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僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
VR空間3
43/48

 次にアオさんのメッセージが届くのは数十年後なのだろうか。

 そうやって覚悟しておけば、ずっと音信不通なことも多少は我慢できる。忙しさに身を任せれば、そんなにさみしくもない。

 それに今は頼もしい仲間もいる。



「おーい。お嬢。こっちに来てくれぇ。話がある」



 ザイトさんに呼び出されて、彼のオフィスに向かう。運営スタッフとして働き出して大分経つが、どうにもあの呼ばれ方は馴染まない。



「あのザイトさん。そのお嬢って呼び方やめてくださいって言ってますよね」

「ああん? お嬢がこのプロジェクト初の女性メンバーだったんだから仕方ねぇだろ」



 よく分からない理由で誤魔化そうとするが、真相は違うらしい。同僚に聞いたところによると、娘のような年齢のスタッフを、名前で呼ぶのを躊躇っているとのこと。

 この雪国でも裸で生きていけそうな大男が、しかも人類を救ったと言われるような男がこんなに可愛らしい一面を持っているとなると、こっちとしては親しみやすい。



「それで、用事ってなんですか?」

「俺らが陰でこそこそやってることに決まってんだろぉ。ようやく完成の見通しが立ったぞ」

「え、本当ですか?」



 運営スタッフに採用されて、わたしはすぐにザイトさんの部署を志望した。不人気部署らしく、あっさり要望が通ったのはよいが、人手不足に悩まされていた。

 それは仕方ない。ザイトさんは偉業のおかげで首にならないだけで、今となってはすっかり鼻つまみ者だ。そんな彼の下についたなら、いろんなものを敵に回す。


 アオさんを間に合わせるために、新しいログイン処理方法を構築し、その開発を終わらせるにはかなりの人員が必要なのだった。

 とてもザイトさん一人でできることではないらしく、ペーパーエンジニアのわたしは猫の手にもなれないし、八方塞がりだったのだ。



「こんなことで嘘ついてどうする。これで後は手ぇ動かすだけだなぁ、俺達にできることは」



 ザイトさんはくしゃくしゃな髪をわしゃわしゃ掻き毟る。よく見た光景だが、いつもよりも豪快に手が動いていた。



「わたし、折角運営スタッフになれたのに、なんにもできませんでした。すみません」



 試験に合格したころには、ばりばりプログラム書いたりしている自分を妄想したものだが、参考書レベルの知識では何の役にも立たずに、わたしは物置同然だった。



「何言ってんだ。お嬢のおかげで優秀な人材が多く集まった。俺じゃあできなかったことだ。ありがとな」

「はは。人にお願いするくらいしか、得意なことがありませんので」



 わたしはあれから採用担当のようなことをやっている。人手がいるということが分かってから、VR空間中を飛び回り、能力があってわたし達に賛同してくれる人材を探し続けた。そんな人は貴重だし、巡り会えても断られることが多いのでとっても大変。


 でも今となっては人気企業の社長のミユがこっそり手を回してくれたりしたので、なんとかどうにか人は集まりつつある。



「適材適所ってやつだよぉ。お嬢は机に座っているより、そっちの方が合うってだけだ」

「そういうものですか。まあ、わたしとしては、どんな形でも役に立てればそれでいいです」

「ああ、そういうもんだ」



 大男は髭をもじゃもじゃ動かして、がははと笑う。



「それで、今やっているものが完成できれば、アオさんは無事こっちにログインできるんですね?」



 少しはしゃぎそうになるわたしを忠告するように、ザイトさんの相貌がより険しくなる。



「違ぇよ。何回も説明しただろうが。俺達が作ってんのは、このサーバーの速すぎる計算力をよぉ、どうにかしてログイン処理のデータ同期の方に回す仕組みだろうが。これには余剰計算が生まれるタイミングを見計らってだな、VR空間に悪影響が出ないようによぉ、そのためには」



 まーたいつもの難しい説明が始まった。大事なことだしわたしもちゃんと理解しないといけないことは分かるが、この後、大体お説教が始まるから憶えなきゃいけないこともどこかに吹っ飛んでしまう。



「おい、聞いてんのかぁ? ぼけっとした顔をしててよ」



 ああしまった。これは怒られるパターンのやつだ。



「……は、はい! すみません。大丈夫です。それがあれば、データの同期がとれるんですね」

「まぁ、そうだが、そのためには計算力に余裕があるタイミングがないと駄目だ」

「なんですか、それ。いつになるんですか?」

「俺だって知らねぇよ」

「えー」

「つまりだなぁ、人や物が余り動いていないタイミングだとか、そういう場面がないとさっき言ったシステムは動作できねぇ。じゃないと、この世界に支障をきたす」

「それって夜とかじゃ駄目なんですか?」

「夜型の人間なんて腐るほどいるしよぉ、何より時差があって、どこかのエリアでは必ず人が活発に活動してっからなぁ。ログイン処理は全エリアのサーバーと連動するようなクソな方式になってやがるんだ。誰だ、こんなセンスがねぇもん設計しやがったのは」



 わたしの記憶が正しければ、VR空間の基幹システムは全部目の前のおじさんが開発したはず。



「なんだぁ? 笑いやがって。まあいい。そのタイミングは気長に待つしかねぇ。だけど、そんなこと些細な問題だ。もっと致命的なもんがある。文字通りのな」

「どういう意味ですか。今の地球は予測より暖かいんですよね? それくらい知ってます。だから、まだアオさんが凍えて死ぬことはないはずです」

「そっちじゃねぇよ。あんまり言いたくなかったが、不凍液フィルターが足んねぇんだよ……俺のせいでな」



 現実に最後の方まで残っていた人達は、体液に不凍タンパク質を混ぜて体が凍らないようにしていたらしい。

 でもそのまま体中を循環させていると、内臓に悪いということで人工フィルターを体に入れる必要があるとか。

 アオさんがAIでなく人間だということを、ザイトさんに教えてもらったが、わたしには違いが分からなかった。

 だけど生きている人間がゆえに、大きな問題が立ちはだかってしまっている。



「どうしてザイトさんのせいなんですか?」

「俺が現実に残って作業してた頃、わざと進行を遅らせてよぉ、ログインを先延ばしにしフィルターを無駄に消費しちまったんだ……上からの命令でな。そうやって俺が予備まで使っちまったから、予想されていた最終日までの分しか在庫がない」

「どうしてそんな意地悪みたいなこと、する必要があったんですか」

「全くだ。なんでだろうなぁ。意味も無く生きている人間を現実に残しておきたくなかったのかもしれねぇな。万が一、サーバーに何かされたなら、VR空間の人間には為す術もねぇ。俺は家族を人質にとられているようなもんだったから、命令に従ったが、今考えれば馬鹿なことをした。アオに申し訳ねぇ」

「いえ……ザイトさんが悪いわけではないと思います」



 この人はこの人でアオさんと再会するために動いているんだろうけど、多分、贖罪のためって理由が大きいのかもしれない。



「それでフィルターがなくても、ちょっとぐらい耐えられないんですか」

「逆だなぁ。俺は耐えて欲しくねぇよ」




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