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僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
VR空間
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「なに? って、私にメッセージが来てる。今気づいた」



 ミユが個人ウィンドウを見つめると、すぐさましかめっ面になって肩をすとんと落とした。



「うわ、イベント申請が却下されたって。もー何度目だよ」

「イベント? 初めてミユが企画したって言ってたやつ?」

「そー。えーとね、ネタバレしちゃうと花火イベント考えてんの。この前手伝ってくれたでしょ? 本物の火薬を使うから、申請書が大量に必要でオブジェクトの管理方法も考えないといけないし大変」



 本物ってどういう意味だろうと思ったけど、多分、単なるエフェクトではないということだ。

 VR空間の花火大会は、夜空に火花の映像を表示させるだけに終わる。

 要は巨大なプラネタリウムなわけで、本物志向の方々からは大顰蹙をかっているらしい。

 わたしはそれでも綺麗だと思うけど。



「そのミユのイベントが、もう駄目になったってこと?」

「申請書をすぐに出し直せば、役所の運営スタッフが再審査してくれるって」

「じゃあ、さっさと行ってきなよー。わたしは一人で大丈夫だから」

「うん、ごめん! また今度連絡するから」



 ミユは手を合わせると、露出の多いラフな格好からビジネスカジュアルな見た目に一瞬で切り変えて支度する。

 よっぽどの緊急事態じゃないとテレポートは許されないので、彼女はせっせと商業区エリアを走り抜けていった。

 店内にぽつんと一人残されたわたしだが、今となっては丁度いい。

 目の前でやり取りし始めたら、ミユは機嫌を悪くしそうだし。


 手を動かし宙に浮かぶ個人ウィンドウを表示させて、運営コールの項目を呼び出す。

 すると、でかでかと目立つ場所に、注意書きが存在していることに気がついた。



《何かお困りのことがございましたら、VR空間内部のスタッフへとご連絡ください。現実の世界のコールセンターAIに連絡しましても、時間の速度が違いますため対応が遅れてしまいます》



 昨日も似たような言葉が書いてあったと思うけど、もっと隅っこの方で小さくしてたはず。

 加速機能の試験運用が始まったから、こういう表記に変わったのだろう。

 こうなるとアオさんは来る可能性の低いコールを、ひたすら待っているだけなのかな。

 対応が遅くなって不便だよって言われて、わざわざ現実の方に連絡しようとする変わり者は、わたしくらいのものだろう。

 アオさんと繋がる方を選んで、返答を待つ。



『コ――――ン――――ニ――――チ――――』

『え? なに? 何言っているのか、全然分かんないよー!』



 静かな店内で一人思わず叫んでしまう。

 チャイムで呼ばないと店員さんが現れない方式の店なので、誰にも聞かれていないはず。

 昨日もちょっと声が変だなって思ったけど、それは気温のせいらしい。

 でも今のは、何かが故障しているような聞き取りにくさだった。

 あたふたしているわたしのもとに、テキストメッセージが着信音とともに届く。



《【アオ】/コールセンターのアオです。音声通話がお望みでしたら、八倍速に設定してください。そうすれば、そちらで再生される音声は自動で修正されます》



 ああそうか。

 今はVR空間の方が現実より八倍速く時が流れている。

 だから音声でリアルタイムにやりとりしようとすると、ああなってしまうのか。



『八倍速に設定しましたよー。アオさーん、聞こえていますかー?』



 爽やかな店内に、しばし静寂が流れる。



『……自分の方は最初から設定していますから、聞こえていますよ』

『はは。こんにちはアオさん』



 静かなので、店内のBGMが切り替わったことに気がつく。



『……こんにちは、メアリさん。何かありましたか』



 アオさんは十数秒間を開けて喋っているので、なんだかもやもやする。

 いや違うのか。

 向こうの時間が遅いんだ。

 アオさんとしては、AIらしくきびきび即答してくれているのだろう。

 違和感はあるけど、特に問題は無い。

 すぐに慣れると思う。



『そうそう、困ったことがあるんです!』

『本題に入る前に、確認です。自分が対応すると恐らく時間がかかると思います。今も間が開いて聞こえているのではないでしょうか。よろしければ内部のスタッフにお繋ぎしますよ』

『いえ、大丈夫だよ』

『…………』

『もー、アオさんでいいって言ってるの! どうせ、わたししかコールしてくる人間はいなくて、暇なんでしょ』



 すぐに返事がこなくて、急に怖くなる。

 しまった。

 言い過ぎたかな。

 相手の反応が少し遅れるくらいで、こんなに不安になるものだなんて知らなかった。

 ちょっとどきどきしていると、個人ウィンドウの横に別のウィンドウが立ち上がって、男の人の顔が表示される。

 フードを深くかぶって、かわいいイヤーマフをつけた優しそうな人。



『はは。確かに暇なんですよ』



 あの人の笑顔に、わたしは安心して大きく息を吐く。

 いや、人間じゃないんだっけ。科学の進歩はすごいね。



『それでメアリさん、ご用件はなんでしょうか。また外を見たいのですか?』

『今日は違って、コールセンターさんに本来の仕事を頼みたいのです』

『……ああ、エラーログがありますね』

『そうなんです! お店で試着しようとしたらできなくって!』

『……はあ、これは、ええと、その』



 時間の差による間延びとは関係なしに、アオさんは、なぜだかごにょごにょ聞き取り難い声で話す。



『何か問題があるんですか?』

『メアリさん、近くに人はいませんね? 他にこの通話が聞かれることもないですよね』

『え、人に聞かれたらマズイことなんですか』

『あまりよくはないと思います』

『どういう意味? ここで聞きますから、言ってください!』



 感知範囲内に人はいない。

 それに、このお店の衣裳データに不具合があるかどうかを聞きたいわけだから、ここから離れたくもない。

 じっと、アオさんの言葉を聞き入れる準備をする。



『……あのですね、メアリさん。最近、体型データを変えましたよね?』

『体型……? あー! 待って待って! どうしてそれを知っているの……!』



 誰にも知られたくなかったわたしの出来心。

 ミユにも言ってないし、ばれていないはず。

 体型といっても、身長みたいに分かりやすい部分を変えたのではない。

 ほんの一部分をささやかに盛っただけなんだけど。

 グラフィックデータの変更が上手い人に頼んで、不自然にならないよう修正してもらった。

 わたしの秘密がアオさん筒抜けになっていると思うと、顔が赤くなってくる。

 実際に感情と連動して顔色が変わるので、アオさんの画面には茹で上がった女の子が見えていると思う。



『こちらに連絡された方の情報は、全て分かるんですよ。問題に対処するためですからご了承ください』

『むー。それがアオさんのお仕事だから仕方ないけど……』

『はい。それで試着されようとするとエラーが出てしまう件ですが』

『それが、体型と何の関係があるの?』

『メアリさんが先日、胸部の数値を変更されたのは、まあいいのですけど』

『わー! わー! なんでそれ言うの!』

『……先日、体型データを変更されたのはいいのですけど、他は何も変えていないじゃないですか』

『他って?』

『インナーのデータ等です。普段はサイズにゆとりがある設定の服を着ているから、問題なかっただけです』

『えー。そういうのも変えないといけないの?』

『普通はそうです。成長したら服は変わるものでしょう。現実と一緒です』



 このVR空間の体は、勝手に成長したりしない。

 だからわたしは、服をデザイン以外の理由で買い変えたことがなかったのだ。



『そう言われても、あまりよく分からないから……』

『……ええと。メアリさんの衣装エラーが出てしまう原因は、試着されようとしたとき、全身の見た目に関わるパラメータの再計算を行っていまして、そこで問題点が見つかったからですね』

『それでどうすればいいですか……大人しく元に戻せばいいですか……』

『いえ、胸部……というか体型データはそのままでいいのですが、所持されている衣類一式を見直した方がいいですね。特にインナーです』

『そこまでしないといけませんか……お金かかるなあ』



 見栄の代償は大きかった。

 何でもありな世界なのに、皆そこまで大きく見た目を変えたりしないのは、こういうコストがかかるからなのだろうか。



『無料配布のベーシックタイプなら、申請するだけでいいのですが』

『あれは可愛くない!』

『そうですか。どちらにせよ、このまま自分が対応することも可能ですが、メアリさんにとって気持ちのいいものではないでしょう。そのお店のスタッフに相談してみてください』



 ウィンドウに表示されるアオさんの顔から、思わず目を逸らす。

 アオさんにとってわたしはゲームの中のキャラクターくらいの認識なのかもしれないけれど、わたしにとってアオさんは普通の若い男の人にしか見えない。

 いくらAIだと言われても、これ以上乙女の沽券に関わる話を続けるのは、ちょっとしんどい。



『では、お店の人と話してみます。このことは忘れてください!』

『……気にしなくてもいいと思いますよ。メアリさんは逆に修正しなさ過ぎです』


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