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僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
VR空間2
30/48

 わたしは少し過剰におどけてみせた。

 そうすればあの顔面蒼白なアオさんも、ちょっとは表情が和らぐかなって思って。

 だけどいくら待てども変化はない。

 わたしの声が、あの時間差のある世界へと届いている頃合いになっても、彼の微動だにしない映像は、冷えて固まっているようだった。



『アオさん? どうかした?』



 終点の到着を知らせる放送だけが車内に流れる。



『着いたから降りるよ?』

『……ああ、はい。まずはカウンターでチケットを受け取ってください』



 アオさんのナビゲーションはとっても頼もしい。

 だけど、なんだか今までで一番元気がないように感じた。


 空港のロビーに着くと、そこはとても多くの人で賑わっていた。

 わたしはずっと東洋エリアで生活してきたので、空港には初めて足を踏み入れる。

 想像していたよりもずっと活気に溢れ、騒々しい場所だった。



『わー、すごい! お祭りみたいだー』



 あっちにふらふら、こっちにふらふらしているわたしを、アオさんの音声が軌道修正しようと唸りを上げる。



『メアリさん。現実と同じで荷物検査等ありますので。早くチェックインしに行ってください。見学は向こうの空港でもいいですし、ここは帰りにゆっくり見回ればいいじゃないですか』

『ごめんなさい! でもわたしは飛行機に乗ったこともないし、つい』



 慌ててチケットカウンターのある二階へと向かった。

 駅みたいなところなのに、乗るところやら切符をもらうところとかが、バラバラなのがわたしには不思議だった。

 現実では安置所がある場所に、最終的には全人類が集まったそうだ。

 だとしたらわたしも当然、遠方からはるばる空か海を渡ってきたことになるけど、当然、そんな記憶は夢に見たこともない。



『アオさん、チケットもらったよー。次はどうしたらいい?』

『三階の手荷物検査場へ向かってください。所持品データリストを照合されますが、変なものを持っていませんよね? 持っていませんね』

『ちょっと勝手にデータ見るのやめてよ! いやいいけどね! 一応わたしは女子だよ! 色々見せたくないものもあるかもしんないし!』



 危なかった。あれとかそれとか家に置いてきてよかったよ。

 手荷物検査場に辿り着くと、長蛇の列がうにょうにょ曲がって形成されていて思わず驚いてしまう。



『ええ……なんでこんなに人が』

『……それは現実がまともだった頃に比べたら、利用者が格段に多いからですよ。燃料代がかからないからチケットが安いですし、事故の心配もまずないので、飛行機を苦手に感じる人がいないというのも大きいですね。でもなにより、みなさん時間を持て余しているのですよ。だから簡単にとれるパスポート片手に、海外旅行を楽しんでいます』

『へー。わたしは近所だけでも十分飽きないけどなー』

『正直言って、メアリさんは特殊ですよ』

『はは。よく言われる』



 数分おきに会話して、その度わたしは頬を緩ませる。

 でも、他の皆はどうしてそんなに生き急ぐのだろうとは思う。

 あんなに暖かい太陽が、ちゃんとわたし達を照らし、直接吸っても問題ない空気が、わたし達を満たし、水は凍ることなく川となって流れる世界。

 それを享受できるだけで、とてつもなく幸せなことではないかと思う。

 だけどそれはわたし一人の考え方であって、今幸せな人が更に幸福を追求するのは当然なことだととも思う。


 全ての人がこの与えられた偽物の世界を、本当に楽しんでいるのだ。

 所持品データのチェックは一瞬で終わり、待合ロビーへと通される。



『わー。売店がある! ちょっと行ってくる!』

『いいですけど乗り遅れないでくださいね。瞬間移動は、本当にできないと思ってくださいよ』

『分かってるよー。お土産! アオさん何がいい?』

『折角ですが、自分は受け取れませんので』

『そりゃあ、現実にいる間は無理だろうけど。食べ物じゃなければ、保存効くでしょ? いつかは直接会えたときに渡すよ』

『……いえ、結構です。今は業務中なのですよ。受け取れません』

『いやーだからさ、アオさんの仕事が終わった後の話だよ』



 アオさんだって、いつかはVR空間に来るはず。

 そのとき何かをあげられればいい。

 このショップに並ぶ品々は、現実から見ればただの数字の羅列なのかもしれないけど、こっちの住人になってしまえば立派なものに感じるようになるのだ。

 この何のキャラクターか分からないキーホルダーや、何に使うのか分からない置物も、多分喜んでくれる。きっと。



『結構です。メアリさんの気持ちだけで十分ですから』

『ちゃんと自分のお金で買うから心配しないで』



 アオさんはいつもモコモコしたコートを着ているから、Tシャツをあげたら喜びそう。

 でも、あの何重にもなった防寒具のせいで、本当の体型が分からないなあ。

 寒いから太っているのかな? 栄養状態が悪そうだから痩せているのかな? わたしはアオさんのこと、何にも知らないのだなあ、と改めて思う。

 VR空間にログインした直後の見た目や体型は、現実と同じになるらしいけど、この大きめのTシャツなら間違いないよね。

 かっこいい漢字がでかでかとプリントされている白地のTシャツを、手に取り広げてみる。わたしはいらないけど。



『そんな意味不明な土産物は勘弁してください。自分は東洋出身なので、そこの空港で買えるものはそんなに魅力的に見えないですよ』

『あー、そっかそっか。じゃあ向こうのお店の方がいいね』



 わたしにとっては毎日が冒険みたいなものだから忘れていたけど、このエリアは現実に存在する地域を真似て作られたものだ。

 だからこの東洋エリアは、ミユみたいに元々なじみがある人が大半で、わたしみたいに全く関係ない人が、新天地を求めて住むというのは少数派のようだ。



『アオさん、欧州エリアとかは住んでたことある?』

『……いえ、欧州は学会で行っただけですね』

『学会! なんか賢そう。やっぱり普通の人じゃないんだね。まあこの世界を守る大事な仕事をしているから、そうかなと思ったけど』

『ああいえ、自分は……そんなことよりメアリさん、そろそろ搭乗口へ向かってください。そちらの数十分の待ち時間は、自分にとっては一瞬のことなので、フォローしきれませんよ』

『大丈夫。子供じゃないんだから。次にアオさんの声が聞こえる頃には、わたしはちゃんと席に座っているよ』



 時計のウィンドウを呼び出して、何度も確認する。

 出発が十時丁度だから、その五分前で大丈夫だよね。

 ショップを複数物色していると、大きなガラス壁の向こうで、飛行機がじっと待機している様子が目に入った。

 大きな翼が太陽光を反射させ、こちらに向かって浴びせてくるものだから、月なんかよりよっぽど明るく見える。

 それにしてもあの金属の塊が、空を飛んで都合良く人間の望んだルートを辿るなんて信じられないね。

 VR空間ならそういうものかと思うけど、現実でもあれが宙に浮いたというから、科学ってすごい。一度見ておきたかったなあ。

 見慣れないものをしっかり見ておこうと、ガラスに張り付いていると轟音が鳴り出し、ちょっとずつ向こうへ動き出す。

 あれ。あれってわたしが乗る飛行機だよね……?



『緊急事態が発生したため、十時離陸の便は一時停止します』



 血の気の引いたわたしの耳に、館内放送が飛び込んでくる。

 まずいまずい。アオさんにあんなこと言ったのに。いや、それ以上にわたしには大事な仕事があるのに。


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