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僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
VR空間
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 高層ビルの狭間から、白く眩い太陽が顔を覗かせる。

 そこから送りつけられてくる熱線が、わたしの体を焦がすよう。

 暑さに抵抗するために汗が額から滴り落ちて、薄手のシャツを湿らせる。

 そうすると体温が下がったように感じて、時折吹く風もなんだかちょっと気持ちがいい。


 だけどこれらが全て、コンピュータで制御された偽物なのだという。

 太陽も、光も、風もその他物理現象も、人間の感情も、全部が全部本物ではないなんて、VR空間に住んでいるとあまり実感が沸かない。

 わたしとしては、別にどっちでもいいんだけど。

 快適に生活できるなら、それに越したことはない。


 昨日、コールセンターのAIとお話してみて、より強くそう思うようになった。

 ああいう存在に感謝しつつ、この世界を全力で楽しまないといけないね。

 このアイスコーヒーだって、数バイトの情報量しか持っていなくても、おいしいものはおいしいのだ。



「ねえ、メアリ聞いてる? ぼーっとしてるけどさ」



 カフェテラスに似つかわしくない形相の友人が、わたしをじーっと凝視している。



「あー、うん。なんだっけ、ミユ」

「結婚イベントの話! ほんとむかつく!」



 VR空間での友人が結婚してから、ミユはずっと機嫌が悪かった。

 なんでもお気に入りのドレスが、靴の金具でズタズタに切り裂かれ台無しになったらしい。



「コールセンターに頼んだのにさ、対応が中途半端だったし! お陰でさー、途中で帰ることになったんだから!」

「服が破れちゃっても、すぐ着替えられなかったの? データでぱぱっと」

「結婚式だよ? 主役以外が衣装直しできるかっての」

「そっかー。それで、AIさんに文句言ったの?」

「まだ。ていうかもう無理でしょ。こっちとはもう時間の流れが違うから、コールしてもイライラするだけ。本当、あのAI野郎」



 これもアオさんが担当したってことなのかな。

 コールセンターの仕事って本当に大変だなあ。



「焦って現実の方に連絡した私が悪いんだし、もういいや。それでさ、いつ離婚すると思う?」



 ミユはさっきまで怒っていたのが嘘のように、声を弾ませて目をキラキラに輝かせる。



「えー、なにそれ」

「だってさ、あの子達って出会って三日らしいよ? いくらVR空間だからって血迷いすぎでしょ」

「確かに急に呼び出されて行ってみたら、式場になっててびっくりしたけどね」



 このコンピュータでできた世界は何歳でも誰とでも結婚できて、申請が通れば会場の準備までしてくれる。

 これから人生を何周分も送ることになるのだし、パートナー探しにも深刻にならず気軽に行うという。

 万が一だめでも、フォームに情報を入力すればすぐに離婚できるのだから。



「ハネムーンは南極エリアだってさ。この頃暑いから丁度いいみたい。あーあついあつい。ほんと、早く冬になって欲しい」



 昨日、似たような世界を見てきたわたしは、ちょっと口ごもる。

 現実が大変なことになっているのに、なんでわざわざそんなところに行くのって、一瞬思ってしまった。

 もしかしたら、アオさんも同じこと思ったのかな。

 だとしたら、なんというか、もう一度お話しないといけない気がする。



「メアリ、次どうする? まだ昼だけどさ」

「えーと。なんでもいいけど」



 ミユが個人ウィンドウと睨めっこをして、近くのお店を検索している。

 わたしも同じことをして次の目的地を探すふりをする。

 だけど、どこか上の空だ。

 こんなにも遊びがなんでもあって、環境に文句を言う余裕があって、死の恐れのない世界。

 そこを見守っているだけの存在が、とても寒いところにいるなんて、なんだかもやもやする。

 アオさんのことを、考えてしまう。



「うわっ、メアリこれ見て! 来週ずっと猛暑の設定だって! これ絶対、業界の陰謀だよ! 水着とか売るためにさー」

「うん」

「メアリ? どうした、元気ないけど」

「ああ、ごめん大丈夫、大丈夫だよ」

「これから、ぱーっと服でも買いに行く? 私は新しいドレス見たいしなー」

「……うん、そうだね、行こう行こう」



 結露したコーヒーカップを手に、澄み渡る空を見上げる。

 そこには作り物の太陽が今日も元気に輝いている。

 わたしには、それがとても眩しく感じた。


 レンガで舗装された歩道を、ミユとだらだらと練り歩く。

 すれ違う人々も派手なシャツ一枚だったり、殆ど水着みたいな格好の人もいたりと、見ていて飽きない。

 それら全員が化粧エフェクトのメラや滴り落ちる汗を、太陽に輝かせてとてもキラキラしている。

 そこら中にある広告のホログラム画像もすごく煌めいて、邪魔なくらい。

 美味しそうなアイスクリームの宣伝を見つけたミユが、わたしの手を引っ張って駆けていく。

 わたしは、夏のこういうところが好きだったりする。


 ショッピングモールの中は冷房が効いている設定で、ひんやりとしてとっても涼しい。

 こうやって寒暖の差を味合わせて、夏というものを表現している。

 そしてわたしの脳は、まんまとそれに引っかかって、この季節が偽物だとは疑わない。



「ねーメアリ、これ似合うかな」



 ミユは黒いドレス姿でくるりと一回転する。

 個人ウィンドウのボタン一つで試着ができるから、店内そこら中で、鏡を見ながらくるくる回っている人で溢れている。



「うんうん、きれいきれい」

「うわーどうでもよさそう。じゃあ赤は?」



 宙に浮くウィンドウに指を滑らせて、ミユはカラーリングを変更させる。

 深紅のドレスから殆どピンクまで一瞬で様変わりし、グラディエーションをつけたり、リボンを大きくして、何着分ものドレスを短時間で楽しんだ。



「メアリもこういう衣装、もう一着くらい増やさないの? みんな暇なんだからイベントばっかりやっているでしょ」

「そうだけどねー」

「普段はデータとして持つだけで、場所とらないしさー」

「うーん、お金が……」



 全てが単なるデータとはいえ、経済はしっかりと成立している。

 あのドレスだってデザイナーが一生懸命作ったわけで、その人へ成果が支払われるべきなのだ。



「メアリってまだ仕事してないんだっけ」

「そー、お小遣いは支給される分で十分だし、将来どうしたいのか、まだ自分でも分かっていないし」



 衣食住には困らないため、向上心やらプライドといったものが特段高くなければ、定職に就かなくても不自由することはない。

 そんな恵まれた環境に甘えっぱなしのわたしだが、その内遊ぶことにも飽きて仕事をしたくなるかもしれない。そうなったらそうすればいいと思う。

 ミユもその口で、今はイベント企画会社の見習いをやっているらしい。

 こんな綺麗な衣装を買う余裕があるのだから、相当給料はいいのだろう。



「あー、よし決めた。これ買っちゃおう」



 お気に入りのデザインが見つかったらしく、ミユは個人ウィンドウを送金フォームに移行させて、確認画面をとても上機嫌そうに連打している。



「じゃあ次、何か見る?」



 ミユのドレスショーを十分堪能させてもらったわたしは、早々に高級衣裳店のエリア外に出ようとする。



「えっ、メアリは買わないの? 試着くらいしたらいいじゃん。一瞬で着られるんだし」

「わたしは、いいよ」

「いやー、着る機会は多いと思うけど。私は明後日も予定あるし」

「うーん、わたしは、あんまりイベントとか呼んでくれる友達もいないし」



 ミユはわたしの言葉に、はっとしたような顔になって、すぐ抱きついてきた。



「もーそんなこと言わないでよ! メアリはしょうがないじゃん! 私は前からの付き合いとか多いだけだし!」

「別にそういう意味で言ったんじゃないけどね。ありがと」



 わたしは友達というか知り合いが、他の人に比べると極端に少ない方らしい。

 別にそれがわたしにとっての普通なのだから、特に問題ないとは思うけど。

 ただ、現実からのコネクションがあった方が、ミユみたいにいろいろお呼ばれされやすいというだけだ。



「じゃあ浴衣見よう? 今度すごい花火大会に連れて行くからさ」



 なぜかミユは小悪魔のような笑みを見せて、そわそわしだす。これは何か企んでいることがみえみえだった。



「それは楽しみだけど、浴衣はもう持ってる」

「えー、お揃いにしたかったのになー。よし、次は新着のコーデ見に行こ! ああいう服なら日常で使うでしょ」



 ミユはわたしに気を遣ってか、次の目的地を空中に表示させて、そこへ連れ出そうとする。

 外へ出るとまた偽物の太陽と対面した。

 失明するかと思うほど輝いて、ちょっとくらくらする。

 わたしにはよく分からないけれど、みんなはこの姿の太陽が大好きなのらしい。


 華やかな街道がわたし達を迎え入れる。

 VR空間は昔の現実と比べると、流行の回転速度がとても速いみたいだ。

 肉体と一緒に常識やしがらみを脱ぎ捨てた若者達は、個性といったものをとても重視する。

 そうは言っても、わたしはそこまで奇抜なファッションを好まないため、いわゆるクラシックな服でいいと思っている。

 デザインの権利が消失していると安く買えるし。

 ミユは怒りっぽいけど気が利くいい子だ。

 わたしの好みをちゃんと把握しており、まともそうな、でもなんだかお洒落そうなお店に連れてきてくれた。


 ウッド調の店内は、少し酸素が濃い気がする。

 気がするだけかもしれないし、本当にそういう設定がなされているのかもしれない。



「メアリ、こういうの好きでしょ?」



 そう言いながらミユは、勝手にわたしの個人ウィンドウに触れて、強制的に着替えさせようとする。

 ウィンドウ画面には、素材やらサイズやらお値段やらがタグとなって一杯並んでいた。

 わたしはそういうのをちゃんと見比べながらお買い物したい派なので、せっかちなミユの指を全力で妨害しようとする。



「ちょっと待ってよ。自分で選ぶ」

「もう遅ーい。って、あれ? なんかおかしくない?」



 試着ボタンを何度押しても、エラーメッセージがぴーぴー出る。

 なんだか恥ずかしいので、連打するミユの腕に慌ててしがみつく。



「本当に待ってよ。恥ずかしいでしょ!」

「でもさ、データの不具合とかあるなら店員呼ばないと」



 衣裳データには、風紀上よろしくない組み合わせを禁止していたり、あとは製作者の信条で性別や年齢制限がかかっている場合もあるけど、基本なんでもオッケーなはず。

 この商品も、特にそういった指定があるとは表記されていない。



「なんだろうね」

「運営にコールする? VR内部のスタッフならすぐに連絡くるでしょ」



 ミユは空中に指を滑らせて、次の行動に移そうとする。



「あ、ちょっと待って」



 これはいい機会じゃないか。

 いくらわたしでも、用もなしにコールする勇気はなかったし。





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