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僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
VR空間2
32/48

 着陸し飛行機を降りてすぐに感じたのは、空気の香りの違いだ。

 外国だと空気の成分とか違うのかな。

 気温も少し低く感じる。

 そんなデータの違いから、初めて外国に来たわたしでも、ああここは異国の地だなって思わせてくれる。



『メアリさん、まずは貨物機の方に向かってください』

『はーい。すぐ行くね』



 マップウィンドウを開くと、点滅しているアイコンが目に入る。

 アオさんが気を利かして、目的地を表示してくれているのだろう。



「…………?」



 空港職員のお姉さんが高速で歩み寄ってきて、何かわたしに話しかけている。

 だけど、何を言っているのかは全然分からない。

 ああ、そうか。ここは外国なんだから、翻訳機能を使わないと。

 個人ウィンドウを展開して言語機能のタブに目を通す。

 欧州エリアに合わせた設定にすれば、もう大丈夫。

 この機能は必要なときにだけ有効にすることが推奨される。

 だってそうしないと、自国にいるときにもアルファベットの類いが全部翻訳されてしまうのだ。

 服のデザインもお洒落なお店の内装も、全部かっこ悪くなってわたしの目に映ってしまう。



「お客様、何かこちらにご用ですか?」



 人が全然いない通路では、わたしは不審者丸出しに見えたことだろう。

 一般利用客には貨物航空機なんて縁がないはずだろうし、仕方がない。

 そこへわざわざ近づこうとするのは、盗賊かテロリストか世間知らずか。

 幸い、今のわたしはそのどれでもない。



「えっと、これです。わたしはこういう者です」



 わたしは所持品リストから証明証カードをタッチし、実際に手のひらの上に出現させる。

 そして一度言ってみたかった台詞を気持ちよく発声してみた。



「運営スタッフの方ですか。お疲れ様です。こんなところでどうされましたか?」



 空港職員のお姉さんは一発で信用したらしく、お顔に浮かぶニコニコを更に増量させて、わたしを優しく見つめてくる。



「今この空港に来ている荷物の確認をしたいのです」

「そうですか。それはどの貨物機ですか?」

「ええと、それは……」



 しまった。

 大事なことを聞いてなかった。

 アオさんに助けを求めようにも、返事が返ってくるまで三分以上はかかる。

 その間ずっとあたふたしていたら、流石に警備員を呼ばれるかもしれない。

 テキストメッセージのログに何か書いてなかったか、縋る思いでウィンドウを上から下までスクロールする。

 職員のお姉さんの目線がだんだんと厳しいものへと変わっていく頃、天からの助けの声がやっと届いた。



『メアリさん。移動が速すぎです。まだ根回しができていません。この声が再生される頃には丁度困っているでしょうから、今から言うことそのまま職員の方に伝えてください。十三時離陸予定のCA34号に積載される荷物の総点検をさせてくださいと。それで通じるはずです』

「……だそうです!」



 職員さんにそのままアオさんの声を聞かせると、お姉さんは笑顔を取り戻して軽く頷く。



「承知いたしました。こちらです」



 アオさんの画面とわたし達を先導してくれるので、ただそれについていって廊下を進んでいく。

 でもなんだかあっさりなので不安にも思う。



「なんというか、すぐに協力してくれるものなんですね」

「それは当然ですよ。警察の方の捜査等に協力するのは我々の務めです。運営スタッフの方となれば尚更ですよ」



 やはり運営スタッフは、とても信頼されているんだなあと思う。

 軽く操作するだけで何でもできるのだから、当然かもしれないけど。

 宙に出現した職員さんの個人ウィンドウには、空の路線図と時刻表が重なって表示されている。

 そこから必要な情報を瞬時に読み取って、わたしに聞かせてくれた。



「ああ、CA34号でしたら、まだ入港していませんね。一時間後にこのターミナルに到着し搭乗員の交代と一部貨物の荷卸しを行う予定です」

「あー、えっと、では一時間後また来ます」



 アオさんに相談する必要もないか。

 こちらの一時間は向こうの数分なんだろうし、返事が来るのを待つほどのことではない。



「それでは、お時間になったら第二ターミナルにお越しください。そこの職員には伝えておきますので」



 お辞儀するお姉さんに対してこちらも深々と頭を下げ、もう一つの目的地へと急いで向かった。


『ねー、アオさん、お土産何がいい? 欧州エリアって何が名物なんだろう』



 色々な物品が並んでいる空間を、軽妙な足取りで進む。

 アオさんからの返事が遅くなっているような気がするけど、VR空間の時間はまだまだ加速し続けているということなのだろうか。

 このまま段々と現実との差が激しくなってしまったら、アオさんは一体いつこちらの世界にログインできるのだろう。

 うーん、考えても暗くなるだけだし、もうやめにしよう。

 今分かることは、保存の効かないお土産は避けるべきということくらいだ。

 この世界は生モノもちゃんと腐ってしまう。

 じゃないとチーズも作れないしね。

 あー、チーズを自分用に買っておこうかなあ。確かここが名産地なはずだよね。

 自分用、そうだ、自分へのプレゼント。今日くらいはそれもいい。



『メアリ、今どこにいる? なんかサーバーを中継するってメッセージ出てるけど、外国にいるの?』



 食品売り場へ行こうとしたら、ミユの不気味に静かな音声が耳に送り付けられてきて足が止まってしまう。



『……えっとね、欧州エリアの空港にいるよ』

『はあ? なんで? 観光とか興味なかったじゃん! まさかそこに鍵持って行ってないよね?』

『な、なんのことかなー……知らないなー……』



 情けなく弱弱しい声と一緒に口笛を吹こうとするも、わたしはそんなに器用ではなかった。

 そもそも、嘘もつけないくらいの不器用だったのだ。



『私のロッカーの番号、知っているのはメアリだけだよ。今朝も変なこと言っていたし、勝手に持ち出したよね?』

『番号って言ったって、ミユの誕生日そのままでしょ。誰でも想像つくだろうし』

『だからさ、それを知っているのはメアリだけだよ。現実での、本当の誕生日』



 ミユの諭すような音声が、わたしの拳を握る力を強くさせる。



『メアリ、怒ってないからあの鍵を返して。やっとイベント実施許可が下りたの。やっとだよ。だから花火を会場に運んでセッティングしなくちゃいけないの』

『……駄目だよ。あの花火は危険らしいから、回収しないと』

『あいつに変なこと吹きこまれたの? 私とあいつ、どっちを信用するの?』

『そういう話じゃないよ……!』



 誰が信用できるとか、できないとかそういうことではないのだ。

 そもそも、どうしてアオさんを信じてはいけないのか。

 わたし達のために、寒い現実に残っていてくれているのに。

 ミユが季節外れの花火イベントを企画できるのは、だれのお蔭だと思っているのだろう。



『今朝メアリが言っていたこと、知り合いの運営スタッフにそれとなく聞いてみたけど、知らないみたいだったよ。本当にメアリの言う通りなら、どうしてあいつは一人でやろうとしているの? 何か後ろめたいことがあるからでしょ? 花火が爆発するって、本当はそいつが仕向けたんじゃないの?』



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