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僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
VR空間2
31/48

『メアリさん。急いで向かってください。飛行機は止めておきましたから。近くのスタッフが案内してくれます』

『わー! ごめんなさいごめんなさい! 十時は乗る時間だと思ってて! もっと早く乗らないといけないってことー?』



 わたしは、とっても久しぶりに全力で駆けだした。

 筋肉に一定以上の負荷がかかるとスポーツモードになり、普通に疲れるようになる。

 この余計な機能のせいで、殆どのスポーツは現実と同じように楽しめるらしいけど、このおかげでわたしはぜーぜーと息を吐き出すことになる。

 空港のスタッフさんに導かれて、わたしはやっと自分の席につくことができた。

 周りの人の視線がざくざくと刺さってくることは気にしないようにしよう。



《【アオ】/こんなことだろうと、瞬きも我慢して見張ってて良かったですよ。これ、後で始末書ものですからね。現実だったら損害賠償ものですよ》



 アオさんのテキストメッセージを、申し訳ない気持ちで読み込んだ。

 機内での通話は禁止します、という注意書きが、ウィンドウの向こう側から姿を現す。



《【メアリ】/ほんとーにごめんなさい! 電車と同じ感覚でいたから! ちょっと舞い上がりすぎました》



 大きく揺れる機体の中で、なんとか指を動かしメッセージを送った。

 テキストも音声と同様に、数分遅れて返事がやってくる。



《【アオ】/いえ、今回はこちらが一方的にお願いしていることなので、メアリさんが謝ることではありません。ですが他に手がないのも事実ですので、ご協力は引き続きお願いします。それにしてもメアリさんのこと、だんだん分かってきましたよ》

《【メアリ】/世間知らずって言いたいんだろうけど、全くその通りだよ! だってしょうがないでしょ。今まで他のエリアに用はなかったんだし、遠出自体が初めてだよ》



 重力がわたしの全身にゆっくりとのしかかった後、急にそれから解放されてだんだんと姿勢が楽になってくる。

 窓の外を見れば、真っ青の中に小さな空港がぽつんと見える。

 わーすごい。と声に出しそうなのを我慢して、わたしは息を呑んだ。

 でも本当にすごい。青い空とそれを映したかのような綺麗な海が重なり合って、境界が分からなくなっていく。

 これが偽物だとか本物だとかは問題ではない。

 この光景を美しいと感じて、そしてこの世界を作った人がわざわざこれを再現しようとした心意気に、わたしは感服してしまうのだ。

 雲が多くなっていき、海と思える部分が見えにくくなった頃、急に窓の外一面が真っ暗になった。



《ただ今ローディング中でございます》



 機内放送でなにやら説明してくれているが、わたしにはさっぱり要領を得ない。



《【メアリ】/アオさん、ローディングってなに? なんか外が真っ暗なんだけど》



 ずっと無音で暗いまま、飛行機が真っ直ぐ進んでいく感覚だけがある。

 他の乗客達は全然気に留めていない感じだけど、わたしとしてはとっても気になる。



《【アオ】/エリアが切り替わるので、制御するサーバーも変わるんですよ。それに伴って、メアリさんのデータを欧州エリアのサーバーにコピーする必要があるのです。今日お見せしましたよね。一つだけのサーバーで、全人類の活動や物理現象を計算するのは不可能なんです。それにリスク管理の観点から、一つだけのサーバーで管理するのは危険というのもありますね》

《【メアリ】/おおー、分かったような、分からないような。あれかな、管轄が変わるみたいな》



 わたしがサーバー機器の群れを見学したのは大分前だった気がするが、それだけ現実との時間が違うということなのだろう。

 向こうからのテキストメッセージが届く頃には、欧州エリアの晴天がわたしの感心を奪っていた。

 エンジン音なのか風切り音なのかは分からないけど、騒音も再び鳴るようになり、わたしの心もそわそわしだす。



《【アオ】/まあそんなものです。ちなみに船でも同じ事が起きますよ》

《【メアリ】/アオさんもこの景色見える? やっぱ海外は色合いから違う気がする!》



 アオさんの顔が映っているウィンドウを、窓ガラスの方へと向ける。応答が来るまでの間、景色を楽しみながらじっと待った。



《【アオ】/速すぎて自分には何が何やら。ですがこちらで補正した映像でちゃんと確認していますよ。綺麗ですね》

《【メアリ】/現実で行ったときと、同じように見える?》

《【アオ】/いえ自分が行ったときにはもう寒くなっていましたので、雪が降っていたと思います。それにあまり景色を楽しむ余裕もありませんでしたし》

《【メアリ】/あーそっか。わたしと違ってお仕事で行ったんだもんね》

《【アオ】/メアリさんも仕事だと思って欲しいのですけどね。臨時職員に採用しましたので、身分証明証を発行しておきました。送付も完了しましたので所持品データを確認してください》



 アオさんのテキストを読んですぐに、所持品のストレージ画面を開いて指でリストを下に送ると、赤字で運営スタッフ証とタグ付けされたデータを見つける。

 無職のわたしにもついに身分を証明するものが手に入って感慨深いが、こんなものをもらっていいのかなとも思う。



《【メアリ】/立派なものをもらえて嬉しいけど、ここまでする必要あるの?》

《【アオ】/火薬を回収するまでの間ですが、それでもメアリさんは運営スタッフの立場として動いてもらいます。そうしないと倉庫にある貨物の確認をさせてもらえないでしょうから》

《【メアリ】/ああ、そっか。飛行機に積まれる予定の荷物をチェックするわけだからね。一般人だと無理だよね》



 これを空港職員に見せつけて、花火が入っている箱を探して鍵で開ける。

 うん大丈夫。わたしでも、できるできる。



《まもなく欧州エリア空港に到着します。シートベルトをおかけになってそのままお待ちください》



 キャビンアテンダントの機内放送が聞こえる。

 客室乗務員もかっこいいね。いつかは勉強して挑戦してみようかなあ。




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