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『ん? え? そうなの?』
思い返せば、確かにミユは髪色を変えたとか、ほくろを消したとか、毎週のようにわたしに報告してくる。
それに対して、わたしは一度だけ勇気を振り絞った限り。
恥ずかしさを打ち消すついでに、他の人の修正事情を聞いてみたくなった。
『アオさん、普通の人って、よく見た目を変えるものなの?』
『他の方の情報をお伝えするのは、ちょっと』
『ああ、そうですよね……』
『まあ、あくまで一般論ならお話ししますよ』
『それでお願いします!』
シュンとしたわたしを見かねてか、アオさんは業務的な態度を若干崩したみたい。
『VR空間では髪型、髪色は皆さん隠さずによくされていると思いますが、意外なのは目の色も多いですね』
『そんなことしたら、色が変わって見えない?』
『いえ、見た目だけで、機能は変えません。視力もそのままです』
『はー便利だー』
そう言えば、わたしの視力は2.0で、ミユも同じ。
永遠に変わらないから検査もしないし、眼鏡は完全にファッションとしての需要しかないという。
『他には、体型等の基本データは初回ログイン時に、みなさん理想の体にされますね。最初にログインした時は、現実の体を取り込んだデータになってますから、痩せたり、身長を延ばしたり、メアリさんと同じことをされたりします』
『うるさいなーもー』
『……あれ、でもメアリさんはログイン時に、筋肉質な体になるよう修正していますね』
わたしは記憶があいまいだけど、最初は少し体型を太くしたような気がする。
ちょっと痩せ過ぎていたから。
『確かに、そうだったかも』
『まあ兎に角、普通は色々修正するのですよ。VR空間で生活されるうちに、ほくろやシミや現実での怪我の跡が気になってくるから、それらを消す処理をされるんです。でも、メアリさんは最初以外一切そのログがない』
『えーと。ほくろは気になる場所にはないし、怪我もしたことないし』
『怪我をしたことがない?』
アオさんの変な生き物を見るような視線とともに、不思議そうな音声情報をこちらに投げかけてくる。
そこまで珍しいことなのだろうか。
『えーと、あー、箱入り娘ってやつです』
『……ああ、やっぱりそうですか』
アオさんが、いつもよりも呆れた感じの声を放つ。
『やっぱりって、どういう意味ですか!』
『ああ、すみません。でもメアリさんは、現実の景色を今更見たがるくらいですから』
『わたしは世間知らずかもしれないけど、現実に興味があるのは悪いことじゃないでしょ』
『……まあ、そうですね』
アオさんの声色に、暗い影がとり付いた様に感じた。
ふざけていると思われたのかな。
そうだ。
わたしはアオさんに、言っておきたいことがあったんだ。
『あのね、アオさん。わたしは、本当に真実の世界っていうのが知りたくて。興味本位とかじゃなくて、怖いもの見たさでもなくて。自分自身が、ちゃんと知っておかないといけないことだと思うから』
わたしは、ウィンドウの向こう側へ、この気持ちが届くようにと願った。
『……いえ、自分はVR空間の方々のお役に立てるなら、それ以上のことは望みません。そのためのAIです』
さっきまで砕けた感じだったのに、その方がいいと思ったのに、またお仕事みたいな口調に戻ってしまった。
わたしはなんだかそれに、むっとしてしまう。
『その他人行儀みたいな話し方禁止!』
『……そんなつもりではなくて、業務ですから』
『わたしの情報をいくらでも覗ける立場なのに、謙られても逆効果だよ! もっと自然な感じの方がいいよ』
わたしの方は自然と丁寧語が減っていった。
それは別にアオさんを馬鹿にしているのではなくて、親しんできたと思っているから。
だからアオさんも同じようにして欲しいと感じた。
『……そうですか。メアリさんがそう言うなら、以降気をつけます』
相変わらず丁寧語だけど、もしかしてそれが本来の口調なのかな。
まあそういうことも、おいおい理解していければいいと思う。
『うん。それでね、またお願いになっちゃうけど、わたし、自分の体が今どうなっているのか見てみたいんだ』
結構やせ細っていると思うけど、それでも見ておきたいとずっと考えていた。