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翌朝、アオさんから大量に届いていたメッセージを読みながら、出発の準備をする。
目的地への行き方や、交通機関の時刻表、爆弾の対処の仕方とかを頭に入れながら、わたしは別のことを考えていた。
ミユと仲直りしないと。
ミユが持っている鍵は、アオさんが回収がどうとか言ってたけど、勝手にそんなことをしたら余計にこじれるような気がする。
わたしがちゃんと、言わないと。
『ミユ、久しぶり。今大丈夫?』
『……なに? こんな朝早くに』
ミユとの会話チャンネルを繋ぐと、すぐに返事が返ってくる。
ずっとお互いを避けていたのだけど、受信拒否にされてなくて、一先ず安心する。
『前はごめんね。わたしも大人げなかったよ。ミユはわたしが世間知らずだから、心配してくれてるんだよね』
『……分かってくれてるなら、いいけど。それを言うために、わざわざ連絡してきたの』
『うん、まずはこれが言いたかったの。最近忙しいの?』
急に謝ったからといって、すぐさま関係が修復するわけではない。
そんな状態でミユのイベントが危険だよなんて言ってしまうと、逆効果かも知れない。
『知ってるでしょ。花火のイベントやるの。今準備中。申請する資料とか一杯あってさー』
『そーそー、それでさ、花火を準備して、どうしたっけ』
『何が?』
『花火だよ。わたしも手伝ったと思うんだけど、どこに保管してるの?』
『……もしかして、誰かから聞いた?』
『ええと、なにかあったのかな』
ウィンドウに表示されたミユの顔が変色するにつれ、わたしは白々しい態度をとってしまう。
『数が合わないの。意味分かんないよね。でもまだ誰にも言ってないから、それを知っているのは犯人か、運営かのどっちかだよ』
『いや、えーと、その、誰から聞いたとかじゃないんだけど……その、鍵持ってない?』
わたしは演技というものができないと、つくづく思い知らされる。
『鍵がなに』
『いやー、その、確認したくない?』
『確認してどうすんの』
『いやー、ちゃんと点検して、だめそうならイベント中止にする、とか』
宙に浮くミユの顔が、見たこともないほどに怒り一色に染まる。
『はあー? 何言ってんの? 今までこのために準備してきたの知ってるでしょ? なんで中止にしないといけないの? 申請の受理がてこずってるけど、運営を説得しようと頑張ってるんだからね。それともメアリは運営の回し者とか言うんじゃないでしょうね』
『違う違う。VR空間の運営の人とは関わりないし』
ついつい余計な付け足しが、わたしの舌を滑っていってしまった。
『どういうこと……まさか、また現実のあいつと……!』
『いや、その、えーと』
『花火イベントの申請通らないのもあいつのせいなの? どうして! 自分が寒いとこにいるからって僻まなくてもいいじゃん! なんなの? 嫉妬?』
『だから違うってば! あの花火は危ないらしいんだよ! だから止めようとしてるアオさんをなんで、どうして悪く言うの!』
だめだ。またわたしは、大事な友達をなくそうとしている。
だというのに、わたしは、わたしの言いたいことを紡ぐ方を選んでしまった。
『もういい。メアリは知らないからそう思うの。あいつが何をしたかを』
ミユが通信を一方的に切ってから、わたしは頭の中がくしゃくしゃになって空港に向かう足もふらふらだった。
『アオさん、なんか黙ってるけど、聞いてた?』
何か喋らなくちゃと思って、個人ウィンドウに弱弱しい吐息のような声を吹きかける。
『すみません。監視するつもりはないのですが、いつでも繋がるようにはしています』
『緊急事態だからそれはいいんだけどね。はあ』
『メアリさん。アオという人間のことなんて、調べればすぐにでてきますよ』
わたしが今一番気になっていることを、アオさんは教えてくれるという。
だけど、それを現時点で知ってしまっていいのだろうか。
『いや、今はいいよ。花火の回収に集中しよう』
わたしは真実を知ってしまうと、多分誰かを嫌いになる。
ミユの言っていることが本当でも、嘘でも、わたしはきっとそれを許せなくなってしまうのだろう。
どっちも大事な人なのに。そんなのは嫌だ。
『そう、ですか』
大分遅れて返ってくる返事に、わたしは心の中でそうなのだと答える。
この世界にも心というものはあるのだと益々強く思う。
そうでなければ、わたしはあんな一言で傷ついたりしない。
バスに乗り込んでマネーカードを掲示すると、異常な数値が表示されて一瞬ドキッとする。
こんなの人に見られたらまずいなあ。
ミユの職場に着くまでに窓から見た景色は、海も、空も、植物も美しく、晴れた秋の絶好の観光日和だった。
やっぱりこの世界は本当にいいなあ。
本物か偽物かなんて心底どうでもいい。
そこへ爆弾騒ぎで茶々が入ってしまうなんて勿体ないよ。
この世界の営みを邪魔することは許されない。
でももっと許せないのは、この世界に来られない人がいることだ。
ミユの職場には誰もいなかったので、彼女のロッカーから鍵を拝借する。
ロッカーナンバーは彼女の誕生日なので簡単に開いた。
『調べてみたのですが、こんな保管状況ですので、イベントの許可が下りないみたいですね。他にも沢山理由はありますが』
確かに、わたしみたいな泥棒の素人を受け入れるセキュリティでは、危険なイベントはできないのかもしれない。
ミユは努力の方向を間違えているのかも。
『じゃあ鍵も手に入れたし、空港行って、欧州エリアに行きますか』
爆弾と化した花火は、欧州発の飛行機に積み込まれるらしい。
だからまずはそこへ行ってからの勝負だ。
飛行機に乗るのは初めてだが、どうやら待ち時間がとても長いらしい。
つまり観光してもよいということだ。
『チケットの予約の方はこちらでしておきました。このまま空港に向かってください』
『うん。そうするね』
保管箱の鍵をデータ化させて、わたしの所有品一覧の末尾に送る。
手に持つ必要が無いときは、こうやってデータとして持ち歩けるから便利だ。
やって来たバスに乗り込み、わたしは揺られながらまだ見ぬ空の玄関口へと向かった。
『ねえアオさん。どうして火薬がミユの知らないところにあって、しかもそれが爆発しそうになっているの?』
わたしはただじっと返事を待つ。
他の乗客から見れば、わたしは独り言を数分ごとに発する不思議な人に映るだろう。
『……こちら側の手違いです』
『その言い方だと、アオさんの他にも人がいるんだ?』
アオさんだったら自分が悪いとすぐ言いそうだけど、そうなじゃくて変な言い方だったから、誰かをかばっているように感じた。
『……そんなものです』
『その人がミスしちゃったんだね。いや悪いことじゃないけど。だれにでもミスはあるし、悪気があるわけじゃないだろうし。いやーいいんだよ。わたしやミユだけが悪いんだったら、アオさんの手を煩わせるのもあれだなーって思っただけだよ』
ガラスの向こうを流れる景色は、どこまでも本物だった。
これ以上、本物らしさを追求して花火大会を開こうとすることに罰が当たったのではないかと、少し思っていたところもあった。
『別にメアリさん達が悪いわけではないです。自分の都合で巻き込んで申し訳ありません』
『いいの。旅行みたいだし。あーでも緊急事態だってことは分かっているよ! そのもう一人のスタッフさんのためにも頑張るよ!』




