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『なんで……なんでそんなこと言うの……! なにかあったら、あの花火を用意したわたし達が捕まっちゃうから、かばってくれているのに……!』
『ねえ、メアリ。私はメアリが心配なの。花火イベントだって、メアリが喜んでくれるかなと思っていたのに。お願い、鍵を返して』
『……いやだ』
『……はあ。……そう。だったらこっちにも考えがある』
ミユの言葉が聞こえた直後、通話終了のメッセージがチカチカと宙に浮いて表示される。
はあ。でもしょうがない。
このまま会話を続行しても平行線なのは目に見えている。
全部終わった後、ミユにちゃんと謝ろう。
そのとき、わたしだってアオさんだって悪くはないことが分かるはずなんだ。
でも、ふと思ってしまう。
アオさんの言っていることが本当だと信じている。
だけどそれが事実なら、誰かが爆弾を用意した悪者になってしまう。
だから、何も起きないで欲しいという気持ちもあった。
チーズの塊を見てもとっくに買う気は失せていたので、千鳥足で空港内のショップをふらふらと見て回る。
『メアリさん、買い物ですか? メアリさんの主観時間で余裕があるならいいですが、終わり次第貨物倉庫へ向かってください』
『んー、お土産思いつかないや。でも、会うまでに、絶対に何か用意しておくから』
わたしは独り言のように一方的に呟き、次の目的地へと歩き出す。
それは何年後になるのだろう。
現実との時間差を計算すれば答えを出せるのだろうか。
でもわたしにはそんなことをする賢さも勇気もない。
だけどいつかは絶対に会えるのだ。
そのときは時間差もなく、ちゃんとあいさつも会話もできる。
今度はわたしがVR空間を案内してあげよう。
わたしの方が大先輩になるのだから、それぐらいできるはず。多分ね。
『……会うなんて、約束できません』
凍えるような顔をして、アオさんは寒くつれないことを言う。
VR空間は殆ど無限に続くらしい。
そのための加速なのだ。だとしたら、絶対にいつか会えるはず。
絶対にわたしは会いに行く。もう決めたよ。
『アオさんが忘れようが、何年後になろうが、プレゼントを押し付けに行くからね。覚悟しておいて。だから、ちゃんとこっちに来てね。約束』
わたしがそう言った後、ひたすら無言が続く。
返事が来ないのは、時間に差がありすぎるからだって、そう思い込むことにした。
第二ターミナルへ向かうと、職員の人がこちらへツカツカと早歩きで寄ってきて、わたしはちょっと身構えてしまう。
「あのお客様、何かご用でしょうか」
まるで不審者を見るような目つきに威嚇される。
だけどおかしいな。さっきのお姉さんは、担当者に連絡しておいてくれるって言っていたけど。
しかしここで頼もしい味方が、わたしの所持品の中にあるのだ。
データ化解除の操作をし、しっかりと身分証明証を掴んで相手に見せつける。
「わたしはこういう者ですけど!」
「臨時職員……? あの、失礼ですが、そのカードは本物でしょうか」
あれ、なんかさっきと対応が全然違う。
自信満々だったわたしの腕も萎れて垂れ下がってくる。
「どういう、意味ですか」
警備員らしき人達がわらわらと奥から出てきて、わたしの声も弱くなった。
おかしい。どうしてこの人達は今にも私を捕えようとしているのか。
「申し訳ありませんが、別室でお話をお聞かせ願いますでしょうか」
ミユの顔が真っ先に浮かんだ。
気がついたら走り出していた。逃げたら逆効果だって分かっているのに。
運動不足のわたしでも、曲がり角までなんとか滑り込んで身を潜めることには成功した。ロケットスタートがそれほどに有効だったのだろう。
「はあ、はあ、これからどうしよう。逃げるにしても、花火を回収しないと駄目だし」
ミユが通報したのだったら、わたしの情報も筒抜けかもしれない。
捕まったら鍵は奪われて、花火はそのまま空の旅へ。
そしてどこかで爆発し、ミユやわたしが管理責任を問われるという絶対避けたいシナリオが待ち構えている。
わたしのことはどうでもいいけど、ミユも、アオさんも悪者にしたくはない。
『メアリさん大丈夫ですか? 事情があって、こちらではミユさんの通報を取り消せません。このままだと最悪の事態が起きます。こちらはもう腹を括りました。かなりの無茶をするので、ひたすらにマッピングしたルートを走り抜けてください』
『でもアオさんの立場は大丈夫なの……? いや、うん……! わかった……!』
マップ情報を常時表示させる設定にし、一呼吸入れる。今は失敗しないことを最優先にしないと、後々後悔すると悟った。
第二ターミナルの貨物倉庫へのルートを辿るため、物陰から飛び出して全力で走り出す。
「不審者がいたぞ! 待て!」
警備員の怒声が、加速してこちらへと追いかけてくる。わたしはそれに捕まらないように、つるつるの床を持てる限りの力で踏みつけて前へ、少しでも前へと体を傾ける。
当たり前だが、ずっと街をぶらぶらしているだけのわたしは平均以下の速度でしか走れない。
このままだとじきに追いつかれる。
靴の音が二人分、段々と重なっていってしまう。だめだ。捕まる。
「さあ、こっちへ……って、なんだこれは?」
声が小さく聞こえたので、勇気をもって振り返る。
するとそこには、足が上がらなくなっている警備員さんが、膝をがくがく動かしてその場に留まっていた。
『間に合っていますよね? その周辺の職員には、移動禁止の設定に変えました。しかしそちらにも同等の権限があれば、すぐに解除されてしまいます。メアリさんはそのまま走ってください』
『ありがとーアオさん! 倉庫に向かうよ!』
途中何度か、止まっている警備員さんの悔しそうな顔とすれ違う。あの人達もお仕事で頑張っているのだろうと思うと申し訳ない。
だけどわたしは、わたしのすべきことをしなくては。
このまま行けば、倉庫に難なく辿り着けると思ってしまったわたしへと、銃口よりも鋭い警告音声が送られてきた。
「発砲許可が出た。止まらなければ撃つ! すぐに停止し両手を上げなさい!」
大変だ。背後には恐らく、足が動かないまま銃を構えている警備員達がいるのだろう。
撃たれて死ぬことはないけど、気絶寸前までの痛みを味わうことになるし、走ることも不可能になる。
アオさんは移動禁止って言っていたから、銃は撃ててしまうのだろうし、わたしに当てることも可能なのだろう。
わたしは勿論こんな状況初めてだから、銃弾を華麗に避ける自信もない。
アオさんが何かしら対応してくれても、この世界に届くのは数分後。それまで発砲されないことを祈るしかないのかな。
いや、弱気になるのはよそう。アオさんはそのまま走れと言った。だからそれを信じて駆け抜けよう!
警告の言葉を繰り返す声は、わたしの汗に反比例して小さくなる。これは逃げ切ったかなと思うと同時に、響く足音が堰を切ったように大量発生する。
「止まれ! これは最終警告だ!」
アオさんの魔法は解けたらしく、警備員の怒号がこちらに流れ込んでくる。
破裂音が鳴って、わたしのスニーカーの真横に何かが当たる。威嚇射撃だ。
いやだ。痛いのはいい。本当はいやだけど。だけど走れなくなるのは本当にいやだ。
威嚇射撃が続く。
発砲音がする毎に、次は当たるんじゃないかと思って心臓が止まりそうになる。はあはあと乱れた息を整えることに意識を集中しようとするも、弾丸が床を貫く音が、わたしの呼吸をさらに荒げさせる。
「次は当てる! 止まれ!」
もう駄目かもしれない。いや、とにかく走る!
倉庫へと繋がる廊下の先で何か動いている。
壁が動いているのかと思ったけど、あれは防火シャッターだ。それが今まさに閉じようとしている。




