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『そうですね、今は猛吹雪なので行けませんが、後日天候がましなときに、安置所へカメラを向かわせましょうか』
『お願いします!』
安置所なんて言うと死体が眠っていそうに聞こえるけど、それと大差ないみたい。
魂の抜け殻になった肉体達が、脳を生かすためだけに収納されている施設。
それこそが、本当のわたしがいる場所なんだ。
『アオさん、お願いを聞いてくれて嬉しいんだけど、理由を聞かないの?』
『……理由はなんだっていいと思いますし、理由は箱入り娘で現実を知らないからなんでしょう?』
『はは。まあそうなんだけど』
この際、全てを言っておいた方がいいのかなと思ったけど、同情を買うような真似はしたくなかった。
『それでは、天気がいいときに連絡しますよ。ただ時間の流れが違いますので、そちらの感覚ではかなり後日になると思います』
『うん、そういうのは全然構わないよ。こっちがお願いしているんだし。アオさん、それでね、わたし常識があまりないから、アオさんのお仕事に邪魔になってるとかそういうの自分で分かんないよ。だから、こういうコールが駄目なら駄目って言って欲しい』
『……前にも言ったと思いますが、わざわざこちらにコールをしてくるのはメアリさんくらいなものですよ。だから本当に暇なんです』
『本当にお暇なら、気にせずコールしますよ? 本気ですよ?』
『……こんな自分の話し相手になってくださるのなら嬉しいです』
どうしてアオさんは、こんなにも自己を下に見なすのだろう。
AIらしく堂々としていればいいのに。
手間がかかるわたしに付き合ってくれるほどの、いい人なのに。
『なんでそんなこと言うの。というか、いくらなんでも話し相手がわたしだけってわけじゃないでしょ』
わたしみたいに、興味本位でコールする人は他にもいると思うんだけど。
時間差があるといっても、まだ我慢できるレベルだし。
『……メアリさんは、未だにここにいる自分のこと、どういう存在だと思っているのですか』
『え? 現実からVR空間を見守ってくれる、すごいAI』
今までのやり取りで、感じたことをそのまま伝えた。
それ以外何があるというのだろう。
『いえ、自分はそんな立派なものではありません』
凍てつくような冷気がこちらまで届くようだった。
どうして、どうしてそんなことを言うのだろう。
わたしには見当もつかない。
「あーメアリ、やっぱりまだここにいた! 書類はねー、ぱぱっと修正できたから、すぐに戻ってこれたよ」
急にミユの明るい音声が、この店内に飛び込んでくる。
一瞬嬉しくなるが、冷静に考えるとタイミングが悪いかも。
ミユは先日のドレスを台無しにした件で、アオさんをよく思っていないみたいだった。
話を聞く限り自業自得な気もするけれど。
「あー、えっと、おかえり」
表示されてしまっているアオさんの顔を隠そうと、わたしの体を右に左に回転させるが無駄だった。
宙に浮くホログラムのウィンドウは、自動でわたしの正面に表示されてしまう。
「メアリ、誰と話しているの? ん、そいつって」
ミユの機嫌が、みるみる悪化する。
結婚イベントのときだって、こんなに露骨ではなかったのに。
「あーごめん! アオさん! 人来たからまた!」
手をぶんぶん振って運営フォームの画面を閉じると、通信が終了しましたというメッセージが表示される。
「あー、ミユおかえり。なんでもないよー」
「さっきのやつって、現実にいるAI野郎でしょ? なんで話してるの?」
「えーと、そうなのかな。VR空間の人かもしれないし、誰だか分からなかったかな」
ミユの怒声が、わたしに白々しいことを言わせてくる。
いくらなんでも根に持ちすぎだと思うけどなあ。
「いや、防寒具着込んで顔に霜つけているやつなんて、現実の地球にしかいないでしょ。なんでそいつと話してるのって、聞いているの」
「……さっきの服のエラーのこと、相談しただけだよ」
「そんなの、ここの店員呼べばいいじゃん! それか内部のスタッフでもいいし! メアリはあんなやつと関わる必要ない!」
ミユの言いぐさに、わたしはむーとなって、つい反論してしまう。
「ミユ、いくらお気に入りの服がびりびりになったからって、AIさんのせいにしたらだめだよ」
「私は……! そんなこと、気にしているんじゃない!」
わたしの言葉が地雷だったようで、ミユは子供のようにその場で地団駄を踏みまくった。
「なにそれ、どういう意味?」
「だから、現実に残っているやつと関わらない方がいいって、言ってるの」
「なんで? ミユだって、この前、アオさんにコールしたんでしょ?」
「あれは緊急事態で、内部のスタッフと連絡つかなかったから仕方なく! でもそういうときくらいは、こき使ってやればいい!」
「なにそれ……ミユ、なんでそんなこと言うの……」
ミユは言葉が悪いけど、それでもわたしの大事な友達。
いつも一緒にいてくれる。
さっきだって、仕事が終わればすぐに駆けつけてくれた。
それなのに今は、とてつもない距離を感じる。
「アオさんは、わたし達みんなのために、あの寒そうな世界に残ってくれているんでしょ」
「メアリ。あんたが色々知らないのはしょうがない。それで全然構わないと思うし。でも知らないといけないこともある」
ミユの顔から怒りが消え去って、わたしの肩を抱きながら諭すような声で語る。
「なに。なにかあるの?」
「ねえメアリ、なんでまだ現実にAIなんかが残っていると思う?」
「このVR空間のサーバーを守るためなんでしょ?」
「そうだけど、それを担当するAIはどうやって作られたと思う?」
「それは、すごい技術者の人達が頑張って、でしょ?」
「違うよ。誰かが現実に残らないといけないと分かったときには、科学者の殆どは死んでいるかVRに移住しているかだったの。0から都合のいいAIなんかを作る時間も人手もない」
「え。じゃあ、どうしたの」
「元々は生きていた人間だよ。どうやって改造したのかまでは知らないけど」
不思議とそれ自体は意外には思わなかった。
実際にアオさんと話してみると、人間と大差なかったし。
だけどわたしの胸の中には、様々な感情データが往来して、はち切れそうになる。
「え? でも、あんな寒そうなところで人間が、一人で? しかも改造とかってそんなこと、許されるの……?」
それはまるで、罰ではないか。
わたしの心の中を読んだように、ミユは聞きたい答えを与えてくれる。
「それはね」
ミユは、目を見開いて、わたしにはっきりと冷たい音声情報を送信する。
そしてそれを、わたしのあまり優秀ではない聴覚センサーがしっかりと受信するのだ。
「あいつは、太陽と一緒に死んでもいいようなやつなの」




