で貴族は、勿論民から貴族として畏怖される対象ではあったが、その中に入ってしまえば、どうして自由奔放な階級制度だ。女性上位なこともあり、世襲や階級よりも付き合いという名の意見交換を大切にし、時に腕力、時に話し合いで気持ちよく問題ごとを解決していく貴族だった。
一方、貴族発祥の地とされるアルス大陸はそうではなく、未だに身分による階級制度が根強く、女性軽視もある一族だと、森と和木から聞かされていた。
でもなんだこの、化石のような考え方?
サナレスやリンフィーナから感じることはなかった、貴族としての当然の振る舞い。奢るわけではなく、生まれた時からそれが当然だと信じきっているラン・シールドの総帥と同じ空気を吸って、アキはゲシュタルト崩壊しそうになる自分の頭を抱え込んだ。
魔女裁判後の日常:2021年2月10日